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第32話 力を求めて(グレド視点)

「こいつら、ろくなもん持ってないな……」


 たった今、仕留めたばかりのヤツらの持ち物を漁りながら、思わずぼやく。どう見ても駆け出しだったので期待はしていなかったが、それにしても酷い。保存食くらいもう少し余裕を見て用意しておけよ。


 迷宮に潜って数日。初日こそ油断しきった駆け出しイケニエがそれなりに狩れたが、今ではなかなか見当たらなくなった。


 迷宮入口で、殺しまくったからな。ちょっと派手にやりすぎたか。ギルドから封鎖命令でも出たか? そんなもん気にせず入って来いよ。まったく、根性のないヤツらめ。


「ゲルガー、お前の力を引き出すには、どの程度の魂が必要なんだ」


 背後に浮かぶ、灰色のヒトガタに話しかける。人に近い姿をしているが、その実態は明らかに違う。本人は幻魔と称しているが、どうだか。どう見ても、悪魔だろうが。


「足りぬぞ。まだまだ足りぬ」

「っち、この大飯食らいが……」

「何を言っておる。これまで、ほとんど魂を捧げることをしてこなかったせいであろう? だから、追い込まれたときに焦ることになる」

「余計なお世話だ!」


 他の連中はよく、こんなヤツらの力を借りようと思ったものだ。今もニヤニヤ笑って俺の苦境を楽しんでやがる。ろくなもんじゃない。


 たしかにヤツらはうまくやった。今でも平の冒険者やってるのは俺くらいだ。しかし、悪魔に魂を売ったヤツの結末なんて破滅と相場が決まっている。力を求めて身を滅ぼすなんて結果、俺はごめんだ。


 だが、今はそうも言っていられない。俺を殺しにきたガキ……アイツは危険だ。リフィルの息子だと名乗っていたが怪しいもんだぜ。どう考えて普通じゃない。


 たしかに、リフィルは優秀だった。奴を取り逃がしていたのは失態だ。その他の有象無象とは違う。【聖光の標】をまとめあげ、短期間で有力クランに押し上げた実力は侮れない。


 もしヤツが生き延びていたら。そんな想像で背筋を凍らせたことは幾度もある。


 だが、現実はそれ以上だった。


 あれは……なんだ? 本当に人間なのか?


 人の形をしただけの化物。死神とかそんな類のものに思える。


「おい、お前の力を使えば、あれに勝てるんだろうな?」

「何度、その話をする気だ。勝てるかどうかは、お前次第。だが、私の力がなければ、絶対に勝てない。それはわかっているのだろう?」

「ぐ……」


 言い返すことなどできない。コイツの力がなければ、俺は間違いなく死んでいた。いや、復活できなかったというべきか。


 俺はあのとき、たしかに一度死んだ。あのガキの剣に斬られて。


 何が起きたか全くわからなかった。ゲルガーが言うには、一瞬で真っ二つにされたらしいが。果たして、そんなことが人間にできることなのか?


 正直に言って、どれだけの実力差があるのか見当もつかない。ゲルガーの力があったとして、どうにかなるものなのか。


 契約者たる俺が死ねば、ゲルガーとこの世界との繋がりは絶たれるらしい。それを思えば、意味のない気休めを言うことはないと思うが……現状では勝利のビジョンが僅かたりとも見えなかった。


 できれば、関わりたくはない。だが、リフィルの仇討ちが目的なら、どうせいつかは狙われる。ならば、早めに片付けておきたい。


 もちろん、ヤツから身を隠して生きるという手もある。だが、そんな生き方にどんな意味がある? 富と名声、それらを得るために仲間を裏切ってのし上がったんだ。いまさら、そんな生き方ができるか!


「生命の器はいくつできた?」

「3つだな。しかし、器だけでは勝てんぞ」

「わかっている!」


 生命の器は、予備の命。つまりあと3回は死ねる。だが、それだけでは不足だ。今のままでは、何もできないまま4度殺されて終わりだろう。


 力だ。やはり力を手に入れなければならない。幻魔と同化する力。できれば手をつけたくなかったが背に腹は変えられん。


「あと、どれだけ殺せばいい?」

「どれだけ? 殺せるだけ殺せばいいだろう。ここで躊躇ってどうする。あの死神はそんな余裕を持てるほど容易い相手か?」


 そうだ……そうだな。生半可な強化では足りない。


「中層まで進んで、遠征してるヤツらを狙うか……?」


 深めの層で長期探索をやる冒険者には補給のための部隊が帯同していることも多い。また、相応の実力者もいることだろう。殺害すればその分、ゲルガーの食欲を満たせる。


 ただ、実力者が多いということは、面倒が増えるってことでもある。中層程度で留まってるヤツらに俺が負けることはない。が、それも一対一の話だ。人数差が大きければ思わぬ傷を負う可能性はある。



 俺が検討していると、ゲルガーがくつくつと笑い出した。三日月のような目が、俺を嘲っている。


「くくく……この後に及んで何を腑抜けているのだ? たしかに実力者の魂ほど、飢えは満たされる。私のことだけを考えればそれも悪くないが……お前には時間がないだろう?」


 ゲルガーがニタリと嗤う。不快な笑みに怯むものを感じた。


「時間がないのはわかってる」

「ならば、結論は出ているだろう? 街に戻るのだ。質は数で補える」

「くっ……」


 考えないようにしていた選択肢を突きつけられる。今更、人を殺すことに躊躇などない。だが、迷宮外で冒険者ですらない住人を手にかけるのは重い決断だ。迷宮都市全体が敵に回る。


「何を躊躇している。力を得るのだろう? そうなれば、大抵のことはどうとでもなる。目撃者など皆殺しにすればいいだけだ」


 それは……そうなのか?


「いいのか? ここで力を得なければお前は殺されるぞ。あの死神に」


 いいわけが……いいわけがない!


 殺していいのは俺だけだ。俺が殺されるなんて……そんなこと許すわけにはいかない。


「そうだ。そうだろう? そのためには力が必要だ。なに、いつもより少し多めに殺せばいいだけだ。難しいことはないだろ? 今までだってそうやって生きてきたのだから」

「そうだな……今までと同じだ」


 街に戻ろう。そして殺すのだ。力を得るために。


「くくく。そうだ! そうだ!」


 ゲルガーの哄笑が聞こえる。しかし、不思議と気にならない。いつの間にか俺も笑っていた。


 力を得るのだ。全てを思い通りにするために。

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