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第2話 Color of Grey⑪

「目を覚させて欲しいって言ってもなあ……」


 ゴーマンがいなくなった部屋で、ライアンは困ったように頭を掻く。


「何か案はあるの?」


 椅子に座ったフィーが不安そうに眉根を寄せて訊ねる。


「案なんかあるわけねぇだろ。なあイニ」

「そうね。だってその人、もう起きてるもん」

「へっ、起きてる!?」


 フィーの言葉に、机の上に座っているイニが退屈そうに頷いてみせる。


「ライが言いたいのはそう言うことでしょ?」

「そっ。だからオルビアさん。目を開けてくれないか?」


 ライアンの言葉に、ベッドの上の女性が静かに目を開いていく。


「一目で見破ったのは貴方達が初めてです」


 感情の籠っていない声でオルビアが言うと、そのままゆっくりと身体を起こした。


「嘘でしょ……」

「残念ながら現実よ」


 イニとフィーの会話が面白かったのか、オルビアがクスリと笑ってみせた。その表情はどこか若さがあって、その不自然さにフィーは思わず身構えてしまう。


「そんな気を張らなくて大丈夫よ。可愛らしいお嬢さん」

「えっあ、いや……」


 可愛らしいと言われたことが嬉しかったのか、フィーは照れ照れと表情を崩してしまう。ライアンはそんな様子を無視して口を開く。


「お話のところ悪いね。俺はライアン・カーライル。んで、こっちの機械人形がイニで、その隣がフィー・ソムニウム。三人で修理屋をしながら旅してるんだ」

「へぇ、旅の修理屋。若いのに立派なこと」


 彼女はそう言って微笑むと、立ち上がって窓の側に立つ。ピンと伸びた背筋に、オルビアが両家の出であることは一目瞭然であった。


「俺はゴーマンさん……はオルビアさんもか。ウィリアムさんに依頼されてここに来たってわけ。だから単刀直入に訊くけど、オルビアさんはなんであんな嘘を?」

「どうして私が眠ってないと?」


 ライアンの質問を無視して、オルビアが訊ねる。彼女の灰色の瞳の奥はどこか空虚で、その様子にライアンは諦めて口を開いた。


「見りゃ分かるよ。寝たきりにしては肌にハリがあるし、血色だっていい。それは生きて栄養のある食事を摂ってないとありえない。ってことはあんたが起きてるってことをウィリアムさんが知らないとしても使用人の人達は知ってるってことだ。違うか?」

「貴方の言う通りよ」


 否定もせず、ただ淡々と答える姿は驚くほど無機質で、フィーは無意識のうちに自身の腕を強く握っていた。


「ど、どうして……?」

「ソムニウムさんと言ったかしら。貴方はどうしてだと思う?」

「え? 私ですか?」


 まさかそんなことを訊かれると思っていなかったのだろう、フィーはオロオロとした様子でイニへ助けを求めるように視線を向ける。しかし、イニは「さあね」とでも言うように肩をすくめるだけだ。


「わ、分かりません……」

「それでいいわ。分からなくていいの」

「分からなくていい、ですか?」


 ライアンの問い掛けに、オルビアはハッキリと頷いて見せた。


「こうしていると、あの人は優しくしてくれるから。それだけよ」

「優しく?」

「えぇ。あの人は優しい人だったわ」

「だったって……今は違うみたいな言い方だな」

「そうよ。あの人は戦争が終わってから変わってしまった」


 ピクリとライアンが反応する。しかし、何も言うことはなく無言で続きを促す。


「もう聞いたかもしれませんが、あの人は鉄道会社の重役だったの。もう随分前に引退してしまっているけれどね。ともかく、彼は戦時中も忙しく各国を走り回っていたわ。でも、ある時主人は敵軍の捕虜になったの。アリもしないスパイ容疑にかけられてね。運よくそれからすぐに戦争が終わって、彼は解放された……でも、家に帰ってきた彼は昔とは別人だった」

「そんなに変わってしまったんですか?」


 フィーの問い掛けに、オルビアはこくりと頷いて見せた。


「えぇ。主人は私に暴力を振るうようになったの」

「ぼ、暴力……ですか?」


 オルビアは悲しそうに頷くとフィーをじっと見つめる。その視線にはどこか羨ましさが込められているようで、フィーはどこか気まずそうに身体をもじもじとさせる。


「私に向かって暴言を吐き、殴り、やがて嫌がる私をこの部屋に閉じ込めた」

「そんな……」


 言葉を失ったフィーを安心させるかのように、イニが彼女の服の裾を撫でてくれる。


「でもね、主人は私がこうして病に伏してるフリをしている時だけ、昔みたいに優しくしてくれるの……だから、私はこうして眠り続けてるフリをしているのよ」


 そう言って微笑む彼女のに、三人は何も言えなくなる。それでも、ライアンは「分かった」と独りごちるように言うと、オリビアと向き合う。


「なあオリビアさん。アンタはそれでいいんだな?」

「えぇ。これが私達の幸せの形なのよ」

「……そうかい」


 ライアンはふぅと小さく息を吐くと、そのまま鉄格子の扉へ手を掛ける。そんな彼の背中へ向けて慌てて立ち上がったフィーが叫ぶ。


「ちょちょちょっとライアン! 依頼はまだ――」

「フィー」


 ライアンは静かな声でフィーの名を呼ぶと、振り返ることなく、ゆっくりと頭を左右に振って見せた。


「壊れてないって言われたもんを、俺は直せねえ。仮に直したとしても、それは俺のエゴであって、根本的な解決じゃねえんだよ」

「だけどさ……」


 フィーがオリビアへ視線を向けるも、彼女はもうこちらへ視線を向けることはなく、外を眺めたまま動こうとしない。


「イニ、フィー。もう行くぞ。俺らにできることは何もねえんだから」

「でも!」

「ライの言う通りよ。私達にできることは何もないわ」

「イニまで……」


 フィーはまだ何か言いたげだったが、やがて諦めて鉄格子の向こうへ行ってしまったライアンの後を、イニと共に追う。


 鉄格子を抜けてフィーがもう一度振り返ったけれど、オリビアの視線がこちらへ向くことはなかった。

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