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第2話 Color of Grey③

 トンネルに入ったのだと理解するよりも早く、一陣の強い風が吹いて、三人はぎゅっと強く目を閉じる。

 ゆっくりと目を開いていくと、どうやらトンネルは抜けたようで、再び車内に明るさが戻っていた。


「……え?」


 正面に座るフィーの口から、そんな声が溢れた。


「消えた?」


 イニがフィーの言葉を拾うように呟く。ライアンは急いで立ち上がって辺りを見渡すけれど、先程まで通路を挟んで隣に座っていた二人の姿は消えてしまっていて、見つけることはできない。


「みたいだな」

「みたいだなって……ねぇ、人が突然消えることって汽車に乗ってたら普通なの?」

「んなわけねぇだろ。イニ、見えてたか?」

「ううん、全く。暗くなってたのは一瞬だったし。ただ……」


 イニは少しだけ複雑そうな表情を浮かべたまま、ライアンへ視線を投げ返す。


「本当に微かだけど、魔法の残滓が残ってる」

「…………そっか」


 ライアンはぽつりとそう呟くと、そのままゆっくりと座席に腰を下ろす。


「ねえ、魔法の残滓って……何?」


 ライアンが腰を下ろしたのを見届けてから、フィーがおずおずと訊ねる。ライアンとイニは「あぁ」とでも言いたげに顔を見合わせる。


「ちょっと二人とも何よその顔? 馬鹿にしてるの?」

「馬鹿になんかしてねぇよ。ただ、その反応が新鮮だって思っただけだ」


 フィーはまだどこか不服そうではあったけれど、ライアンの言葉に渋々といった様子で頷く。イニがやれやれとでも言いたげに笑うと、ぴょんと窓枠から飛び降りて、フィーの膝の上に着地する。


「それじゃあ、後少しで駅だし、駅に着くまで魔法についてお勉強でもしましょうか」

「お勉強?」

「そっ。でも、世間的に魔法なんて空想上のものだから、お勉強とは少し違うかもだけど。ねっ? ライ」

「うえっ俺が教えんの?」


 突然名前を呼ばれたライアンが露骨に面倒臭そうな表情を浮かべるも、フィーの早くはやくと急かすようにキラキラと輝く青い瞳に、諦めたように長い息を吐き出す。


「わーったよ。じゃあ簡単にな」

「お願いしまーす!」


 フィーの膝の上のイニを見ると、彼女もほら早くとでも言いたげな表情だ。そんな顔するならイニが説明してくれと言いたくなるのをぐっと堪えて、ライアンは口を開く。


「あーそれじゃあ、エリックで見たのは一回忘れてもらうとして、フィーにとって魔法ってどんなイメージだ?」

「うーんそうだなあ……本とかだと空を飛んだり綺麗な服に変身したりかなあ。こう、呪文を唱えながら魔法の杖を一振りーみたいな? まっ、昨日のキミを見てたらそんなことないんだろうなって思ってるけどさ」


 フィーの少しだけ寂しそうな表情を見ていると、さすがに少し悪い気もするが、ここで嘘を吐くわけにもいかないかと、ライアンは左耳にぶら下がっている石に触れる。


「そこはやっぱり御伽話って割り切ってもらうしかないな。魔法はそんなに便利なもんじゃないんだ。扱うにはキッチリとした摂理っつーか、ルールが存在するんだ」

「ルール?」


「そっ。前提として魔法は悪魔や妖精みたいに、特別な力を持つ存在と契約を結ぶことで、ようやく使用することができるようになる。それから、扱うことができる魔法は、契約を結んだ存在が持つ力に依存するんだ。厳密に言えば違うんだけど、例えば水の妖精、アンダインなんかと契約すれば、水関連の魔法を使えるようになるってことだな」

「ふーん?」


 分かったのか分かってないのか微妙な表情で、フィーが相槌を打つのを確認するも、とりあえず話を進めていく。


「契約にはもちろん代償が必要になる。妖精みたいな善良な存在だと、与えられる力は小さい代わりに、その分ミルク一杯を毎日贈ることってな具合に代償も少なくて済む。反対に悪魔みたいな力の強い存在と契約を結ぶ場合だと、寿命や身体の一部、後は感情みたいに人が生きる上で本来失ってはならないような大きい代償を支払う必要があるんだ。まあその代わり、払った代償に見合うだけの力を扱えるようになるんだけどな」

「えっ、それじゃあライアンも何かと契約して、あんな力を得てるってこと?」


 あんなと言うのは、ライアンが火を使ったことだろう。だから、ライアンは「いいや」と言いながら首を左右に振る。その様子に、フィーが露骨に「はあ?」と言いたげな表情を浮かべた。


「俺の場合はちょっと違うな。ただ、これを話すと長くなるから今は置いておくとして。とりあえず、魔法ってのはそんなに便利なものじゃないんだってことだけでも、今は理解してくれたらそれでいい」

「うーん……分かった。それで? さっき話してた魔法の残滓? ってのはそれとどう関係してくるの?」


「あーそれな。魔法の残滓ってのは、基本的に魔法を使った後に残るモンなんだ。簡単に言えば見える人には見える足跡みたいなもんって説明したら分かるか? まあ、俺は見えないんだけどな」

「見えないの? 魔法は使えるのに?」

「こればっかりは体質的な問題だな」


 ライアンが言いながら肩をすくめると、フィーは何それとでも言いたげな表情を浮かべている。彼女の膝に座るイニを見ると、やれやれとでも言いたげだ。


「まっ、何事にも例外はあるってことね」

「例外?」


 フィーの問い掛けに、イニがこくりと頷いてみせる。


「そう、例外。まぁでも、とりあえずこの話はいったんここまでにしておきましょ」


 ついっとイニが顔を上げるのに合わせて、ライアンとフィーは窓の外へと視線を向ける。そこには、煉瓦造りの家々が並んでいて、どこか活気のある様子がここはもうエリックではないのだと教えてくれた。


「さっ、そろそろ目的地のルーバックよ」

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