さて、この状況をどう乗り切れば良いだろうか。とりあえず、しらばっくれてみよう。
「王子様って、どういうことかな?」
「ああ、可愛いらしい! そんな王子様も素敵ですね!」
「ブフゥ!」
あの駄兎!
このタイミングで噴き出しおって!
赤髪少女の視線がリンゴを焼く不思議兎に突き刺さる。固まって動かなくなったが、ミスルのヤツ、相当焦っているぞ。まぁ我もだが。
「ねぇ、王子様。そういえば、あの兎、喋ってませんでした?」
喋っていた。喋っていたが、いつの話だ? いや、どの道、誤魔化すしかないのだが。
「と、とりあえず、僕の名前はリビカね」
「はい、王子様」
……話を聞いてくれないかな?
「喋っていたと言われても、僕には何のことかわからないよ」
「なるほど? ところで、あの兎は王子様のペットですか?」
「そ、そうだね。ペットというか、家族というか」
会話しながらも赤髪少女はミスルから視線を逸らさない。
「兎ちゃんのお名前は?」
「ミスルだよ」
「そうそう。そんな名前でしたね」
……!?
こ、呼吸が止まりそうになったぞ!
だが、待て。あのとき、ミスルの名前を口に出したか? 出していないような……?
「ひぃ!?」
気がつけば、感情のない顔をした少女に凝視されていた。観察されている……!
ば、馬鹿な。この我が気圧されている、だと?
「ふぅん」
「な、なにかな?」
「いいえー? ミスルちゃん、可愛いですねー。撫でてもいいですか?」
ど、どうする? どうすればいい? 拒否するのも不自然だろうか?
いや、本来兎は繊細な生き物。それを理由に断れば……
「えっと、神経質だから知らない人に撫でられるのはちょっと遠慮して欲しいかな」
「そうなんですね」
少女はニッコリと笑って頷く。
どうにか説得できたか。ほっと息を吐いたら……少女が突然、自己紹介を始めた。ミスルに向けて。
「私はメイベルっていうの。16歳の駆け出し冒険者よ。これで知り合いだね、ミスルちゃん。じゃあ、撫でるね」
自己紹介したから、知らない人じゃないって理屈!?
「ちょっ、待……」
「えいっ!」
赤髪少女メイベルが、ミスルの両脇をわしっと掴んだ。その手つきは撫でると言うより、くすぐりである。
「……ッ!」
「こしょこしょこしょ?」
「ブフッ」
「意外と耐えるねぇ。でも、これでどうかな??」
「ブファッフォ!? ひ、ひゃ、や、やめて?! くす……くすぐったいわ!」
ああ、やっぱり駄目だったか。これまで幾多の試練を超えてきたミスルも
「降参、降参だよ。ミスルを離して」
「わかりました」
「と、とんでもないわ! この子、とんでもないわよ!」
メイベルの手から逃れたミスルがまさに脱兎となって我が背後に隠れる。すっかり怯えきっているな。
さて、ミスルが喋る兎だとバレてしまった。ついでに、数日前にメイベルを助けたのが我らだと言うことも勘付かれている雰囲気だ。
この状況で何を言うのか。やや緊張しながら見守っていると、メイベルこガバっと頭を下げた。
「失礼なことをして、すみません。王子様、私を弟子にしてください!」
「で、弟子……?」
予想外の展開である。なぜ、そうなった。
「弟子はともかく、まず話を聞かせてくれないかな。あと、僕のことはリビカって呼んでね」
「はい、師匠」
本当に話を聞かない娘だな。まだ弟子入りも認めていないというのに。判断が早すぎる。まぁ、王子様と呼ばれるよりはマシだが。
「リビカね。まず聞きたいのは、なんで僕には弟子入りしようと思ったの?」
気になるのはそこだ。メイベルが意識を取り戻したのは、グレドとの戦いが終わったあと。我の強さなど知るはずもないはずだが。
メイベルは少しの間考えて、口を開く。
「私の負った傷は致命傷に近かったはず。それを癒せるのなら凄い力を持っている証拠ですから」
なるほど治癒能力から我の実力を類推したというわけか。グレドを殺害したところを見られたわけではないらしい。そこはひとまず安心した。
さて問題は、彼女を助けたという事実を認めるか否か。メイベル自身は確信しているようだが、確実な証拠はない。
とはいえ、白を切り通しても、彼女を納得させなければ、いつまでも付きまとわれるだろう。それは少々面倒だ。
「たしかに、メイベルを介抱したのは僕だけど、傷を癒したのは僕じゃないんだ。だって、僕は冒険者になりたての駆け出し、レベルも1しかない。そんなの無理だよ」
事実の一部だけを認めて、実力に関しては否定する作戦は……
「何か人に言えない理由があるんですね? だけど、私も強くならなきゃならないんです! どうかよろしくお願いします」
あえなく失敗。よほど思いつめているらしい。
「どうしてそこまで。強くなるなら僕じゃなくて、ちゃんとした人に弟子入りしたほうがいいよ」
たとえば、あのエイギルとかいう男はどうだろうか。ミスルをモフらせてやれば説得できるのではないか?
だが、肝心のメイベルが納得しなければ意味がない。
「それじゃ駄目なんです。そんな普通のやり方じゃ……私には殺さなくちゃならない男がいるんです!」
穏やかなはない発言だ。それだけに気になる。それはミスルも同じだったらしく、我の後ろからひょっこり顔を出してた。
「それってつまり、復讐のためってこと?」
「はい。私は父の仇をとりたいんです」
メイベルは迷いなく頷く。その目には一片の迷いもない。覚悟が決まっている様子だ。
どこかで聞いた話だな。復讐なんて無意味だなどと、我らに言えるはずもない。
「リビカ……」
ミスルが服の裾を引っ張る。
少しは話を聞いてやれということかな。さっきまで、怯えていたくせに、似たような立場だと知った途端これだ。まぁ、我としても心情としては理解できるが。
本来ならば、ここでメイベルの身の上話なりを聞くのが流れなのだろう。だが、そうなれば深入りすることになりかねない。メイベルにはメイベルの復讐があるように、我らには我らの復讐がある。
とはいえ、メイベルには我らの秘密を握られてしまった。野放しにするよりも弟子として懐に入れたほうが、安全かもしれないな。
「わかったよ、メイベル。君は今日から僕の弟子だ」
我が告げると、メイベルはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、王子様!」
「わっ!? ちょっと!」
いきなり、抱きついてくるヤツがあるか。我は師匠なのだぞ?
「プッ……大変ね、王子様?」
この駄兎め! さっきまでの神妙な態度はどうした?
「とりあえず、王子様はやめてね。じゃないと弟子入りはなし」
「わ、わかりました! 王子……リビカ師匠!」
ふぅ。やれやれだ。