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第2話 Color of Grey⑤

「――んじゃ鍋三つと時計一つとぬいぐるみはサービスでいいや。えーっと……」

「八エルと五十トロイよ」


 ライアンが宙に視線を彷徨わせると、フィーの膝の上で退屈そうな顔で売上を計算するイニがすかさず教えてくれる。


「あーそうだった。ありがとな、イニ。ってことでおっちゃん八エルと五十トロイね。まいど」

「いやー助かったぜ! ありがとな、ぐるぐる頭の兄ちゃん!」

「どーもねー……じゃねぇ! ぐっ、ぐるぐる頭言うなッ!! 気にしてんだから!」


 ライアンの言葉に男性はガハハと楽しそうに笑う。まだ幼い娘の手を引きながら、仲睦まじく帰っていく彼の後ろ姿を見ながら、ライアンはふぅと小さく息を吐いた。


「ライ、今の人で最後みたいよ。お疲れ様」

「マジで疲れた……」

「お疲れ様だね。大丈夫? 腕取れてない?」

「ギリギリな」


 ライアンがまだ包帯が痛々しい方の腕をぷらぷらとさせながら言うと、フィーがどこか申し訳なさそうに笑う。


「ごめんね、あたしも何かできればよかったんだけど……」


 ライアンの脳裏に浮かぶのは、「あたしも手伝う!」と意気込んではみたものの、後は釘を打てば終わりだった椅子をバラバラにし。なんなら金槌の頭と柄の部分も取れてしまうといった事態を起こしたフィーの悲しそうな顔だった。結局、フィーにはライアンの修理が終わるまで客の相手をしてもらうことになった。

 結果的にライアンとしては修理に専念できたからよかったとも言えるが、フィーは自責の念を感じているらしく、すっかりしょぼくれてしまっている。


「まっ、適材適所。できる人がやれることをすればいいんじゃない? あっ、そこの袋取ってくれる?」

「そうかなあ」


 フィーはまだどこか納得がいってないとでも言いたげな表情で、売り上げが入っている袋をイニに手渡す。


「ありがと。私だって結局できることはお金の勘定ぐらいなんだし、割り切るしかないわよ」

「まーな。結果としては終わったんだし、そんなに気にすることはねぇだろ。それに、フィーのおかげで結構売り上げも出たことだし。で、今日の売り上げは?」

「三〇七エルと四〇トロイよ」

「おっ、結構稼いだな」

「看板娘パワーかしらね?」


 イニが肩をすくめながら言うと、フィーが嬉しそうにふにゃりと表情を崩した。


「そ、そうかなあ?」

「ほら、適材適所」


 イニの言葉に、フィーの表情がどんどん崩れていく。どうやら悪い気はしていないようだと、ライアンも内心安堵する。


「それにしても三〇〇エルか。今回稼いだ分と、ジムさん達から貰った分でしばらくは働かなくても何とかなりそうだな」

「しばらくって言っても、数週間持つかどうかってとこじゃない?」

「うぐっ」


 そんな呻き声を上げたのは、ライアンではなくフィーだった。フィーはバツの悪そうな表情で、二人の表情を伺う。


「えっと……あたしがいるから、だったり?」

「いんや、それは関係ねえよ。元々安い値段でやってるからってだけだし、何より飯食うためには働けってのが師匠の教えだからな」

「ふーん。ねぇ、ずっと気になってたんだけど、ライアンの師匠はどんな人なの?」

「人っつーか……」


 ライアンはそこまで言ってから、うーんと考え込んでしまう。


「本人曰く元人間かな。もう一人は人間ですらねぇよ」

「? 人間じゃないって? もしかして動物にでも育てられたの?」

「なわけねぇよ! 見た目は人間だけど、人間とはまた別の存在ってこと」

「何それ? 余計に分かんないんだけど」


 眉間に皺を寄せるフィーに、ライアンとイニは顔を見合わせる。さてどう答えたものかとライアンが口を開きかけるのと、三人の頭上に影が落ちるのは同時だった。


「もし。ここに流れの修理屋がいると聞いたのだが、君たちのことかね?」

「あん?」


 ライアン達が顔を上げると、そこにはやけに身なりの良い初老の男性が立っていた。その後ろには使用人らしき女性が一人、静かに佇んでいる。


「間違いないかね?」


 整えられた口髭を撫でながら、初老の男性が念を押すように訊ねる。


「あーアンタがどんなのを想像してるかは分かんねえけど、多分俺のことだろうな」

「ほほっそうかそうか。では、一つ依頼をしてもよいかな? なに、報酬はしっかりと払うつもりだ」


 ライアンが返事をしようとするよりも早く、服の袖をくいっと引っ張られる。


「んだよ」

「ね、ねぇなんか怪しくない? 大丈夫?」

「怪しいってお前……」


 言いながら、ライアンはもう一度男性の姿を見遣ってから、今日の客層を思い起こす。確かにこの町の住人はエリックの人達同様、服装は質素だ。そう考えると、彼の身なりは非常に高価そうではあるし、後ろの使用人がいることからも裕福であることが窺える。


「まあ……怪しくないことはないか」

「でしょ!? あの時のライアンもすっごく変な格好だったし、絶対怪しいよ!」

「あ、あの時はしょーがねぇだろうが! それに、あれはわざとだからな!?」

「えーそう? あの時のライアン、本当に怪しかったよ? 本当にスリするか迷ったもん。ボスの命令だったからしょうがなくしたけどさぁ……」

「えっ、そんなに?」

「ほら、言ったじゃない」


 イニの追い討ちに、ライアンは思わず「うぐっ」と呻いてしまう。そんな様子が面白かったのかは分からないが、初老の男性がほほっと再び楽しげに笑った。


「仲がいいことは素晴らしいかな。それに、喋る機械人形とは。これまた珍しい」

「ちょっとだれがブリ――えっ? い、いいい今私のことなんて言った!?」

「喋る機械人形と。あまり好ましくない表現でしたかな?」


 イニはあんぐりと口を開いたかと思うと、すぐにその表情をパッと輝かせる。


「ライ! いい人よこの人! 間違いないわ! ほら、フィーも失礼なこと言わないの!!」

「えぇ……」

「イニ落ち着けって……まあ、これまで散々間違われてきたから、気持ちは分かるけどな」


 ライアンがどうしたもんかとガシガシと頭を掻いてから、まだ不安そうにしているフィーの顔を見て、軽く頷いてみせる。


「分かったよ。何でもは直せねぇけど、俺に直せるもんならなんでも直す。それでも大丈夫かい?」

「ほほっ。その言葉を待っていたよ」

「ただ、今日はもう遅いし、明日でもいいか? まだ宿も取ってないし、ここに来てから飯も食えてないんだ」


 ライアンがそう言うのと同時に、後ろできゅうと何かが鳴いた。そちらへ視線を向けると、顔を真っ赤にしたフィーが俯いている。


「悪いね、こんな感じなんだ」

「ふむ」


 男性はそう呟くと、後ろの使用人の女性に二言三言何かを囁いた。彼女は深々と頭を下げると、そのままどこかへ消えてしまう。


「宿を取ってないなら家に泊まるといい。何、部屋はいくらでもある」

「いや、それはさすがに悪いよ。それに、直せる保証だってねぇんだし」

「子どもがそんな些細なこと気にする必要はない。それに、困っている人を助けるのが我が家の信念でもある」

「いやでも……」


 ライアン達が顔を見合わせるのを見計らったかのように、男性が言葉を続ける。


「この町の名物をご馳走しよう。遠慮はいらんよ」

「食べた後高額な請求をされたりは……?」

「せんよ」

「じゃあ、宿代がめちゃくちゃ高かったりは?」

「しやせんよ」

「ほんとに?」

「どれも金銭は取らん。それに、修理費についてもキッチリ支払おう。約束は守る」


 ライアンの後ろで、もう一度きゅうとフィーのお腹が可愛らしく鳴る。実際ライアンの胃袋も似たような状況だ。


「……わーった。直せるもんはキッチリ直す。それでどうだい?」

「うむ。交渉成立だな」


 フィーがまだどこか不安そうな表情を浮かべているけれど、ライアンは何も言わず、男性に向けてこくりと頷いてみせた。

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