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第22話 カーソンとクーリア(カーソン視点)

「こちらでお待ち下さい! すぐにクー姉……じゃなくって、実務部長を呼んできますから!」

「あ、ああ」


 たどたどしく応対してくれた子供が部屋を出ていく。この部屋は応接間らしいが、それにしては殺風景だ。


 まぁ、立ち上げたばかりのクランなので、内装にまで手が回っていないというのもあるんだろうが。


 転移石を大量確保して売りさばくためのクランを立ち上げる。リビカからそう聞いたときには驚いた。しかも、まさか一週間でやってのけるとは。


 その実績は公にされていないとはいえ、結果として表れている。ギルドの直営店では大量入荷した転移石が並んでいるからな。気づくやつは気づいているだろう。新興クラン『逆さの鱗』の存在に。


 コンコンとノックの音。実務部長とやらが来たらしい。落ち着かない気持ちで、扉に視線を向けると、入ってきたのは懐かしい顔だった。


「待たせたね」

「お前……クーリアか!?」

「そうだよ。久しぶりだね、カーソン」


 クーリアは、かつての仲間だ。『切り裂き旋風』に拾われる前、今はもう消滅してしまったクラン『月下の剣』に所属していたときの。


「無事だったんだな!」

「無事、ねぇ」


 クーリアが左目の眼帯を撫でた。


 そうだな。無事ではない。今のは失言だった。


「……すまん」

「いや、いいんだ。団長のおかげで不自由はしてないからね。一時は地獄に思える日々だったけど、良いところに拾われたよ」


 クーリアが薄っすらと笑顔を見せる。しかし、そこには以前にはない仄暗さが見えた。


 無理もないか。クーリアは嵌められて奴隷落ちしたのだ。『月下の剣』のとある幹部によって。


 そいつはクランの資金を使い込んでいた。それを指摘したのがクーリアだ。しかし、逆に罪を着せられ、反逆者にされてしまった。


 かつてのクラン員のほとんどは今でもクーリアが不正をしたなどと信じていないはずだ。疑わしいのはその幹部、それは共通の認識だった。それでも奴を糾弾できなかったのは、後ろ盾に迷宮都市の有力者がいたからだ。


 結局、その件はうやむやになり、それがきっかけでクランは消滅。クーリアの消息もわからなくなっていた。それがまさか、こんなところで再会することになるとはな。


「あんたのほうも上手くやったみたいじゃないか?」


 皮肉かと思ったが、クーリアの顔に含むものはない。となると、言葉通りの意味か。


「『切り裂き旋風』の副団長とは以前から縁があったからな。運よく拾ってもらった。といっても、まだ下っ端と変わらない扱いだが」

「なかなか贅沢を言うね。でも、私が言いたかったのはそっちじゃなくて、団長との交渉のほうだよ」

「リビカか……」


 駆け出し冒険者だったはずが、ほんの1週間で中規模クランの団長だ。クラン員がほぼ奴隷なので、普通のクランと同じと見ることはできないが、非凡な才能であることは間違いない。


 正直に言えば、最初に会ったときから得体の知れなさを感じていた。


 まだ少年と言っていいくらいの年頃、冒険者としての経験も当然俺のほうが上だ。


 しかし、対面したときには底知れぬ恐ろしさを感じた。もちろん、『切り裂き旋風』の一員として、舐めらるような振る舞いはできない。決して悟らせはしなかったと思うが。


 取引についても上手くいったと言えるかどうか。少なくとも、事前に想定いた結果とはかなり違った結果になった。本来ならば、アイツらの秘密をかすめとるか、高額の報酬を餌に『切り裂き旋風』で取り込むつもりだったのだ。


 それがどうだ。実際の取引では気迫に飲まれてアイツの要求を丸呑みしてしまった。実際に転移石の提供があったので首は繋がったが、下手をした除名処分でもおかしくなったぞ。


「駆け出しから手玉に取られたってことで俺のクラン内の評価は大暴落中なんだが?」


 軽く睨みつけると、クーリアはくつくつと笑った。


「そりゃあ『切り裂き旋風』の上の連中も見る目がないね。アンタは今のところ団長と直接交渉が持てる数少ないルートだっていうのに」


 新興クランの団長とはいえ、あくまで駆け出し冒険者。そんな交渉先、普通ならば評価に値しない。大袈裟なと笑うところだったのかもしれないが……俺にはできなかった。


 転移石の大量確保、そんなこと今まで誰にもできなかったことだ。リビカはそれを成した。しかも、『切り裂き旋風』の尾行者にもわからない形で。そんなことができる人間を甘くみることはできない。少なくとも、そのからくりが判明するまでは。


 とはいえ、上の連中を“見る目がない”とまで断じるほどリビカを評価できるかといえば、俺にはできないが。とにかく、得体が知れないの一言に尽きる。


「……今日は確認に来たんだ。ウチに回せる転移石はいつ確保できる?」


 何とも返しにくかったので、話を変える。


 さすがに急かしすぎかとも思うが、俺の立場だと気にせずにはいらない。結局のところ、俺の評価はそれ次第なのだから。


 不快な顔をされてもおかしくないんだが、意外にもクーリアはニヤリと口の端を上げた。


「用意はできてるよ。幾つ欲しいの?」

「幾つ? そりゃ、用意できるだけ欲しいが」

「ってことは20個だね。すぐに用意させるよ」


 クーリアの言葉を理解するのに、少し時間がかかった。


 20個と言えば、優先契約の上限だ。それをすでに確保している? 馬鹿な、昨日の今日だぞ!?


「ギルドにも納品してるんじゃないのか!」

「したよ。昨日は10個。今日は20個。明日は30個くらいかね。しばらくはそのくらいで様子見の予定だけど」


 嘘だと叫びたかったが、どうにか飲み込んだ。そんな嘘をついたところですぐにバレる。意味がない。


「と、とんでもないな……」

「くくく……そうさ。うちの団長はとんでもないんだよ」


 どうにか絞り出した言葉に、クーリアが心底愉快だというように言った。仄暗い、では足りない。昏い昏い、闇を宿した狂気の笑みで。


「団長ならきっと私の望みを叶えてくれる。くくく……本当に良いところに拾ってもらったよ」


 眼帯を撫でながらクーリアが囁く。


 彼女が望むこと。それが何かは言葉にしなくともわかる。


 だが、それをリビカが叶えてくる……?


 クーリアの真意はよくわからないが、俺はひとつだけ確信した。このクランはまともじゃない。


 リビカの要求を丸呑みしたのは英断だった。こんな得体の知れないヤツらと敵対するなんて百害あって一利なしだ。


 よくやったぞ、俺!

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