「よし、今日は迷宮に行こう」
「あら、ようやくね! いつまで宿に籠もっているのかと思ったわ!」
起床直後に予定を告げると、ミスルが跳び上がって喜んだ。冒険者登録をして以降、ほとんど外を出歩かなかったからな。退屈させてしまったのかもしれない。
「ごめんね。でも、なるべく効率よく強くなるために必要なことだったからさ」
「別に謝る必要はないわよ。でも、そう言うってことは道筋がついたのかしら?」
「ある程度はね。詳しいことは迷宮で話すよ」
迷宮都市タンデルには3つの迷宮がある。そのうち、第二迷宮は15年前に踏破され、活動が止まった。なので、実質的には2つだ。
我らが向かったのは第三迷宮。入場資格は冒険者であることのみ。そのため、我らもすんなり中に入れた。
迷宮はしばらく一本道で、多くの冒険者が行き来している。流れに従って奥に進むと、やがて黒い渦が見えてきた。
「なにあれ?」
肩に乗ったミスルが耳元で囁いてくる。周囲のざわめきで他の者には聞こえてはいないだろう。
「あれが本当の入り口だね」
「本当の入り口?」
「そうだよ」
不思議そうにしているミスルの口をちょんと突いて静かにさせる。そろそろ我らの番だ。入ってみればわかる。
前の冒険者に続いて黒い渦に飛び込むと、たちまち視界に変化が訪れた。狭い通路は消え失せ、その代わりに見渡す限りの平原が広がっている。
「こ、ここが迷宮? 空があるじゃない!」
「ミスル」
さすがに声が大きい。指摘すると、ミスルははっとして前脚で口を塞いだ。その行動がもう兎ではないのだが、この場では指摘もできない。
さっと視線を巡らせてみても、我らのことを不審に思っている者はいないようだ。軽く息を吐いて、その場を離れる。
迷宮は広い。しばらく歩けば、人もバラけて、ようやく話ができるようになる。
「もう。頼むよ、ミスル」
「ごめんて。でも、なんで迷宮に空があるのよ。迷宮っていうのは、もっと暗くて壁とかで囲まれた場所なんじゃないの?」
「それは第一迷宮のほうだね。こっちはずっとこんな感じらしいよ」
「はへぇ」
ミスルが気の抜けた声を上げながら、周囲をキョロキョロと見回す。
まぁ知らなければ驚くのも無理はない。実際、入口付近にはミスル以外にも大口を開けて立ち尽くす冒険者がチラホラいた。
「驚いているところ悪いけど、説明させてね」
「いいでしょう! 聞いてあげるわ!」
なんで偉そうなんだ、コイツは。
しかし、ミスル相手にそんなことを気にしていては話が進まない。妹の
「ここ数日、僕はこの世界の理を解析してたんだけど……」
「そんなことできるものなの?」
「そこは
「どの道を行けば理の解析ができるようになるのよ……」
ミスルが呆れたような目で我を見てくる。が、その話をすれば長い。今の我には関係のないことでもあるし、語る必要はないだろう。
「とにかく、理を解析して方針を考えたんだ」
「ふんふん」
その辺りに落ちていた小石を拾って地面に文字を書いていく。
――――
リビカ
職業加護:復讐者
レベル:1
生 命:10
マ ナ: 4
腕 力:11
魔 力: 9
体 力:10
精 神:10
敏 捷:11
幸 運: 9
――――
ミスル
職業加護:首刈り戦士
レベル:3
生 命:21
マ ナ: 9
腕 力:10
魔 力: 8
体 力:10
精 神: 9
敏 捷:15
幸 運:12
――――
「これが僕らの能力だよ」
「リビカ、弱っちいわね」
「仕方がないでしょ。ミスルだってそんなに強くはないからね」
レベルに差があるので、現状ではミスルのほうが強い。と言っても、どんぐりの背比べだ。入口にいた駆け出しの冒険者と比べても劣っている可能性が高い。
「つまりは?」
「僕らはとっても弱いってこと」
「前途多難ねぇ」
ミスルは嘆くが、我は意外と楽しんでいる。こういうのは最初が一番おもしろいのだ。弱いときのほうが成長を実感しやすいからな。
「強くなるにはレベルを上げるのが手っ取り早い。でも、それだけでは飛び抜けて強くはなれないんだ。レベルが上がれば誰でも強くなれるというのが、この世界の理だから」
「才能の差もあるんじゃない?」
「多少はね。少々のレベル差なら才能で覆せるけど、その程度だよ」
圧倒的なレベル差の前には多少の才能など霞んでしまうのだ。
復讐を考えた場合、これはなかなか厳しい。相手はベテラン冒険者だ。少なくともかつては。レベルも相応に高いはずなので、現状の我らでは手も足も出ない。
「じゃあ、やっぱりレベルを上げなくちゃ駄目じゃない」
「それはもちろん。でも、相手を上回るまでレベルを上げるのは大変だよ」
「それはそうよね」
たとえば10年経験を積んだ冒険者のレベルを上回るにはどれほどの時間が必要か。効率的に成長していけば、10年はいらないだろうが、それでも長い時間が必要になる。
ゆるりとやるつもりとはいえ、さすがにそれでは時間がかかりすぎだ。グレドを殺害してしまったので、我らの存在が露見する可能性もある。早急にある程度は力をつけておきたい。
「そこでまずは職業加護を成長させていこうと思うんだ」
「それはどうして?」
「職業加護を成長させる過程で、能力が上昇するからだよ」
上昇量は職業加護によるが、一般下級職でも極めるまでに3つくらいは能力が上がる。そして、その上昇分は加護を付け替えても維持されるのだ。
「なるほど、そうなのね……って、ちょっと待って。リビカって、加護の候補がたくさんあるって言ってなかった?」
「言ったねぇ」
全ての職業加護を極めるとなると、それはそれで大変だ。しかし、最初の能力値アップまで鍛えるくらいなら難しくはないだろう。それを待って加護を切り替えれば、それなりに強くなれるはず。
さてさて、どうなるか。楽しくなってきたじゃないか。