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第13話 転移石

「さて、いくらになるかしらね」

「ミスル。もう街中なんだから、しゃべらないでよね」

「ふふふ、楽しみですね」


 人のいないレッサーアポの木立周辺で遭遇できる魔物から根こそぎアイテムを奪った我らはそれらを換金すべく、ギルドに向かっている。


 稼ぎにかけた時間は一刻に満たないだろう。だというのに、我らの持ち物袋はアイテムで溢れている。稼ぎ効率が良すぎるのだ。早めに切り上げたのも、これ以上持てないからという理由が大きい。


 ギルドに入ると数人いる受付嬢の視線が我らに向いた。しかし、それも一瞬。やってきたのが我らとわかると、すぐに興味を失ったようだ。


 まぁ、ここ数日、日中に何度も受付前を横切っているからな。そんな反応になるのも無理はないか。


 ただ、我らが買い取りカウンターに向かうとざわりとなった。いつもと違う行動だからだろう。この時間、普段なら祭壇室に直行だからな。


「お前らか」


 我らの対応するのは、昨日の中年男である。


「今日はいろいろ持ってきました」

「まぁ、出してみろ。話はそれからだ」


 言われるままにアイテムを並べる……が、面倒くさいな。何しろ、量が多い。このまま袋をひっくり返しても良いだろうか。


「待て待て待て。アイテムをばら撒くな。余計に面倒なことになるぞ」


 いきなり中年男に止められた。まぁ、それもそうか。


 全部を出すにはスペースも足りないということで、各一つずつ並べ、まずは買取価格を調べてみもらうことになった。


「アイテム自体はよく見るものが多いな」

「第三迷宮の一層で手に入れましたので」

「だろうな」


 ゴブリンから入手した草は予想通り薬草だった。傷薬の材料となるそうだ。買取価格は銅貨1枚なので、たいした価値はない。


 小瓶のほうは二種類あって、どちらも魔法薬だった。小治癒薬と勇心薬だそうだ。


 小治癒薬はそのまま傷を癒す薬だ。軽傷ならば即座に癒す。買い取り価格は小銀貨1枚。


 勇心薬は、使用者の勇気を奮い立たせる薬らしい。魔物の中には雄叫びなどで、我らの恐怖心を煽ってくるものもいる。勇心薬を服用しておけば、そのような行動に一時的な耐性ができるようだ。こちらも小銀貨1枚での買い取り。


「アポの実か」

「買い取りは難しいですか?」

「買い取れはするが、昨日と同じ価格では無理だな」


 予想通りではあるが、アポの実の買い取り価格は下がった。5個までは大銅貨2枚、それ以降は大銅貨1枚という価格提示。大銅貨は1枚で銅貨5枚分だ。


「師匠。あの実は見せなくていいんですか?」

「あ、そうだったね」


 メイベルに言われて思い出す。盗みで手に入れたアポの実の中に、1つだけ赤く輝くものがあったのだ。


「これなんですけど」

「……なんだこりゃ? たしかに普通の実とは違うみたいだな」


 中年男も初見らしくて、首を傾げている。


「これもレッサーアポがドロップしたのか?」

「ええまぁ」


 正確にはドロップではなくて、【盗む】で得たものだが、そうとは言えない。曖昧に濁したが、中年男は気にせず唸り続ける。


「特別な力があるのは間違いないが、詳細までは俺にはわからんな。ギルドで預かって鑑定する。それで構わないか?」

「はい。お願いします」


 買取カウンターの職員は知識が豊富でたいていのアイテムは識別できる。だが、未知のアイテムともなれば話は別だ。鑑定スキルを持つ専門の鑑定員に任せざるを得ないそうだ。


 つまり、この輝く実はそれほどのレアアイテム。珍しければ高値がつくとは限らないが、期待したいところだ。


 次に中年男が大きな反応を示したのは、スライムのドロップを見たときだった。もちろん、スライムゼリーではない。小さな石のほうだ。


「おい、これも一層で手に入れたのか?」

「そうですけど?」

「第三迷宮だよな?」

「はい」


 声をひそめて聞いてくるので、我も小声で応じた。どうやら、よほどのことらしい。


「貴重なアイテムなんですか?」


 尋ねると、中年男は大きなため息を吐いた。


「まぁな。こいつは転移石だぜ」

「ほほう、転移石」


 とりあえず、頷いてみたものの。残念ながら我の知識にはないアイテムだ。メイベルを見ても、ピンと来ていない様子。


 まぁ、仕方ない。我らはみな駆け出しだ。


 我らの様子を見て、中年男が再び大きなため息を吐く。


「転移石は、迷宮内での転移を可能にするアイテムだ。どこでも自由にとはいかないがな」


 迷宮には転移ポイントがあるそうだ。転移石を使えば転移ポイントへ一瞬で移動できる。もちろん制限はあって、一度は自力到達しなければならないそうだが。


 便利なアイテムだが、一度使えばただの石ころになってしまうらしい。それだけに貴重だ。


 買い取り価格はなんと驚きの金貨1枚!


「金貨1枚!? ……あ、ごめんなさい」


 メイベルが思わずといった様子で声を上げた。ちなみにミスルは貨幣価値がよくわかっていないのでセーフである。兎で良かった。


 金貨は小銀貨換算で80枚分。我らが宿で40泊できる価格である。


「ずいぶん高価なんですね」

「いや、ここでの買い取り価格なんて最安値みたいなもんだぞ。転移石を欲しがるのは迷宮深層を探索する実力者だ。直接交渉すれば2倍、3倍の値がついてもおかしくはない」


 なるほど。深層を探索する冒険者にとって、転移石は喉から手が出るほど欲しいアイテムというわけか。行きはともかく帰りは特にな。


 疲労状態では、浅層でも思わぬ危険を招きかねない。金で帰路の安全が買えるなら安いものだと考える者も多いのだろう。深層での稼ぎは浅層と比較にならないらしいからな。彼らは金を持っているのだ。


「どうする? 他に持ち込むか」

「いえ、ここで引き取ってください。メイベルも、それでいいよね?」

「師匠にお任せします!」


 金は欲しいが面倒事は御免だ。駆け出しの冒険者がそんな貴重なアイテムを持っていれば、どうやってと探りを入れられるのは目に見えている。直接交渉などもっての外だ。


 あとは、この男だな。ペラペラ喋るようには見えないが……


「そう睨むな。誰かに話したりはしねぇよ」


 こちらから口止めを願う前に、中年男が顔を顰めてそう言った。睨んだ覚えはないが、知らずに目つきが鋭くなっていたようだ。


「そうなんですか」

「冒険者の飯の種だからな。ベラベラ喋るようなヤツは長生きできん」


 恨みを買って闇に葬られると。それはなかなか大変な仕事だな。まぁ、黙ってくれるというなら、我らにとっては都合がいいが。


 ただ、最後に釘を刺された。


「どんなやり方をやってるのか知らんが、やるならうまくやれよ。これだけアイテムを持ち込んで、魔石がないとか普通はありえんからな」

「あ……あはは、そうですね」


 少し迂闊であったか。


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