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第2話 Color of Grey⑥

「ほう。では、カーライルくん達はブリテライズから来たのかね」

「そっ。んで、ここに来る途中でフィーと出会ったってわけ」


 目の前に並べられた巨大な牛肉のステーキに齧り付きながら、ライアンが答える。


「では、ソムニウムくんも違う国の出身なのかね?」

「えっと……一応モルガナ出身です。すぐそこって言っていいか分からないですけど、エリックで育ちました」

「ほう。エリック、あそこは人の活気があってよい町だ。それに、あの町のカツレツがまた絶品だった」

「ゴーマンさんはエリックに行ったことがあるんですか?」


 フィーの問いに、この館の主人であるウィリアム・ゴーマンが和やかな笑みを浮かべながら頷く。


「もちろんだとも。もう随分と前になるが、ワシも何度か訪れたことがある。あの石橋から見えるボルト山が雄大で美しかった」


 フィーはうんうんと嬉しそうに頷きながら、ナイフとフォークを丁寧な所作で扱い、皿の上のステーキを切り分けている。


「あの眺め、あたしも好きです。何と言うか、あの景色を見てると、自分の苦しみとかがちっぽけに思えて」

「ほほっ。それもボルト山の魅力の一つなのだろうな。あの山はここ、ルーバックからも見えるには見えるが、見えるだけだからの。悲しいかな、この町に住む者たちにとっては、あの雄大なボルト山も、取るに足らないただの景色の一つにすぎん」


 ゴーマンは少しだけ寂しそうに言うと、ワインを口に含む。その様子を見て、ライアンとイニは顔を見合わせる。


「なあ、ゴーマンさん。そう言えばこのルーバックって町はどんな仕事が主産業なんだ? 今日修理したものだって修理屋がいれば簡単に直るものばっかりだったけど、修理屋みたいなのはいないのか?」

「修理屋もいるにはいるが、基本宿を経営する者が片手間にしているに過ぎんからな。こう言うと彼らに失礼かもしれんが、どうしても腕はカーライルくんのような本業の者に比べれば劣ってしまうのだ」

「へぇ。そしたらルーバックは宿の経営で成り立っているってことなのか?」

「そうじゃ。ここから汽車でもう少し進めば、ハーネス・シティという商業都市がある。そこへ向かう者たちが一度ここで羽を休めることが多くてな。だから、この町に住む者の多くがそれを生業をしておるのだ」

「そしたらゴーマンさんも宿の経営を? 随分儲かってるみたいだけど」


 ライアンが辺りをぐるりと見渡すと、部屋の至る所に煌びやかな品々が並んでいる。それに先程まで食べていた料理の数々もどれも高級そうなものばかりだった。


「いいや。今はもう引退してしまったが、ワシは昔鉄道会社を経営しておってな。そこで築いた富を、こうして食い潰しているに過ぎんよ」

「なるほどね。だから、色んな場所の調度品が置いてあるのか」


 ライアンがゴーマンの頭上に視線を向けると、鹿の頭部剥製がじっとこちらを見つめていた。その隣には神々しく輝いている白い服装の女性が、人々に施しを与えているらしき絵画が飾られている。


「そんなに立派なものではないがね。ところでカーライルくん。一つ訊きたいのだが、よいかね?」

「うん。何でもどーぞ」


 ゴーマンはその一言に嬉しそうに頷くと、ライアンの隣にちょこんと座るイニへと視線を向ける。


「君はイニちゃんと言ったかな。あまりにも精巧な出来だが、カーライルくんが作ったのかね?」

「いんや。俺は修理しただけだよ。だから、どう言う原理で動いているかは説明できるけど、どんな理屈で感情を持ってるかと、なんで自律駆動するかみたいな理由は分かんねぇんだ。あっ、そうだフィー。あれ持ってるか?」

「あれって?」


 布巾で口を拭いていたフィーが、きょとんとした顔で聞き返す。


「証明書。確かフィーが持ってるだろ?」

「あっ、うん。ちょっと待ってね。はいこれ」


 フィーから手渡された書類を、そのままゴーマンへ差し出す。


「一応これ証明書ね。そこにも書いてるけど、怪しい機械ではないよ」

「ほほっ別に疑っとらんよ。ただ昔の癖でね。どうしても素晴らしい機械には目がないのだ」


 ゴーマンはそう言いつつもスッと目を細めて書類を一瞥する。ごくりと、フィーが息を呑む音がやけに大きく聞こえた。


「警察機構お墨付きと言うのであれば間違いはないだろう。それにしても本当に素晴らしい出来だ」

「俺もそう思ってるよ」


 ライアンがそう言って笑うと、イニがどこか誇らしげに胸を張る。


「そうでしょうとも! 私以上の機械人形なんてこの世に存在しないんだから!」

「そうだろうそうだろう。うむ、実に素晴らしい」


 ゴーマンはにこやかに微笑むと、ぱんぱんと手を叩いた。すると、壁際で待機していた使用人が数人、少し強張ったように表情を引き締めながら、彼の元へ早足に駆けつける。


「まだ新品の潤滑油があったろう。あれをこの子へ渡してくれ」

「かしこまりました」


 使用人の一人が深々と頭を下げると、その場をサッと離れていく。


「いやいや悪いよそんなの。それに、潤滑油ならまだあるからさ」

 な? とイニに問いかけると、彼女もうんうんと頷いて見せる。

「遠慮することはない。それに、満足に腕が動かんワシが持っていても使い道がないからの。素晴らしい技術を保持するには、それなりの物が必要だ。同じ技術者のカーライルくんなら、よく分かるだろう?」

「それは……」


 ライアンは何かを言い掛けるが、ゴーマンの真剣な瞳に、諦めたようにこくりと頷いた。


「ありがとうゴーマンさん。大切に使うよ」

「存分に使いなさい。もし気に入ったなら、同じ商品を見かけたら買ってやってくれ。そうすれば製造主もきっと喜んでくれるはずだからの」

「もちろん。約束するよ」


 ライアンの言葉に、ゴーマンは嬉しそうに微笑んだ。

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