「撃破っと。おお、体力が2アップした。さすがは〈秩序の騎士〉、レア職だけあるね」
「秩序の騎士? リビカが? 似合わないわね!」
「まぁ、あくまで加護だから」
ミスルの難癖にも腹は立たない。自覚はあるからな。
今も、理の穴を突いて強引な戦力強化を図っている。理に反しているわけではないので悪いとは思わないが、それでも秩序の騎士とは笑える。
まぁ、秩序の神との邂逅が条件だったりするのだろう。信仰心などは欠片もないのだが……その辺りの判定はザルなのだな。
「今ので何周目になるのかしら?」
「たしか、35周目だね」
マラソンを始めて4日目。レッサーアポの出現する木立は迷宮の入口から比較的近い場所にあるが、それでも冒険者ギルドまで往復すると半刻はかかる。1日に消化できるのは日暮れまで頑張っても10周が限度だ。
「ひぇ……まだまだ先が長いわね。今の強さはどんな感じなのよ」
「えっと、こんな感じだね」
地面に現在の強さを書き出す。
――――
リビカ
職業加護:秩序の騎士
レベル:1
生 命:20 [↑10]
マ ナ: 9 [↑ 5]
腕 力:21 [↑10]
魔 力:17 [↑ 8]
体 力:21 [↑11]
精 神:16 [↑ 6]
敏 捷:18 [↑ 7]
幸 運:12 [↑ 3]
――――
ミスル
職業加護:魔術師
レベル:3
生 命:21
マ ナ:11 [↑ 2]
腕 力:13 [↑ 4]
魔 力:10 [↑ 2]
体 力:10
精 神:10 [↑ 1]
敏 捷:15 [↑ 2]
幸 運:13 [↑ 1]
――――
「なにこれ! ずるじゃない!」
「ずるじゃありませんー。これが理に従った正常な成長ですー」
「ずるよ!」
言いがかりも
だがしかし、成長に差が出過ぎるのも問題か。それではミスルはモチベーションが保てないだろう。どうせならば、楽しんで訓練に励んでほしい。
ミスルの成長が遅れている原因はレベル差もあるが、一番は職業加護の候補が少ないことにある。6つしかないので、どれも最初の能力アップまでは達成してしまったのだ。
となれば――
「新たな候補を増やす実験をしてみようか?」
「なになに? 何の話よ?」
「ミスルの職業加護の話だよ。候補が増えれば、成長の機会が増えるでしょ」
「いいじゃない! やりましょうよ!」
そういうことになった。
「〈秩序の騎士〉がそうだと思うんだけど、下級職でも前提条件を満たさないと授かれない加護があると思うんだ」
「ほうほう」
「僕の加護候補からそういう条件がありそうなものを探してみよう。たとえば〈バトルコック〉とかどうかな?」
バトルコックは、戦う調理人。包丁やフライパンを武器として戦うとき、戦闘能力が上昇する職業加護だ。どんな状況なのかまったく想像がつかないが。
「加護が解放される条件は……戦闘が起きているそばで調理すること、だって」
「それも理の解析? 本当に便利ね!」
ふふふ、ミスルよ。兄の偉大さを思い知ったようだな。感謝するといい。
「じゃあ、僕がレッサーアポと戦うから、ミスルはこれを調理してよ」
ずた袋からアポリンゴを取り出して投げ渡す。
アポリンゴはレッサーアポから得られる食品アイテムだ。特別な効果はないが、そのまま食べられて味も悪くない。おやつにちょうど良いので数個確保してある。
「調理ね。アタシ、やったことないんだけど」
「まぁ皮を剥いて、焼いてみればいいんじゃない?」
「それなら何とかなるかしら?」
おっと、皮を剥くならナイフが必要だが……
「ミスルってナイフ持てるの?」
「持てなくはないけど……これを使うわ!」
そう言ってシャキンと伸ばしてみせたのは自前の長い爪である。
「それって魔物を切り裂いた爪じゃないの?」
「そうだけど……リンゴと似たようなものじゃない?」
今のところ戦っているのはレッサーアポのみ。そう言われてみれば、たしかに大差ない。
「じゃあ、いっか。火は自分で出せるよね?」
「問題ないわ!」
今のミスルは職業加護が〈魔術師〉だ。魔法で着火できる。
「いた!」
「それじゃ、アタシは調理ね」
少し歩いてレッサーアポ3匹を見つけた。ミスルの準備ができたのを確認して飛びかかる。
かなり能力値が上がっているので、すでにレッサーアポは敵ではない。が、あまりに早く倒しすぎては、ミスルが調理する時間がなくなる。そのため、あえてゆっくり倒した。
「どんな感じ? 調理できた?」
「今はこんな感じね」
ミスルはリンゴに串を刺して、直火で炙っていた。調理というには簡素だが道具がないのでどうしてもそうなる。
「これで条件は満たせたの?」
「それは祭壇室で確認してみないとわからないよ」
理を解析が進めば、我がこの場でチェックできるようになるだろうが、今は無理だ。
「それなら、もう少し炙っとこうかしら?」
「そうだね。そのほうがいいかも」
ギルドまで戻って、やっぱり駄目でしたでは時間がかかるからな。念を入れて焼いておこう。
だが、その決断が誤りだったのかもしれない。いや、そもそも気を抜きすぎていた。これまでレッサーアポの木立で人に遭遇することがなかったので油断していたのだ。
「えっ、兎がリンゴを焼いている!?」
「あ、あら」
「しまったね……」
声のほうをみると、先日助けた赤髪の少女の姿があった。少女は物怖じすることなく、こちらに歩いてくる。
そして、我を見て言った。
「王子様……縮んだ?」
縮んどらんわ!
とはいえ、多少曖昧でも我のことを“あのときの人物”と認識しているのは間違いなさそうだ。あの一瞬でよく覚えていたなぁ……。