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第26話 血濡れの王子様(メイベル視点)


 幼い頃に聞いたことがある。夢見る女の子には白馬の王子様が現れて、幸せにしてくれるって。


 話してくれたのは、近所に住んでいたお姉さんだったかな。お姉さんはキラキラ輝く笑顔で話してくれた。だから私も、素敵なことなんだなぁ、と何となく思った気がする。


 たけど、強い思い入れがなかったせいか、そんな話はすぐに忘れてしまった。私にとって王子様の話はその程度のものだった。




 私を育ててくれた父さんと母さんは、私の本当の両親ではない。それを知ったのは、10歳の頃。


 きっかけは父さんの書斎で見つけた一冊の本だ。不思議と心惹かれたその本はとある女性――メイアが書いた日記帳だった。


 メイアは迷宮都市タンデルで活動する冒険者だったようだ。日記帳は私にとって、ワクワクする冒険譚だぅた。多くの成功の少しの失敗を経て、成長していく主人公メイア。私にとっては王子様の話よりもよっぽど魅力的に思えた。


 あるとき、メイアはパーティの男性――ルーベルから交際を申し込まれた。ルーベルを憎からず思っていたメイアはこれを承諾。王子様との出会いというには劇的ではないけど、メイアにも幸せをもたらしてくれる男性が現れたのだ。


 二人は交際しながらも冒険者を続けたみたい。けど、メイアが身ごもったことをきっかけに引退を決意した。彼女の兄がタンデル近隣の村に住んでいる。そこで生まれる子供と3人で暮らそうとしたんだ。


 問題はある。彼女たちは3人パーティだった。2人が抜けるとなると、残された1人の活動に支障が出る。


 申し訳ないと思いつつ、2人はもう1人のメンバーにパーティの解散を申し出た。男――グレドの態度が豹変したのは直後だった。


 グレドは冒険者活動で得た全てのものを譲渡するように迫ったようだ。いかなる理由があるとしても、パーティ財産として得たアイテムは3人に平等に権利がある。とはいえ、冒険者活動をやめる自分たちには必要ないと判断したメイアとルーベルはグレドの要求を飲んだ。自分たちの愛用していた武器や防具、それら全てを引き渡した。


 けれど、グレドはアイテムだけでは納得しなかった。残された僅かな金銭すら全てを要求したみたいだ。生まれてくる子供のためにそれだけはできないとルーベルとメイアは主張したが、グレドは決して受け入れなかった。


 そして、悲劇は起こる。交渉の途中、グレドがルーベルを殺害。メイアも深い傷を負った。


 重傷ながらも、メリアは故郷の村まで逃げ延びた。兄夫婦に助けられ、メリアは子を産むまでは生き延びたらしい。一人の女の子を産んで、彼女は亡くなった。残された女の子の名前はメイベル――私だ。


 村に逃げのびて以降、メリアの――母の日記は憎しみに溢れていた。辛い、苦しい、そして憎い。文字から伝わる母の想いはいつしか自分のもののようになっていった。


 そんな私を父さんと母さんは心配したみたいだ。復讐なんて考えるなと諭した。


 けれど、やはり二人にも憎しみはあったんだ。それは私が13歳のとき、私が寝たと思ったのか、二人はグレドについて話しているのを聞いた。


「あんな奴が英雄だと! ばかげている!」


 父さんが吐き捨ている言った言葉は今も耳に残っている。『聖者の標』のグレド。そいつが、私の母を殺した男の正体だと、その時に知った。


 15歳のとき、私は父さんと母さんの反対を押し切って、故郷を飛び出した。冒険者になり、そしてグレドを殺すために。


 迷宮都市タンデルに流れつき、16歳で冒険者になった。復讐のチャンスは意外にも早く訪れた。


「あなたが……グレドなのね?」

「小娘が俺に何の用だ?」

「あなたを、殺す!」

「つまり、復讐か。面倒だな……誰の縁者だ?」

「ルーベルとメイアよ! あなたと昔パーティを組んでいたでしょ!」

「ああ……なるほど。アイツらの娘か。そういえば女のほうは殺しそこねていたんだったか」


 こともなげに言い放つグレド。その反応に目の前が真っ赤に染まった。


「殺す!」

「くくく……小娘がずいぶんと粋がって」


 私の振るった剣はあっさりと弾かれた。そして、気がつけば私の腹部には剣が刺さっている。


「かはっ……!」


 剣が引き抜かれると、大量の血が流れていく。私はそれを他人事のように眺めていた。急速に体が冷えていく。


「俺を恨むやつは多いからな。いちいち覚えてられん。しかし、後始末はきっちりしておかんとな駄目だな。あとになって面倒ごとがやってくる」


 私のことなどすでに眼中にないらしい。グレドがぼやくのを聞きながら、私はここで死ぬんだと思った。


 ごめんなさい、父さん、母さん。


 薄れゆく意識。繋ぎ止めたのは感情のない冷たい声だった。


「お前がグレドだな?」


 朧げな視界で捉えたのは1人の男。その姿は不思議と死神を思わせた。


 そこからの出来事は朧気ではっきりとは覚えていない。しかし、圧倒的な力で男はグレドをねじ伏せた。


 そのときに、私は思い出したんだ。幼い頃に聞いた王子様の話を。


 私の幸せは……望みはなに?


 考えるまでもない。父と母の仇を討つこと。グレドを殺すこと。それ以外にはない。


 ならば、この人こそが、私の王子様に違いない。私の代わりに、憎い仇を殺してくれる人だ。




 意識を取り戻したとき、私は冒険者ギルドの医務室にいた。すぐ近くに倒れていたらしい。


 グレドのことは話していない。話すならば私がアイツを襲ったところから話さなければならない。復讐が果たされたあとならそれでも構わないのだけど……その時点ではまだ状況がわかっていなかった。


 祭壇室で〈復讐者〉の加護が残っていることを確認して、グレドがまだ生きていることを知った。


 幸い、王子様……リビカ師匠を見つけて弟子入することができた。グレドを殺すためには手段は選ばない。誰が殺してくれたっていい。だけど……叶うなら自分の手で殺したい。


 きっと、大丈夫だ。リビカ師匠なら私を強くしてくれる。


 ねぇ。きっと、幸せにしてくれますよね、私の王子様?

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