交渉材料も集まったということで、早速、商談をセッティングした。クランの力関係からいえば、我が『切り裂き旋風』のホームに出向くべきなのだろうが、あまり大袈裟にしたくない。カーソンが旧知のクーリアを訪ねるという形にしてもらった。
というわけで、応接室にて商談開始だ。テーブルの向かいにはカーソン。我の隣にはクーリアが座っている。
「いったい、何の用だ?」
カーソンの口調は固い。緊張しているのか? いや、まさかな。格下な呼び出されて気を悪くしているのかもしれない。
だが、我らも目的のためには魔道具を手に入れなければならないのだ。強気で行こう。
「魔道具が欲しいんですよね。譲ってもらえませんか?」
「魔道具? だったら、俺じゃなくて、魔道具職人に話を……」
「そうじゃない。団長が言ってるのは、迷宮産の魔道具さ」
クーリアのフォローで、カーソンの顔が渋くなる。
「いや、わかっているだろう? 迷宮産の魔道具はどれも貴重な品だ。譲れるわけがない」
「もちろんタダでとは言いませんよ。こちらも希少なアイテムを提供する用意があります」
「希少……?」
カーソンの肩がピクリと揺れ、その視線がクーリアに移る。もしかすると、馴染みの者から情報を読み取ろうとしているのかもしれんな。
まあ、別に構わない。希少なアイテムというのは嘘偽りない事実だ。クーリアも視線を受けてニヤリと頷いた。
「紛れもなく希少な品さ。他ならぬ団長がそういうくらいには、ね」
ゴクリとカーソンの喉が鳴らす。
さすがはクーリア。なかなか良い煽り文句だ。
「とりあえず、これを」
我が応接室のローテーブルに置いたのは再生リンゴの鑑定書だ。カーソンが読んでる間、テーブルにリンゴを積んていく。ひとまず10個だ。
「再生リンゴか。確かに貴重だが、魔道具と交換とは――って何だこの山は!?」
鑑定書から顔をあげたカーソンの目がリンゴの山を捉える。良いリアクションだな。
「何と言われても……再生のリンゴですけど」
「希少な品とか言いながら10個単位で出してくるのはやめろ!」
もっともなツッコミだな。とはいえ、これでも絞ったほうなのだが。クラン員の活躍によって再生リンゴの備蓄は100個近くになる。それを全部並べて圧倒させてやろうかと考えていたくらいだ。さすがに希少感がなくなるとクーリアに止められたが。カーソンの反応を見るにその判断は正しかったらしい。
しかし、気持ちがほぐれてくてきたのか、固さがなくなってきたな。これは良い兆候か?
ここで一気に畳み掛ける!
我は追加でアイテムを並べた。まずは1つずつだ。
「これは?」
「氷結のスクロール、影縛りのダガー、呪いのポーション、ですね。効果は――」
我の説明にカーソンの目を見開く。転移石ほどのインパクトはないが、どれもそこそこ有用なアイテムだろうとクーリアから聞いている。1つならともかく3つもあれば驚きに値するのだろう。
しかし、これでは終わらんぞ。
「これもほら」
複数確保できることをアピールするために追加で並べていくと、カーソンは頭を抱えた。
「だから! なんで数で押してくるんだ!」
「私も希少性をアピールしたらと言ったらどうかと言ったんだけどね。どうしても数で圧倒したいみたいで」
クーリアが苦笑している。そのような提案を受けたのは確かだ。
しかし、カーソンの反応を見るにこの作戦が間違っているとは思わない。物量こそが正義なのだ。
「これらのアイテムなら10個セットで提供できますし、転移石と同じように定量卸すこともできますよ」
「定期購入か……使えるアイテムなら継続的に手に入るのはありがたいが……」
我の提案にカーソンは考えこんだ。悪くない反応ではないか?
「団長、例のアレは出さないのかい?」
「アレかぁ」
アレというのは覚醒石である。どうやら、クーリアはあれが目玉商品だと思っているようだ。
「だけど、アレは数で押せないからなぁ」
「いや、それでいいのよ。希少アイテムは数が少ないから希少なんだって。数で押すって発想はやめな」
むむ、どうも意見が合わないな。しかし、カーソンも我らのやり取りが気になるのか考えるのをやめてしまった。ここはもう一押し必要か。
仕方ない。我の流儀とは異なるが、ここは出しておくか。
われは足元のずた袋から最後の交渉材料である覚醒石を置いた。
覚醒石は正十二面体に近い形状の石だ。ベースは灰色だが、ときおり青白く発光する。わりと特徴的なので、知識がある者には判別がたやすい。
「こ、これは……まさか、覚醒石!?」
カーソンがここ一番の反応を見せた。再生リンゴの山を見せたときよりも、衝撃を受けているようだ。
1つしかないのにこの驚きようはおかしくないか。まさか、数で押す理論に破綻が? いやいや、違うな。ヤツはこの覚醒石も複数確保してあると思い込んでいるに違いない。
「残念ながら、覚醒石はこの1つしかないんだ」
「だ、だよな。またおかしなことを言い出すんじゃないかと焦ったぜ……」
我の言葉に、カーソンは落胆でなく安堵した様子だ。その反応は解せんのだが。
「鑑定はしていないよ。ウチから提出したら騒ぎになるからね。ただ、間違いなく本物だ」
補足するように、クーリアが告げる。実際には鑑定に出す手間を惜しんだだけなのだがな。
とはいえ、騒ぎになるのは間違いないらしい。クーリアからできれば鑑定には出さないでくれと言われている。数を確保できない以上、転移石のように大量確保で価値を落とすこともできない。今のクランの実力では扱いきれないアイテムのようだ。
我の感覚からすると、そこまで強力なアイテムとも思えないのだがなぁ。
覚醒石の効果は“使用者の覚醒を促し、秘めたる力を目覚めさせる”というもの。クーリアが実例を知っているというので、我の【盗む】のようなものかと尋ねたら、「そこまでふざけた能力じゃないよ」と言われた。
過去の例でいえば、短時間だけダメージを遮断する障壁をマナ消費なしで張れるとか、剣系統の装備を扱う場合に斬撃の威力が上がるとか、その程度のものらしい。我からすると、それほど心惹かれるものではない。
しかし、カーソンの評価は違った。
「覚醒石を取引材料にする……? 本気で言っているのか?」
正気かと言いたげな顔で、我とクーリアを交互に見ている。やはり、覚醒石の世間的な評価は高いらしい。
まぁ、それならそれで好都合だ。この反応なら、我らが必要とする魔道具を確保することも可能だろう。
「もちろんですよ。その代わりに魔道具を――」
数で圧倒する理論を覚醒石1つで覆されたことには不満があるが、商談がまとまるならば些細なこと。さすがにカーソンの一存では決められないらしいが、おそらくは幹部たちも拒否はしないだろうとのことだ。細かい調整はクーリアに任せておけばいいだろう。