クランが本格稼働して5日。クーリアを筆頭したクラン員が頑張ってくれているので、運営はかなり順調である。
おかげで我らも宿代に困ることはなくなった。もっとも、クランホームを持ったおかげで、すでに宿暮らしは卒業しているが。まぁ、ホームは賃貸物件なので月々の支払いが宿代のようなものか。
いずれにせよ、収益は充分。金に困らないのはありがたいことだ。
運営はこのままクーリアに任せておけば良い。我らは目的のために能力強化を目指すつもりだ。
さて、クラン設立という寄り道したが、そろそろ迷宮攻略を進めようと考えていたところだった。魔道具を入手するために、エイギルというツテを利用するつもりでいるつもりなのだが……
「エイギルさんはまだ戻りませんか?」
ギルドに赴き問い合わせると、対応してくれたカテナ嬢は申し訳なさそうに首を振る。
「まだ戻られませんね。『暁の戦士』からは、探索期間を延長するかもしれないと連絡がありました。もう少し時間がかかるかもしれませんね」
「そうですか」
肝心のエイギルが探索から帰還しないらしい。ヤツ自身はどうでもいいのだが、そのツテがなければ魔道具入手は難しい。魔道具がなければ、サバイバル弱者の我らに迷宮攻略など不可能だ。
我らはクランホームに戻って、今後の方針について話し合った。
「カーソンさんってヤツはどうなの? アイツの所属しているクランもそこそこ大きなところなんでしょ? 話を聞いてみればいいじゃないの?」
ミスルが意見はもっともである。我としても考えはしたのだが。
「よくわからないけど、避けられてる気がするんだよね」
取引のあと何度か話す機会があったのだが、必要最小限のやりとりをして逃げるように去っていくのだ。
「リビカ、あなた、何かしたんじゃない?」
「そんなことないと思うけど?」
酷い言いがかりだ。たしかに取引のとき、ヤツは錯乱していたようだったが……いったい我が何をしたというのだ。
まぁ、よくわからんが、今はそっとしておくのが良いだろう。変に追い詰めても面倒だしな。
カーソンは保留するとして、次のメイベルの意見に目から鱗が落ちた。
「クーリアさんに聞いてみるのはどうですか?」
「ああ……言われてみればそうだね」
転移石採集部隊の指導役として働いてもらうことしか考えていなかったが、彼女もまた経験豊かな冒険者だ。その手のツテがあっても不思議ではない。
「今夜にでも聞いてみよう」
「そうしましょうか」
採集部隊はすでに迷宮へと向かった。クーリアもそれに付き添っている。第三迷宮のレッサーアポの木立周辺で活動してるはずなので探せなくはないが、そこまで急ぎの用ではない。今夜の活動報告のときに聞けばいいだろう。
ひとまず魔道具に関してはクーリアの話を聞いてた後に考えるとして、話は本日の活動について移った。
「そうだなぁ。久しぶりにレッサーアポマラソンを……」
「却下よ!」
我が言い終わる前に、ミスルが前脚をクロスさせ拒絶の意志を示す。
そこまで嫌がらんでも良いだろうに。短期間に詰め込みすぎたか。
まぁ、我もある程度の能力強化はできたので、マラソンにこだわる気もない。今のは軽い冗談というヤツだ。
「じゃあ、少しレベルを上げようか。能力値はともかく生命力とかマナが心もとないし」
生命力やマナはレベルを上げなければあまり成長しない。マナはともかく、生命力はある程度強化しておかないと不安がある。格上の冒険者とトラブルになったとき、不意打ちでうっかり死にかねないからな。
上級職の加護を得るにも、レベルはある程度なのだ。概ねレベル15以上という条件が多いので、そのあたりまでなら上げておいていいかもしれない。
「いいわね! 近頃、暴れたなかったのよ!」
ミスルがぴょんと跳ねて賛成する。
暴れたりないとは物騒だが、ここのところまともに迷宮探索ができていないのも事実だ。クラン設立の準備や、奴隷たちの鍛錬で忙しかったからな。
「メイベルもそれでいい?」
「はい! でも、一度第一迷宮にも行ってみませんか? 第三迷宮とは違う魔物が出るので、【盗む】を試してみたいですし」
「たしかにね」
「また貴重なアイテムが手に入るかもしれないわね」
メイベルの提案は悪くないな。反対意見もなく、我らは第一迷宮へと向かうことになった。
第一迷宮への入口は、第三迷宮とはまた別の場所にある。とはいえ、入口前の光景はさほど変わらない。迷宮に向かう同業者であふれ返っていた。
「こっちの冒険者のほうが装備は充実しているかしら?」
「ベテランが多いみたいですね」
ミスルの囁きに、メイベルが応じる。
第一迷宮、第三迷宮ともに、浅い階層の魔物は弱く、深層に向かうほど強力な魔物が出現するという特徴に変わりはない。にもかかわらず第一迷宮のほうが、上級者向けと言われる。それには環境の違いがあった。
第三迷宮は自然地形に近い。外に連動して明るさが変動するので、昼間ならば灯りも不要。浅い階層は、平原のようなシンプルな地形がほとんどなので戦いやすい。なので、初心者向きなのだ。
一方で、第一迷宮は文字通りの迷宮だ。明かりなしでは見通せない暗さや周囲を壁に囲まれた圧迫感は長時間の探索においてストレスになる。また、狭い場所で戦いになるので、仲間との連携も重要。総じて、第三迷宮よりは上級者向けで攻略難度が高い。
もっとも、メリットもあって、宝箱の出現率が高いらしい。浅層における敵の強さに大きな違いがあるわけじゃないので、駆け出し冒険者もそれなりにいる。おかげで、我らも不審に思われることなかった。
迷宮入口は第三迷宮と同じく黒い渦。その先には、石造りの地下迷宮が広がっている。
最初の部屋はかなり広い。探索前の最後の打ち合わせか、部屋に留まっている探索者も多い。渦の前にいれば邪魔になるので、我らもひとまず端によけた。
「中央の通路に進む人が多いですね」
メイベルが移動する冒険者たちを見て言った。部屋には3つの通路が繋がっているが、彼女の言葉通り、部屋を出ていく者の大半は中央の通路に向かっている。
まぁ、その理由はわかっている。
「次の階層に続く道だからね」
第一迷宮の浅層は冒険者ギルドで地図が買える。次層への階段に一番近いのが中央通路だということは、誰もが知っていることなのだ。また、向かって右側の通路に進む冒険者もそれなりにいる。そちら側も多少迂回した後に階段へと繋がるからだろう。
「僕らはこっちだね」
「人が少ないほうですね」
我らの目的は迷宮攻略ではなくレベリングとアイテム収集。階段を目指す必要はない。それどころか【盗み】を試すなら、人は少ないほうが良いと言える。
そんなわけで、我らは人気のない左側の通路を選んだ。