SP。我の知るそれと同じものであるならばスキルポイントの略称だ。基本的にレベルアップすると1つもらえる。SPを捧げ、成長したい方向性を祈ることで、それに応じたスキルが獲得できる……というのが我の元の理であった。おそらくはその名残りであろう。
知りうる情報を伝えると、ミスルがぴょんと跳び上がった。
「それって、またおかしなスキルが手に入るってこと!?」
「いや、おかしなって……便利って言ってよ」
【盗む】のことを言っているのだろうが、大変遺憾である。
まぁ、それはともかく。
「SPは使えないよ。この世界には適合しないシステムなんだよね」
これは女神による理変換前からそうだった。SPを捧げるべき相手がこちらの世界にはいない。なので、実質的には意味のないシステムだ。
いや、理を解析すれば、SPを捧げる先を変えることくらいはできるか? これについては、落ち着いて考えてみるべきかもしれん。
「そうなの? 残念ね!」
残念と言いつつ、あまり気にした様子はない。切り替えが早いのはミスルの良いところだ。
しばらく探索を続け、我のレベルがさらに1つ上がったところで探索を切り上げる。
――――
リビカ
職業加護:ギャンブラー
レベル:3
生 命:70 [↑18]
マ ナ:33 [↑ 8]
腕 力:37
魔 力:32
体 力:35
精 神:32 [↑ 1]
敏 捷:34
幸 運:27 [↑ 1]
残りSP:2 [↑ 1]
――――
「何か騒がしいわ」
迷宮入り口が近づいてきた頃、ミスルが訝しそうに言った。
「魔物ですか?」
「違うわ。人の声なんだけど……ちょっと待ってね」
メイベルの問いに答えてから、ミスルが目を閉じる。意識を耳に集中させているのだろう。ややあって、険しい顔で口を開く。
「どうやら入り口前で襲撃があったみたいね。少なくない死傷者が出て、ちょっとしたパニックになってるわ」
メイベルが息を飲む。それでも取り乱したりはしない。冒険者である以上、死とは常に隣合わせだ。活動中に死者が出ることなど珍しくはない。
とはいえ、今回の件が異常なのは間違いないが。
「ただの魔物の襲撃ではないんだね?」
通常、迷宮の魔物は階層をまたいで移動することはない。つまり、普通に考えれば入り口を襲う魔物は1層のごく弱い魔物である。
となると、死傷者が多数出るのはおかしい。いくら油断しきっていたとしてもだ。迷宮を出入りするのは駆け出しばかりではない。中堅レベルの者が一人いれば、1層の魔物など瞬く間に制圧してしまうはずだ。
ミスルは険しい表情を崩さないまま頷く。
「そうみたい。襲ってきたのは魔物じゃない。人間よ」
迷宮入り口は地獄のような有様だった。折れた剣、飛び散る血痕、そして、物言わぬ死体。痛ましい襲撃の爪痕が残されている。
退避したのか冒険者の数は常より少ない。残っているのは強い感情にとらわれている者たちだ。呆然と佇む者、横たわる骸に縋りついて泣き喚く者、無慈悲な襲撃者に、あるいは無力な自分に怒りを叫んでいる者。反応は様々だ。
この場で何が起きたのか。できれば情報を得たいところだが、今の彼らから聞き取るは酷なことだろう。
おそらく、ギルドにはすでに連絡がいっているはず。そう判断して、我らは迷宮をあとにした。
夜。我らはクランの会議室に集まった。クーリアから採集活動の報告を受けるために毎晩やっている会議だが、本日は用向きが異なる。議題は第一迷宮の事件に関する情報共有だ。
「情報は集まった?」
「いえ……迷宮に入ってきた男から突然襲われたとしか」
我の問いに、メイベルが首を振りながら答える。その表情は固い。
もしかすると、我と同じように不穏な空気を感じ取っているのかもしれないな。
「みんな妙に口が重いよね」
「そうですね。ベテランの人ほど、そんな感じでした」
「アタシの魅惑の尻尾でも口を割らせることができなかったわ!」
迷宮を出たあと、冒険者ギルドや酒場で情報を集まったが結果は芳しくない。仲間うちでコソコソと事件について囁きあっている気配はするのだが、話を聞こうとすると途端に言葉を濁すのだ。
最初は凄惨な事件ゆえかと思った。しかし、人の死に慣れたベテランほど口を閉ざすのだ。どうにも違和感があるというか……しっくりこない。
「一応、それなりに詳しい情報は手に入ったよ」
唯一成果をもたらしたのはクーリアだ。
「おお、凄い!」
「さすが、クーリアさんです!」
「やるわね!」
みなで褒めると、クーリアは僅かに笑顔を見せた。しかし、表情が固い。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとね。他の連中が口を閉ざしたのも理由がわかるんだよ。下手に噂をして目をつけられたら困る相手だからね」
気が重いと言った様子でクーリアが語る。
「冒険者を襲った犯人は『聖光の標』のグレド。第二迷宮の解放者の一人と言えばわかる?」
思わぬ名前を聞いて、僅かに息が詰まる。わからないはずがない。それは我が殺したはずの男だ。
「……確かなの?」
「目撃者が複数いるからね。中堅冒険者3人を瞬く間に殺害した実力から言っても間違いないよ」
そんな馬鹿な。死体を処理したとき、ヤツの息がないことは確認した。そもそも真っ二つになった状態から息を吹き返すなんてことがありえるのか。
「リビカ、どうなってるのよ……!」
「わからんな。他人の空似と思いたいが……」
ミスルが詰め寄ってくるが、戸惑っているのは我も同じだ。
いかんな。クーリアが物問いたげな顔で我らを見ている。動揺を表に出しすぎたか。
クーリアは奴隷だ。命じれば秘密を守らせることはできる。問題はメイベルだ。
「師匠」
呼ばれて視線を向けると、メイベルは強い視線で我を見据えていた。そして、思いもよらぬ言葉を告げる。
「グレドは生きていますよ。間違いなく」
この様子……我がヤツと敵対していることを知っているのか? あのときのことをうっすらとでも覚えているならおかしなことではないが。
……うん?
もしかして、メイベルは自分を襲った男をグレドだと認識している?
しかし、それなら何故ギルドに報告しないのだろうか。していたら大騒ぎだっただろうに。報告したが黙殺されたという可能性もあるが、カテナ嬢やメイベルの間にぎこちなさはない。そもそも報告していないように思える。
いや、今はいいか。それよりも、グレドが生きていると言い切る根拠が知りたい。
「何故、そう思うのだ?」
「〈復讐者〉が残っていますから」
職業加護の復讐者は、復讐を誓った相手が死ねば消える。メイベルが言いたいのはそういうことだろう。
それはつまり。
「私が復讐を誓った相手は――グレドです」