先日の凶行により、冒険者ギルドはグレドを犯罪者として手配したらしい。現在、第一迷宮の入り口には監視役の冒険者が立っている。ヤツが迷宮から出てくればギルドに連絡がいくことになっているようだ。
今のところ、ヤツが出てきたという報告はない。迷宮にこもって何をしているのか。気になるところだが、現状では放置するしかないだろう。うっかり鉢合わせたら困る。
我らもそれなりに強くなったが、真っ向勝負でクレドを打ち負かせるほどかと言えば少々心許ない。理想を言えば、もうひと成長しておきたいところだ。
やはりレベルアップは必要だな。となれば、遠征を快適にするための魔道具は欲しい。
「というわけで、カーソンとの交渉材料を探します」
我らは第三迷宮にいる。目的は宣言した通りだ。
「あのリンゴじゃ駄目なの?」
小首を傾げるミスルが問う。
むろん、そんなことはない。“再生のリンゴ(弱)”は有用なアイテムだ。交渉材料になりうるだろう。それでも、まだ足りない。
「僕が思うに、カーソンは畳み掛けられると弱い。交渉を有利に進めるには、1つずつ小出しにするより、複数の材料を立て続けに突きつけたほうがいいと思うんだ」
「そういうものかしら? 何でもいいけど、あまり追い詰めないようにしなさいよ」
追い詰めるなどとんでもない。我は交渉を成功させるために必死なだけだぞ。
「第一迷宮で手に入れたレアアイテムはどうだったんです?」
今度はメイベルからの問いだ。先日手に入れたレアアイテムと言えば、謎キノコと謎人形。グレドの騒動でバタバタしていたが、情報収集のついでに買い取りカウンターへは持ち込んでいる。大きな成果はなかったので報告は後回しにしたのだが、そのまま忘れてしまっていたらしい。
ちょうど良いので共有しておくとしようか。
「ええとね――」
謎キノコの正体は三苦茸。食用ではなく、調合用のアイテムらしい。うまく抽出すれば猛毒、麻痺、眠りの三重苦をもたらす毒薬になるそうだ。
第一迷宮、それも1層で発見したと告げるとウォードはかなり驚いていた。けれど、そこまで貴重な品でもないらしい。第三迷宮の10層以降ではそこそこ採れるのだとか。
謎人形はウォードにも判別不能。というわけで、鑑定待ちだ。
「キノコは取引材料になりそうにないわね!」
「でも、人形のほうは希望が持てそうですよ」
「そうだね。でも、第一迷宮に入るのは危険だよ。貴重なアイテムだとわかっても取りにはいけないでしょ」
交渉材料として大量採集するなら、クラン員の協力がいるからな。さすがに、今の第一迷宮に入れるのは躊躇われる。
「だから、第三迷宮でレアアイテムを集める必要があるんですね」
「そういうこと」
幸いなことに、第三迷宮はフロアが広く、まだ一度も遭遇していない魔物も多い。レッサーアポのように出現ポイントが限られる魔物は結構いるらしいのだ。それはつまり、レアイテム獲得のチャンスが残されているということを意味する。
「ついでに、アイテム鑑定を解禁します!」
買い取りカウンターに持ち込んでも、ウォードが知らないアイテムは鑑定待ちとなり、詳細を知るのに時間がかかる。それが少々煩わしいので、我ら自身で鑑定してしまえばという発想だ。
ちなみに鑑定とは言っても、スキルの類ではない。理を解析して無理やりデータを盗み見ているので、我にしかできない方法だ。
「リビカ、そんなこともできたの?」
「ふふふ、兄の偉大さにひれ伏すがいいよ!」
「はいはいはいはい」
「……ミスルは兄に対する尊敬が足りてないよね?」
「優秀な弟だとは思ってるわよ」
ぐぬぬ……生意気な。
「まぁまぁ、その辺りにしておきましょうよ」
我らのやり取りにメイベルが笑いながら割って入る。まぁ、いつまでも言い争っているだけでは生産的ではないか。
「ところで、師匠。そんなことができるなら、何故今までやらなかったんですか?」
「正規の方法じゃないから、意外と疲れるんだよ」
スキルのように見てすぐに効果がわかるわけではない。暗号化されたデータベースを照合して、該当データを引っ張ってくると言えばいいのか。それなりに大変な作業なのだ。
さらに言えば、この方法では金銭的な価値はわからない。まぁ、これはスキルでも同じかもしれないが。売買価格は需要と供給によって変動するので、アイテム知識だけではどうにもならないのだ。
とはいえ、効果がわかれば、大まかな価値はわかる。交渉材料になるかどうかの判断はできるだろう。
こうして我らは、初遭遇の魔物を探してはレアアイテム狩りにいそしんだ。半日で獲得した有望そうなアイテムはこんなものだ。
■氷結のスクロール
これは突撃ペングルから盗んだアイテムだ。いわゆる、呪文書だな。スクロールに記されているキーワードを読み上げると、指定範囲を凍結させることができる。一回きりの消耗品だが、誰にでも使えるので使い勝手は悪くない。
■影縛りのダガー
コボルトから盗んだ。武器としての性能はいまいちだが、相手の影に刺すとしばらくの間動きを封じるという特殊効果がある。一層の魔物にはよく効いたが、強い魔物に対しても同じように効果を発揮するかどうかは未知数だ。
■呪いのポーション
ダーティダストという黒い浮遊体のレアアイテムだ。浴びせかけた相手に、ランダムなネガティブ効果を与えるらしい。効果がランダムという点はネックだが、浴びせるだけなのでは発動条件は緩めだ。数を揃えれば、それなりに使えそうだ。
■覚醒石
ラッキーバグから盗んだレアアイテムである。“使用者の覚醒を促し、秘めたる力を目覚めさせる”らしい。具体的な効果は不明。
「これで交渉できるかな?」
「覚醒石っていうのは、なんだか凄そうじゃない?」
ミスルの言う通り、一番期待が持てそうなのは覚醒石だ。だが、効果の確認はできていない。
何故ならば、ラッキーバグは遭遇率が極めて低い。その上に、すぐに逃げてしまう。今回の狩りでは1つしか入手できていなかったのだ。なので、使ってみて確認するというわけにもいかない。
「再入手できるとも限らないですし、交渉材料としては使いにくいですね」
「そうだよね」
転移石のように、安定的に供給できるものではないのだ。
ただまあ、それでもないよりはマシだろう。あまり時間もかけらないし、ひとまずはこれらのアイテムで交渉に挑むとするか。