「ギルドには、これからも転移石をたくさん納品するってことは伝えてくれたんでしょ?」
「伝えたよ。あまり増えるようだと、買取価格が下がると言われたけど」
「うん。それで構わないよ。むしろ、それが狙いだしね」
我の目的は大量納品によって転移石の価値を低めることだ。
我らが大手クランに目をつけられる理由は、希少な転移石を入手する手段を持っているからこそ。であれば、転移石の希少性をなくしてしまおうという目論見である。
希少なアイテムは金を出しても買えるとは限らない。だからこそ、強引な手段を使ってでも手に入れようとする者が現れるのだ。
だが、不自由なく買えるとなればどうか。わざわざリスクを冒してまで非合法な手段を取るクランはないはずだ。少なくとも大手は。なにせ、彼らは金を持っているから。
「なるほどねぇ。でも、攻略系の大手はライバル関係にあるところもある。自分たちで利益を独占するために囲い込もうとするかもしれないよ?」
クーリアが懸念を口にする。しっかりと考えてくれるようでありがたいな。そうでなければ、クラン運営など任せられん。
だが、まぁこれに関しては問題ないだろう。
「僕らが転移石を大量供給することで、全ての冒険者が恩恵を得るんだ。独占なんかしようとすれば、孤立していまうことになるよ。さすがに大手でもそれは厳しいでしょ」
「ああ。大手クラン同士で牽制させるってわけね」
全てのクランが等しく恩恵を得るんだ。均衡を崩そうとすれば、その他全員が阻止する。そういう形にしたい。
まぁ、例外的に『切り裂き旋風』のカーソンだけは少しだけ優遇する約束になっているが。なにせ、クラン設立において多大な貢献をしてもらったわけだからな。
優遇の内容は毎月20個までギルドへの卸値と同額で直接購入できる権利を与えるというもの。得られる利益は変わらないので、我らにとって損はない。
一方で、転移石を確実に定量確保できるというのは『切り裂き旋風』にとってもメリットになるはずだ。その優位を維持したければ、我がクランを守る方向で動いてくれるだろう。
「そういうことなら納得だよ。まぁ中小クランの横槍は気になるけどね」
すでに力を持っている大手クランが我らに手出しするのはリスクが高い。が、これから成り上がろうとする中小のクランは失うものなどないと考える者もいるだろう。
「実際には大手クランに睨まれて潰されるだけだと思うけどね」
「それでも考えなしのヤツは現れるものさ」
クーリアが眼帯を撫でながらため息を吐く。まぁ、彼女の言う通りだろう。道理に合わないことでも平気でする。そういう者は少なからずいるものだ。
「その辺りは自力で跳ねのけられるようにはしたいね。合間をみて鍛えておいてよ」
「職業加護の成長による能力強化ってヤツね。いやまさか、そんな鍛え方があるなんてねぇ」
レッサーアポ狩りで職業加護だけを成長させるというやり方もクーリアには教えてある。が、どうにも浮かない表情だ。
「信じられない?」
「いや、そんなことはないよ。どっちかといえば、スライムから転移石がぱかぱか採れるほうが信じられないから」
「ああ……」
それはそうかもしれない。明らかに理が歪んでいるからな。界によってはこう言われることであろう。バグと。
「もっと早くに知っていればと思っただけだよ。私のレベルだと同じやり方では厳しいから」
なるほどな。クーリアは奴隷になる前は実力のある冒険者だったらしく、レベルは21。レッサーアポ狩りでJPを得ることはできない。レベルが高いので強いは強いが、能力値の上乗せがないのでレベル相応である。
「まぁ、クーリアに関しては別の強化策を考えておくよ」
一応、幹部であるからな。下っ端クラン員に舐められても困る。
まぁ、クラン員に関しては我らほど戦力強化を急いではいない。マラソンをさせる気はないし、日々の採取業務もある。職業加護の条件を満たすにもいろいろせねばならんので、相応に時間がかかるのだ。クーリアと一般クラン員との能力が逆転するのは、先のことになるだろう。
それに、たとえ実力が逆転したとしても立場は変わらんだろうとは思うが。クーリアはこれで面倒見が良いらしい。クラン員からは、姉のような存在として頼られているようだ。
「あとは……人手が足りないようならクーリアの判断で奴隷を増やしてもかまわないからね。再生のリンゴは納品する予定がないし、自由に使って」
「いや、あのね。奴隷に奴隷は買えないよ」
「あれ、そうなの?」
「当たり前でしょ……」
そうなのか。あ、いや、普通は奴隷に賃金など与えんというから、買えるはずもないか。
となると、全てをクーリアに丸投げするという我の計画が早くも崩れることになる。
「ミスルちゃんは本当にお肉が好きだよね」
「当たり前よ! ニンジンも嫌いじゃないけどね!」
我が組織運営に頭を悩ませているというのに、メイベルとミスルは呑気に関係のないことを喋っている。我もそれくらいのか気軽さでいたかったのだが……まぁ、ある程度は仕方がないか。
「うーん。じゃあ、目星だけつけておいてよ。購入手続きは僕がするから」
「人手が足りなくなったらね。しばらくは様子見に徹するよ」
「その辺りは任せるから」
「任せるって……どうしてこんなことになったのかしらねぇ……。いや、ありがたいことではあるんだけど……」
クーリアが何とも言えない表情で頭を振っている。どうやら我がクランの方針に頭が追いついていないようだ。だが、いつかはきっと慣れる。その日まで頑張って欲しいものだ。