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第31話 召喚の認識違い

「これなら野宿が避けられるのね!」

「天才的な発想だよ!」

「さすがはクーリアさんです!」


 口々に褒めると、クーリアは照れくさそうに手を振った。


「そこまでのことじゃないって。もともとそういう発想はあったんだよ」


 クーリアが言うには、魔法倉庫を一時的な休憩所として利用するという活用法はそれなりに知られているらしい。たとえば、探索途中で仲間が負傷したとする。庇いながら戦えば他の者の負担が増えるわけだが、魔法倉庫で休ませておけばそのリスクを減らせるというわけだ。


「倉庫って名前がよくないじゃないかと思うわ!」

「そればっかりは、鑑定スキルに言ってもらわないとね」


 ミスルの苦情に、クーリアは苦笑いで答えた。どうやら、魔法倉庫というのは鑑定スキルで判明した正式名称らしい。


「さて、説明を続けるよ。魔法倉庫をテント代わりにすればある程度快適に寝泊まりできるだろうけど、問題もあるんだ。コイツの中にいると、外の様子がわかりづらい」


 魔法倉庫は内部空間が拡張されている。そのせいか、外の影響を受けにくいらしい。具体的に言えば、内外で音が伝わりにくいのだとか。それはメリットでもあるが、デメリットでもある。迷宮で過ごす場合は特に。


「つまり、魔物の接近に気づきにくいと」

「そういうことだね。だから、外での見張りは必要だ」


 なるほど。つまり、全員が中で寝泊まりできるわけじゃないということか。


「アタシは嫌よ!」

「僕だって嫌だよ」

「えっと。それなら私が……」

「ちょっと、メイベルにやらせるつもりなの! 酷いわよ!」

「誰もそんなこと言ってないでしょ」


 まったく。うるさい兎だ。


「クラン員を連れて行くかい? 新しい奴隷を購入するって、手もあるけど」


 クーリアの提案もひとつの手ではある。が、クラン員には採集活動に専念してもらいたい。それに、自分たちは快適に休んで見張りをやらせるというのもどうもな。


「まぁ、見張りくらいなら、わざわざクラン員に頼る必要もないよ」

「何か心当たりがあるのね?」

「もちろん」


 ミスルに頷いて、我は転職の神像に向き直る。やはり、ホームに神像があるのは便利だな。職業加護の変更が手軽にできる。


「加護を変更したんですか?」

「そうだよ。下級召喚士にね」

「そりゃまたマイナーな職業加護だね」


 そうなのか。便利な加護だと思うのだがな。


 まぁいい。マイナーだろうが、我の役に立ちさえすればいいのだ。


 召喚士の職業スキルで最も重要かつ基本となるのが【召喚】だ。これは術者の創造した幻想体を具現化して召喚するというスキルである。この“創造”という工程が難しく、いかに強力な幻想体を生み出せるかが、術者の技量を大きく分けるのだ。もちろん、我にかかればお茶の子さいさいだがな!


 まぁ、今必要なのは強力な幻想体ではない。要は見張りを任せられればいいのだ。


「出でよ、アルム兎!」


 スキルを発動させると、我の足元に魔法陣が浮かび上がる。薄っすらと揺らめく影が輪郭を形作り、やがてそれは兎の姿になった。


「クゥ」

「きぃ! なによ、その兎! アタシというものがありながら!」

「ク、クゥ!?」

「こらこら。駄目だよ、ミスル。落ち着いて」


 喧嘩っ早いミスルが、いきなりアルム兎を威嚇しはじめた。出したばかりの幻想体を壊されても困るので、仕方なくミスルを抱き上げて遠ざける。


「ちょ、ちょっと離しなさいよ! どっちが上かはっきりさせてやらないと!」

「はいはい。試さなくていいよ。どう考えてもミスルのほうが上だから」

「そ、そう? それならいいのよ」

「クゥ……」


 アルム兎に戦闘力はない。ミスルに首刈りされたら、一撃で消滅してしまう。


「この子は幻想体のアルム兎。戦えないけど、その代わり敵察知能力には優れてるよ。野営中の見張りは、この子に任せればいいよ」

「それは名案ね! せいぜい、アタシたちに尽くすとはいいわ!」

「クゥ」


 偉そうに言い放つミスルとぺこぺこと頷くアルム兎。すでに上下関係は確立しているようだ。まぁ、もともと従順なヤツなのだが。


「可愛いですね! この子も、ミスルちゃんみたいに食いしん坊なのかな?」

「クゥ?」

「ちょっ!? アタシは食いしん坊じゃないわ! グルメなの!」


 メイベルがしゃがみこんで、アルム兎を撫でている。まぁ、ミスルの抗議は無視でいいだろう。


「アルム兎は幻想体だから、食事は必要ないよ」

「へぇ、そうなんですね」

「可哀想な子ね……」


 食事が必要ないと聞いて、ミスルが一気に同情に傾いた。やはり、食いしん坊なのではないか。いや、口には出さないが。


「――待って。平然と受け入れているけど、それは何?」


 ここでクーリアが口を挟んだ。そういえば、さきほどから変な顔で固まっていたな。


「何って……【召喚】で呼び出した幻想体だけど」

「その幻想体ってのが、よくわからないんだよ。少なくとも、私の知る【召喚】はそんなものを呼び出すスキルじゃないよ」


 おや……?


「それじゃ、【召喚】って何をするの?」

「調伏した魔物を従え、召喚契約を結ぶんだよ。そうして契約を結んだ魔物を呼び出すのが私の知ってる【召喚】だね」 


 契約を結ぶのが一苦労。その上、魔物は魔物なので、死んでしまえば蘇ったりしない。つまり、その度に戦力補充が必要だ。時には、術者が知らない間に契約魔物が死んでいて、いざ召喚しようとして出てこないということもあるらしい。


「それって、不便すぎない?」

「不便だよ。だから、召喚士は不人気なんだ」


 なるほど。それでは召喚士の加護がマイナーとなるのも当然だ。まったくの別物ではないか。

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