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第33話 ざわつく街

 カーソンとの取引で、魔道具の確保できた。迷宮遠征でもそこそこ快適に過ごす手立てができたからには、それそろ腰を据えて戦力向上に努める必要があるだろう。グレドの企みも気になるからな。


「それじゃ、今日から遠征に出るんだね?」

「うん。しばらく留守にするよ。とりあえず、5層に到達することを優先つもりだから、そこまで時間はかからないと思うけど」


 5層には転移ポイントがあるのだ。そこまで到達できれば、転移石で往復できる。ひとまずの目標としては良かろう。


 狩りよりも先に進むことを優先すれば、3日もあれば到達できる見込みだ。本格的に鍛えるのはそこからでいい。


「はぁ、便利なもんだねぇ」

「転移石の供給が増えたら、一般的になるんじゃない?」

「さすがに毎日の往復に使うほどの供給量は確保できないよ。この街にどれくらいの冒険者がいると思ってるんだい」


 まぁ、しばらくは大手クランが独占して買い占めるであろうからな。駆け出しが手軽に使えるようになるのはまだまだ先の話か。では、これは我がクランの特権ということだな。


「とはいえ、私たちの働き次第で、探索のやり方が変わるってことだね。なかなか、面白いじゃないかい」


 クーリアは呆れたような顔を引き締めた。冒険者の当たり前を変える。そのことにやる気を感じたらしい。


 うむ、悪くないのではないか。復讐にとらわれすぎるのは良くない。無論、復讐を否定するつもりは毛頭ないが、それを果たしたところで人生が終わるわけではないのだからな。


「クー姉、準備できたよ!」

「今日は団長も一緒なんですか?」

「違うって。団長は遠征に出るんだよ」

「あ、そうか」


 タイミングが良かったので、今日はクラン員とともに第三迷宮に向かう。まぁ、別に珍しいことではない。立ち上げのときにはスキル伝授のためにいつもそうしていた。


 我がクラン『逆さの鱗』のホームは第三迷宮にほど近い好立地である。その分、賃貸料もそれなりに高いが、些細なことだ。時間は有限だからな。金で買えるなら安いものだ。


 この立地ならマラソンも捗るが……提案はしないでおくか。あれはミスルとメイベルのテンション低下が凄まじいからな。やれやれ師匠業も楽ではない。


「あれ? なんだろう」

「ざわざわしてるね」


 クラン員の子らが、他所を見て首を傾げた。たしかに、遠くから喧騒が聞こえる。この時間でも活動する冒険者は多いので、おかしなことではないが、それでもここまでの騒ぎは珍しい。


「なんかたくさん走ってきますよ」

「何かから逃げてるんじゃないかしら?」


 騒ぎの起きている方向から人が走ってくる。1人2人ではなく、誰もが全力だ。明らかに只事ではないというのにメイベルとミスルは呑気な感想を漏らしている。


「クーリア」

「ああ。あんたたち、警戒態勢だよ。隊列を組みな」

「「「はい!」」」


 クーリアの指示に従って、即座に動き出すクラン員たち。かなり統率がとれている。未だにぼうっとしている我が弟子と妹とは大違いだな。


「ちょっと、待ちな! 何があったんだい?」


 逃げる者たちにクーリアが声をかけた。そのうちの一人が、後ろを振り返りながら答える。


「グレドだ! グレドが迷宮から出てきた! 無差別に人を襲ってるんだ! こっちにも直にくるぞ!」


 そう言って、男は走り去っていった。


「グレドか」


 こちらが戦闘力を強化する前に動き出したか。ようやく遠征の準備ができたばかりだというのに。サバイバル力のなさが仇となったな。


 いや、反省はあとだ。次善策を考えなければ。


 今の我らで、グレドに勝てるか? ヤツが以前のままの能力ならば、勝てる。一対一ならばともかく、こちらには頭数がいるのだ。ミスルとメイベルに支援してもらい、我とクーリアが正面を受け持てばどうにかなるだろう。


 しかし、グレドの行動が気になる。やつはたしかに下衆だが、快楽殺人者ではない。ヤツが殺すのは利益のため。無意味な殺人を犯すタイプではないはずだ。


 この方針転換の理由はなんだ? 我への対抗策としてやっているのだとしたら……確実に勝利できるとはいいきれない。


「……グレド!」

「待て、メイベル」


 我が一瞬考えた隙に、メイベルが走り出した。慌ててそれを引き止める。


「離して! グレドを殺さなきゃ!」


 咄嗟に腕を掴み、止めることはできた。だが、メイベルはこちらを鋭い視線で睨みつけてくる。ここは一旦退くといったところで、聞き入れそうではないな。


 仕方あるまい。成り行きとは言え弟子は弟子だ。見捨てるわけにはいかん。


「馬鹿者。一人で行ってどうする。やるなら確実に勝つぞ」

「師匠……わかりました」


 我の言葉にメイベルは渋々といった様子で頷く。一応、指示には従いそうだ。


「団長、この子たちは?」

「クーリアはクラン員たちを率いて第三迷宮に退避。木立辺りに待機していてくれ」

「私もかい!?」

「心配するな。決戦は迷宮の中でやることになる。どのみちここでは全力で戦えん。我らのターゲットはヤツだけじゃないからな。次を考えれば、手札はなるべく隠しておきたい」

「……なるほど。そういうことなら。聞いたね、あんたたち、第三迷宮に向かうよ!」

「「「はい」」」


 我の指示に従い、クーリアたちが迷宮へと走った。


「メイベルも聞いたな? 必ず復讐は果たす。だから、我の指示に従え」


 懸念はメイベル……と思ったが、少し目を離しているうちに、ヤツの目はキラキラ輝いていた。何やら興奮している様子だ。


「わかりました、王子様!」

「ブフォ!?」

「ミスル、笑ってる場合か!」

「だ、だって! ここで王子様はないでしょ」


 それは我も同感だが。


 何にしろ、この様子ならメイベルも素直に我が指示に従うだろう。どういう思考でこうなったのかまるで想像がつかんが。


「とにかく、グレドを探すぞ。見つけたら、第三迷宮に引き込む。今度こそはヤツに死の制裁を下してやる」

「「おー!」」


 我らは騒ぎの中心に走り出した。

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