覚醒石の効果は絶大だった。カーソンから知らせを受けた『切り裂き旋風』の幹部は即時に取引を決断。ついに念願の魔道具が手に入ったのだ。
早速、クーリアから報告を受ける。
「今回の取引で手に入ったのは、この3つだよ」
「覚醒石1つでそんなに!」
「代わりに、次に得た覚醒石の優先交渉権も取り付けられたけどね。良かったんだよね?」
「いいよいいよ、あんな石!」
「そんな気軽に譲れるようなアイテムじゃないんだけどね、本来」
クーリアは呆れ顔だ。実際、入手難度は、魔道具より覚醒石のほうが遥かに上らしい。とはいえ、我らにとっては逆だ。
「必要になれば、また採ればいいんだよ」
「まぁ、そうだね。あの子たちには、もう少し素早さを鍛えさせるか」
他より盗みにくいとはいえ、ラッキーバグは一層に生息する魔物だ。長く活動していれば遭遇する機会はそれなりにあるはず。クラン員総出で盗めば入手の機会は訪れるだろう。
「1つめはコイツだよ」
とクーリアが示したのは、クランホームの入り口すぐの場所に置かれている像。どこか見覚えるのあるそれは……
「え? これって、職業神の像じゃないの?」
「そうだよ。これでわざわざ祭壇室を利用する必要がないってわけさ」
クーリアが誇らしげに胸を張る。その態度も納得の功績だ。
我らの祭壇室通いはかなり目立っていたからな。どうにかしたいとは思っていたのだ。まぁ、今更かもしれないが、それでも手を打っておくにこしたことはない。
ちなみに、転職の女神像は魔道具ではなく祭具という分類だ。神殿に依頼して制作してもらう必要がある。
迷宮産ではないので、金さえ積めば買えそうだが、さにあらず。神殿が制作する祭具の数には限りがあるので、気軽に注文とはいかないのだ。
制作には特殊な儀式が必要で大量生産はできない……と言っているが建前であろう。神殿が生産を独占しているアイテムだからな。数を絞って価値を釣り上げているわけだ。さらには、恩を売るための道具として使っている始末。
もちろん、それが神の意思というわけではあるまい。神殿上層部が自らの権威を高めるに利用しているのだろう。神に仕える者とはいえ人間だということだな。
「よく提供してもらえたね」
「いや、言ってはなんだけど、祭壇室を頻繁に使うのはウチくらいだからね。ないならないで困らないんだよ、こんなのは」
クーリアが苦笑いで、種明かしをする。
まぁ、それもそうか。たまに利用する程度なら、祭壇室で充分だ。大手クランが転職の女神像を用意するのは、見栄のようなものだからな。大きな実利のためなら、引き渡すことに躊躇はないか。
「2つ目は、団長待望のアイテムだよ」
クーリアが差し出してきたのは、何の変哲もないように見える鞄。しかし、これこそが我が絶対に譲れないという条件にしていた魔道具だ。
「魔法鞄なんだよね?」
「そうだよ。さすがに大容量とはいかないけど、要望の機能はちゃんと付いてるよ」
「素晴らしいよ!」
容量に関しては残念だが、そんなものは二の次。重要なのは時間停止による保存機能だ。
「これで干し肉とはおさらばよ!」
「良かった! これで遠征に出られますね!」
うむうむ。ミスルとメイベルも喜んでいるな。
これさえあれば我らが天敵である干し肉に悩まされることがなくなる。なにせ、調理済みの食料を用意して、魔法鞄にしまっておけば良いからな。
「数日分の食料くらいは収納できる?」
「それくらいならさすがにね。それなりの食料庫くらいの容量はあるはずだよ。今はロームが張り切って収納用の食事を作ってる」
「それはありがたいね」
ロームは新しい奴隷だ。クーリアからの強い要望があり、クランに新規加入した。元はどこぞの屋敷のコックだったらしく、料理技能を見込んでのスカウトである。
実を言えば、我らの中にまともに料理できる者がいなかったのだ。最もマシなのが我という時点で終わっている。我も自分用の簡単な料理くらいなら作れるが、クラン全体の食事を用意するような手際はないし、そんな時間もない。そこで急遽料理人が必要となったのだ。
というわけで、ロームは採集要員ではなく拠点管理要員としての採用だ。だが、本人の要望で短時間は探索に出ているらしい。仕事熱心で何より。
ちなみに、ロームの加入により、クラン最年長はクーリアではなくなった。そのことを密かに喜んでいたのは、公然の秘密である。
「そして、最後がこれ。魔法倉庫だよ」
クーリアの手のひらには、小さなオブジェが乗っている。言われてみれば、倉庫に見えるが……。
「魔法倉庫って?」
「まぁ、魔法鞄の亜種みたいなものだね」
内部が魔法で拡張されており、見た目以上にアイテムが収納できるという点は同じ。ただし、こちらには時間経過がある。さらに、収納に手間がかかるだという。
「魔法倉庫の場合、出し入れや整理整頓は人力なのさ。倉庫の中に入って、自分の手でやらなきゃならない」
「それは面倒ね!」
クーリアの説明に、ミスルが素直すぎる感想を漏らす。我も同感だ。使い勝手の良い魔法鞄があるなら、魔法倉庫など不要ではないかとさえ思う。
しかし、交渉をしたのはクーリアだ。そして、この自信有りげな顔。きっと、何かあるのだ。
「どういう用途を想定しているの?」
「わからないかい? 魔法倉庫には人が入れるんだ。中にベッドでも収納しておけばどうだい?」
クーリアがニヤリと笑う。そこまで消えば我にもわかる。つまり、魔法倉庫は携帯可能な宿泊施設して使えるということだ。
これは……素晴らしいぞ!