「すごーい!」
ルーバックの駅に降り立つなり、フィーが両手を高く挙げながら叫んだ。駅を行き交う人々が、驚いた顔を一瞬だけ浮かべるも、そのまま何事もなく日常へと戻っていく。
緩やかに吹いた風が、ライアンのくるりと巻いた金色の髪の毛を揺らす。
「別に何も凄いことないだろ」
「キミにとってはそうかもだけど、あたしからすればすごいの!」
フィーはそう頬を膨らませながら言うけれど、初めて見るエリック以外の街並みに心を奪われてしまったのか、もう先程のライアンの発言など忘れてしまったかのように深い青色をした瞳をキラキラと輝かせて、あっちに行ったりこっちに行ったりと大忙しだ。
「本当に嬉しいのね、あの子」
ライアンの肩に乗ったイニがどこか嬉しそうな口調で言うから、「本当にな」と首の骨をパキポキと鳴らしながら同意する。
「で、それはそうと、またあの夢?」
耳元で囁かれた言葉に、ライアンは何も答えることはない。しかし、イニからすればそれで充分だったようで、「だと思った」とどこか不機嫌そうな声音で続けた。
「そうは言ってもこればっかりはしょうがねえだろ。一日に何度も魔法使ったんだし。でもまっ、もう昔みたいに取り乱すことはねえよ」
「それは分かってるわよ。そうならないために、ライが師匠の下で記憶の整理を何度も何度もやって来たんだから。ただ、やっぱり久々でしょ? 心配もするわよ」
「大丈夫だから心配すんなって。今のところ記憶の混濁もねえしな」
「ほら、そうやってすぐ調子乗る。冗談抜きであんまり使っちゃダメよ? それに師匠からも言われてたでしょ? 魔法はライにとって毒と一緒だって」
「…………ちゃんとわーってるよ」
「もう。心配しなくて済むなら苦労しないわよ」
イニはそう言いながらやれやれと肩をすくめたかと思うと、「あっ」と小さく叫んだ。
「……あいつ何やってんだ?」
イニの悲鳴の意味を瞬時に理解したライアンが、思わず呟いてしまう。二人の視線の先では、フィーが数人の子どもたちに囲まれてあたふたとしている。
「あの子、かわいいし人気なんじゃない?」
「かわいいねえ……」
確かにイニが言う通り、フィーは“かわいい”んだろう。イニがそう言うのだから容姿だって整っているのだろうし、明るい彼女の様子を見ている限り、性格だって悪くない。それはきっとライアンには分からないだけで、人に好かれるかわいさであるんだと思う。
それに、ライアンからすれば何故イニがこんなに不満気というか、悲しそうな表情を浮かべているかが全く分からない。
「俺には分かんねぇ感覚だな」
イニは一瞬パッと目を見開いたかと思うと、そのままゆっくりと嬉しそうに細められていく。
「……なんだよ」
「いーやぁ? ライはそうだよねぇーと思っただけ」
「んだよそれ」
ニコニコとした笑みを浮かべるイニとは対照的に、ライアンはどこか不機嫌そうに片眉を上げる。
「べっつにー?」
「別にってあのなあ」
文句の一つでも言ってやろうとした時、「そんなことより」とイニが正面を指差した。
「あの子は本当にあのままで大丈夫?」
「はあ? ガキに囲まれてるだ……えぇ……」
そこには先程は子どもにだけ囲まれていたはずのフィーが、今度は何故か老若男女関係なく囲まれている。
「た、助けてぇ〜!」
そんな悲鳴を聞き、ライアンとイニは顔を見合わせる。
「なあ、このままほっといたらダメか?」
「一応ライが拾ったんだし、拾って来た責任ぐらいは取ったら? まっ、最終判断は任せるけど」
「いや拾ったって……っつーかイニって時々ヤな言い方するよな」
「あらそう?」
ライアンはしばらく考え込むように頭をぽりぽり掻いた後、長々とため息を吐き出した。
「あらそう? ってお前なあ……わーったよ。助けに行けばいいんだろ行けば」
「お好きにどうぞー」
語尾に音符でも着いているのではないかと思うほど楽しそうに言うイニを無視して、ライアンはフィーの方に歩みを進める。
フィーもそんなライアンを見つけたからか、人混みを掻き分けて二人の元へやってくる。そんな彼女の手元を見て、ライアンは片眉を上げた。
「何だそれ?」
「ライアンちょうどよかった!」
フィーはそう言いながら、腕に抱いた大量のおもちゃをずいっと差し出して来る。
「だから、それ何?」
「おもちゃ!」
見れば分かる。
「いやそうじゃなくてだな……」
「これ、兄ちゃんが直してくれるんだろ!?」
「は?」
一番前にいた男の子が、まるで訴えかけるように言った。後ろに並ぶ子ども達も、似たような表情を浮かべてライアンのことを見てくる。
「そーいうことね」
肩の上でポツリと呟いたイニに、ライアンも同じことを悟る。
「あ、あのね。この車のおもちゃが壊れてた子がいて、ライアンなら直せるって言ったら、なんか分かんないけどどんどん人が集まって来ちゃって……」
「集まって来ちゃったって言ってもなあ」
チラリと後ろを見ると全員合わせて二十人近くが列を成している。彼らの手元を見る限り、子どもはおもちゃやぬいぐるみで、大人は調理器具だったりと言ったところか。修理が難しいものばかりではなさそうだし、そこまで時間がかかることはないだろう。
「……ちゃんと代金は払ってもらうからな」
ライアンの一言に、人々がワッと沸いた。
近くの子どもに「よかったね」と笑いかけるフィーを見たイニが、ふふっと耳元で笑った。
「よかったじゃない。昨日ジムから貰った分も含めれば当分は困らないわね」
「俺の腕が引きちぎれてなけりゃな……」
ライアンは重いため息を一つ吐き出してから、空を見上げると、真っ青な空が目に痛かった。今日は長くなりそうだ。