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第6話 レッサーアポマラソン、開幕!

「それじゃ、早速、魔物討伐ね!」

「そうだね。でも、もう少し話を聞いて欲しいんだ」

「なによ?」


 ぴょんぴょん飛び跳ねるミスルを落ち着かせて、話を続ける。


「職業加護を成長させる方針には少しだけ問題があってね」

「それは?」

「実はレベルが上がるほど、職業加護は成長しにくくなるんだ」


 弱い魔物と戦っても職業加護は成長しない。適正レベル未満の魔物をどれだけ倒しても意味がないのだ。


「だったら、レベルに応じて倒す魔物を変えればいいだけじゃないの?」

「そうだけど、それが面倒なんだよ」


 そのやり方では職業加護を成長させる間にどんどんレベルが上がってしまう。それはつまり、より強い……迷宮の奥地にいる魔物と戦う必要があるということである。


 迷宮の深層まで潜るにはそれだけで移動に時間がかかる。加護を付け替えるには職業神の祭壇に祈りを捧げる必要があるので、迷宮に潜りっぱなしというわけにもいかない。


「それじゃ、どうするのよ?」

「レベルを上げないまま、職業加護を成長させる」

「そんなことできるの?」

「できるんだよ、実は」


 レベルや職業加護を成長させるには、魔物からある種のエネルギーを取り込む必要がある。これを仮に経験値と名付けるとしよう。実はレベルを上げるための経験値と職業加護を成長さえるための経験値は別物なのだ。以後は区別のため、後者をJPジョブポイントと呼ぶ。


「つまり、経験値が少なめでJPが多い魔物を倒せばいいってことね!」

「そういうこと」


 これで知識は共有できた。いよいよ探索開始だ。地面に書いた能力情報を足で消しておく。


「魔物の気配は……あっちね」


 耳をピンと立てたミスルが、とある方向を指し示した。そちらに向かって少し歩くと、たしかに何かいる。


 青く半透明な軟体生命体。スライムと呼ばれる魔物だ。それが2体、地面の窪みで蠢いている。


「初戦闘ね!」

「ちょっと待って!」

「ひぃあ!? ちょっと、何するのよ!」


 いきなり突撃しようとするミスルを止めるために長い耳を引っ掴むと、猛抗議を受けた。しかし、こっちにも言い分はある。


「いや、待ってよ。さっきの話を忘れたの?」

「経験値とJPの話? 覚えてるけど、倒してみないとわからないじゃない」

「ふふふ、僕を誰だと思ってるの」

「おかしな弟」

「偉大な兄ね」


 兄姉論争はひとますおいておくとして。


「こんなこともあろうかと、理を解析するついでに魔物のデータも集めておきました」

「集めたってどこからよ……? まあ、いいわ。それで?」

「スライムはJPより経験値が多いので倒しては駄目な敵です」

「あら、そうなの。仕方がないわね」


 事情を説明すれば、ミスルも素直に引き下がった。聞き分けが良くて、大変結構だ。


 幸い、スライムは動きが鈍いので、逃げても追われる心配はない。そもそも、攻撃的な意志が弱いので、こちらから仕掛けなれば戦闘にすらならない。


「魔物のデータがあるってことは、標的は決まってるんじゃない?」

「お、正解だよ」

「それを早く言いなさいよね」


 ミスルが我の足をてしてし叩く。


 遭遇してから説明すればいいかと思ったが、たしかにそうか。


「僕が目をつけたのは、レッサーアポって魔物だよ。この魔物、なんと経験値は0。JPはそこそこだけど、どれだけ倒しても経験値が入らないってのはいいよね」

「そんな都合のいい魔物がいるのね」

「都合がいいって思えるのも、僕が職業加護の仕組みを解析したおかげだけどね」

「はいはい」


 む、興味なさげだな。コイツにはいつか我の偉大さを理解させねばなるまい。


「じゃあ、そのレッサーアポを探せばいいのね。特徴は?」 

「特徴かぁ。簡単に説明すると……手足が生えたリンゴかな?」

「そんな魔物がいるの!? 迷宮って変な場所ね!」


 喋る兎が何か言っておる。


 ミスルの耳はたいしたもので、音で周囲の生物を把握できるらしい。おかげで、不要な戦闘を避けて、レッサーアポを探すことができる。


 四半刻ほど歩いたところで、ミスルがピクリと耳を揺らした。


「この先に魔物がいるわ。今までとは違う音ね。動物系じゃないと思うけど」

「レッサーアポかもしれないね」


 先のほうには、木々がまばららに生えているのが見える。リンゴの魔物が現れてもおかしくなさそうなシチュエーションだ。


 慎重に進むと――いた。


「あれが、レッサーアポ? あんまり美味しそうじゃないわね」

「食べちゃ駄目だよ?」

「わかってるわよ! 冗談でしょ」


 しなびた黄色いリンゴに短めの小枝を手足として4本突き刺したような見た目。普通のリンゴよりは大きくて、人の頭くらいはある。


「普通に倒していいの?」

「それは大丈夫」


 敵は4匹。2匹づつ相手をすると決めて、飛びかかった。


「「「アポ!?」」」

「うわっ、鳴いたわよ!」

「魔物だからね!」


 手にした剣を一振。以前とは比較にならないほどのろい動きだ。それでも、奇襲を受けて身を竦ませるレッサーアポを倒すには充分だった。半ばまで断ち切れたリンゴの体はコロンと転がり動かなくなる。これで一匹。


「ふぬっ!」


 ミスルが前脚を振るうと、鋭く伸びた爪がリンゴをざっくり切り裂いた。これで二匹目。


 次いで、ミスルがぴょんと跳ぶ。レッサーアポの背後に回ると、そのまま爪を差し込んで三匹目。


 我も負けじと剣を振るう。未だ動けない最後の一匹を真っ二つにして、討伐完了だ。


「たいしたことなかったわね!」

「不意打ちだったからね」

「つまり、アタシのおかげね!」

「はいはい、そうだね」


 ミスルの耳のおかげなのは間違いないが、素直に褒めると調子に乗るので適当に流しておくに限る。


「あ、〈復讐者〉が成長したね。筋力が上がった」

「もうなの? アタシは?」

「僕はレベルが1だからね。ミスルはまだだよ」

「そんなのズルじゃない!」

「いや、ズルじゃないでしょ。これが理だよ」

「むぅ」


 ミスルは不服そうだが、こればかりはどうにもできない。


「まぁいいわ。たくさん倒せばアタシの職業加護も成長するでしょ。次を探すわよ!」


 張り切っているところ悪いが……そういうわけにはいかない。


「何を言ってるの。次は街に戻るよ。加護を付け替えなくちゃ」

「えぇ?」

「100往復くらいしなくちゃ駄目なんだからね。ほら、行くよ」

「嘘でしょ!?」


 嘘なものか。しばらくはレッサーアポマラソンだ。


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