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第15話 これが我らのやり方

 迷宮攻略に乗り出した我らは意外な問題に足元をすくわれることになった。


「うーん……僕に迷宮探索は向いてないかもしれない」

「アタシも……」


 我とミスルは揃って肩を落とした。


「まだはじめたばかりじゃないですか。ね、頑張りましょう?」


 メイベルが我らを励まそうとしている。その気持ちに応えたくはあるが……


「「だって……」」


 口から出るのはそんな言葉。駄目だ、テンションが上がらない。


「ま、まだ1日目ですよ?」


 メイベルの顔が引きつりはじめる。弟子にそんな顔をさせることになるとは。自分の不甲斐なさに呆れてしまう。


 だが、無理なものは無理なのだ。


 我らに長期の迷宮探索を諦めさせた難敵――――その名は干し肉!


「なんだよ、これ! 塩辛すぎるでしょ! 噛んでも噛んでも噛み切れないし!」

「そうよ、そうよ! 人間の食べる物じゃないわ!」

「ミスルは兎でしょ」

「兎でもお断りよ!」


 干し肉と言えば、保存食の代表格である。長期に渡る迷宮探索には欠かせない食料品。ダンデルで活動する冒険者ならば誰もが一度は口にすると言っても過言ではない。実際、我らも口には入れた。


 だが……みんなこれを食べているのか? 我には信じられんのだが。


「もしかして粗悪品をつかまされたとか」

「そうなの!? 許せないわ!」

「そんなことないですって! ごく普通の干し肉です!」


 我が思いつきはメイベルに否定されてしまった。


 我としては粗悪品であって欲しかったのだが。それならばまだ希望が持てたのに。


「それなら、なおさら無理だよ。僕にこの難敵は攻略できそうにない」

「アタシたちの冒険もここまでってわけね……」

「諦めが早すぎますって! そ、そうだ、スープにしましょう! きっともう少し食べやすくなりますよ!」

「……そうかな?」


 メイベルの提案で、スープを作ってみることになった。一応、小さめの鍋はある。


「じゃあ、水を出すわよ」

「お願い」


 水を持ち運ぶのは大変だ。こんなとき、魔法は便利である。もっとも、マナを消費するので良し悪しではあるが。


 我らは、3人とも魔法が使えるので作業を分担すれば負担は少ない。その点は有利である。


 本来ならば、魔術師の加護を授かるか、魔術師スキルをサブスキルとしなければ魔法は使えない。が、我らには抜け道があった。なんと、師弟伝授で習得したスキルは、職業加護に関係なく扱えるのだ。おそらくはこれも理の歪みなのだろうが、便利なので遠慮なく使わせてもらうつもりだ。


 枯れ木の山を石ころで囲む。その石の上に鍋を置いてから、魔法で火をつけた。しばらくコトコト煮込んだら干し肉スープの出来上がりである。


 なお、ちょうど良い具材がないので、材料は水と干し肉のみ。驚きのシンプルさだ。


 気乗りはしないが……いざ実食。


「ど、どうですか?」


 おずおずと尋ねてくるメイベル。申し訳ないが、ここははっきりと言わせてもらおう。


「まずい!」

「塩辛いお湯ね!」


 肉の旨味なんて塩味で吹き飛んでしまっている。これはあれだな。肉と思ってはいかん。調味料だ。たっぷりの具材とともに一切れ入れるくらいでちょうど良い……というか、本来はそうやって使うものなのではないか?


「美味しいのに……」


 そうなると、そのままモチャモチャ食べているこの弟子が心配になるな。味覚が壊れているじゃないか?


「そもそも、よ。せっかくお金を稼いで宿代確保したのに、結局野宿じゃない! どうにかならないの?」

「たしかに、ね」


 ミスルが不満を漏らす。わがままなヤツ……と言いたところだが、我も同意せざるをえない。干し肉を食べて実感した。我らにサバイバル生活は向いていない。


「冒険者ってそういうものですよ?」

「そうなんだろうけどね……」


 メイベルの言うことが正論なのだろうが、人には向き不向きがあるのだ。一般的なやり方がどうであれ、それが我らに合っていないのであれば別案を考えなければなるまい。


「深層を目指す冒険者はどうしてるんだろう? 長ければ一ケ月以上迷宮に潜るって聞くけど。ずっとこんな生活をしているの?」

「正気とは思えないわ。変人じゃない!」

「ちょっと、おかしなこと言わないでくださいよ!」

「わ、やめ、くすぐるのは、駄目よ!」


 上級冒険者批判を危険と見たのか、メイベルがミスルを抱き上げてくすぐりはじめた。それで黙らせようという魂胆らしい。


 個人的な意見を言わせてもらえれば、危険を冒して迷宮深層に挑む者らは間違いなく変人だと思うがな。生活だけを考えれば、そこそこの階層でも充分なのだから。こんな粗末な暮らしをしてまでと思うと、特に。うむ……やはり変人である。


「ああいう人たちは便利な魔道具を持っていると聞きますけどね」


 ぐったりするミスルを抱えたまま、メイベルが言う。


 魔道具とは、魔法の力が込められた便利な道具だ。容量が拡張された不思議な鞄、魔物を寄せない結界を張る呪符などはよく聞く。


「魔道具か……どうにか手に入らないかな」

「駆け出しの冒険者が手に入れられるものじゃないですよ。特殊なツテでもなければ」


 ツテか。なくはないのだよな。


 以前顔見知りになったエイギルとかいう冒険者だ。ヤツ自身ベテランと自称していたし、我の見立てでは相当の実力者だ。それなりに迷宮事情には詳しいだろう。


「ミスル」

「……仕方ないわね。アタシの魅惑のポーズでメロメロにして聞き出してあげるわ!」


 同じことを考えたらしい。ミスルがぴょんと跳び上がって、ふるふると尻尾を揺らした。それが魅惑のポーズらしい。


「そうと決まれば……」

「こんなもの食べてられないわ!」


 我とミスルはスープの椀をぶちまけた。スライムが美味しく頂いてくれるであろう。


「えぇ、食べないんですか? お腹すいちゃいますよ?」


 我らの行動に、メイベルが慌てている。


「街に戻って食べるよ」

「街にって、今からですか? 走って戻っても、真夜中ですよ!」

「何を言ってるの。これがあるでしょ」


 と言いつつ、道具袋から取り出したのは転移石。ここまでの探索で数個確保してある。


「金貨1枚ですよ!」

「野宿を回避するためならやむなし」

「そうね!」

「えぇ!?」


 いやまあ、多少はもったいないと思わないでもないが、幾らでも手に入るものだからな。


 普通でないのは百も承知。だが、これが我らのやり方というわけだ。弟子ならば、慣れてほしいものだな。


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