「もう行ってしまうのか」
巨大な門扉の前で、ゴーマンはどこか寂しそうに言った。そんな彼に、ライアンは緩く首を振って答える。
「あぁ。ここに俺が直せるもんは何もないからな」
「そうか……それもそうじゃな。若者の未来を老人が邪魔してはならん」
「そんなんじゃないさ。ただ、俺達は探し物があるからな。それをさっさと見つけたいんだよ」
「探し物とな? どんなものを探しておるんだね」
ライアンは何と言ったものかと、ポリポリと頬を掻いた後、助けを求めるようにイニへとその緑色の瞳を向ける。
「いつも困ったら私を見る癖、いい加減直しなさいよ? ……まあ、訊くだけなら訊いてみてもいいんじゃない?」
「分かった。それじゃあゴーマンさん。変わった石の話って聞いたことないか? 形は分からないけど、透き通ったこんな感じの白い石なんだけど」
ライアンが言いながら耳に付けていたそれを指差す。ゴーマンはそれをじっと見つめたかと思うと「そう言えば」と何かを思い出したように呟いた。
「それがカーライル君達が探している品物かは分からないが、ハーネス・シティで宝石店を営んでいるジェームズ・ガーネットと言う者が、似たような宝石を手に入れたと手紙に書いておったな」
「本当か!?」
期待していなかっただけに、ライアンの声が大きくなる。しかし、ゴーマンは少しも嫌そうな顔をせず、むしろ優しい笑みを浮かべた。
「もちろんだとも。ただ、ヤツは腐っても宝石商だからな。すでに誰かに売っぱらってしまっている可能性もあるが、何かしら力になってはくれるだろう。あぁ、そうだ。これを持っていきなさい」
ゴーマンはジャケットの胸ポケットに入れていた手帳から一枚の写真を抜き取ると、「ほれ」と言いながらそれをライアンへ差し出した。そこにはまだ若かりし頃のゴーマンらしき人物と、彼と肩を組んで笑う一人の男性が写っていた。
「これがそのジェームズ・ガーネットって人?」
「そうとも。ヤツは昔馴染みでね。この写真を見せればきっと話を分かってくれるだろう」
「そっか……でもいいのか? そんな大切な物を持って行っても」
「構わんよ。なんならジェームズに会ったらこれを渡しておくれ。それから、ワシは元気にやっている。だから、たまには顔を見せに来てくれ。この写真を持って来るついでにな、と」
ライアンはしばらくその写真を見つめていたが、やがて「分かった」と言って、大切にジャケットの胸ポケットにしまう。
「約束するよ。絶対に届ける」
「頼んだよ、カーライルくん」
ライアンはこくりと頷いて立ち去ろうとするも、すぐに「あっ」と小さな声をあげた。
「そうだった。俺ら何にも修理できてないのに色々してもらっちゃって……なぁ、さすがに悪いから払うよ」
「ほほっ。前にも言っただろう。子どもがそんなことを気にする必要はないとね」
「いや、でもさぁ……」
「なら、さっき言った通り、その写真を届けとくれ。あぁ、そうだった。お使いを頼むにはこれも渡さねばいかんな」
ゴーマンはそう言うなり手帳に何かを書き込んだかと思うと、書き込んでいたページを勢いよく切り離してしまう。
「これを駅員に見せるといい。そうすればゴーマン社の運営する汽車であれば、君達は何不自由なく乗ることができるだろう」
「はあ!?」
差し出されたそれには、ゴーマンのサインと『ライアン、フィー、そして機械人形のイニへ送る』と書かれていた。そして、そのすぐ下にある文字に、ライアンは釘付けになってしまう。
後ろから覗き込んだフィーも、どうやら何が書かれているか分かったようで、「えぇ!?」と驚きの声を上げている。
「『親愛なる若者を頼む』……これって」
ライアンの言葉に、ゴーマンは嬉しそうに微笑んだ。
「年寄りからの贈り物だ。どうか何も言わずに受け取って欲しい」
「俺何も出来てないのにこんな……」
「気にすることはない。これまでもオリビアに会ってくれた者はおったが、一度たりとも嫌な顔をしなかったのは君達が初めてだ。そんな君達だからこそ、ワシは力になりたいと思った。それだけじゃよ」
そう言ってほほっと笑う彼に、ライアンは「そっか」と短く答える。
「本当に助かったよ。あぁ、それと何かあったらいつでも呼んでくれ。ゴーマンさんの頼みなら、修理できるものならなんでもタダで直すからさ」
「頼もしいな」
そう言って差し出された手を、ライアンは強く握る。そのすぐ隣では、ぺこりと頭を下げるフィーとイニがいて、ゴーマンはそんな三人のことをまるで眩しいモノを見るかのように目を細めた。
「ゴーマンさん、元気でな。この恩は忘れねえよ」
「ほほっオリビアより先には死ねんよ」
「あぁ、それがいい」
ライアン達は別れの挨拶を済ませると、ゴーマンに背を向けて歩き出す。
途中フィーが後ろを振り返ると、まだ屋敷が大きく見えた。
「本当に大きなお屋敷だったね」
「……そうだな」
ライアンは後ろを振り返ることなく答える。フィーも視線を前に戻そうとして、屋敷の一番上の部屋、その窓際に人が立っていることに気がつく。ただじっと、微動だにしないその姿に、先程見たオリビアの背中を思い出した。
「ねぇ、どっちが本当のことを言ってたのかな」
無意識のうちに溢れ落ちたその問いに、腕の中のイニは「さあね」と答えた。
「ライはどう思う?」
「さーな。少なくとも二人とも嘘は吐いてなさそうだったけどな。……まあ、真実は俺らには分かんねえよ」
ライアンはそう言ってチラリとフィーのことを見るも、そのまま何事もなかったかのように前に向き直ってしまう。
「優しい人達、だったね」
どこか寂しそうな声音でフィーが呟くと、腕の中のイニが顔を上げた。
「えぇ。だからこそ、何だかやるせないわね」
「……そう、だね」
フィーがもう一度だけ屋敷を見遣るも、屋敷は依然としてそこにある。窓際に今も彼女が立っているのかを、フィーはもう確かめなかった。
「おーい、二人とも何してんだー」
しばらくそうしていると、後ろでライアンが二人を呼ぶ。驚いてそちらへ顔を向けると、彼は少し先で、フィー達のこと待っていた。
「さっ、もう行こうぜ。これ以上ここにいても時間がもったいねぇし」
「わわっ! 待ってよもー!」
「走ると危ないわよー」
静かな道に、そんな賑やかな声が響き渡る。
もう、三人が屋敷を振り返ることはなかった。