――パシパエ大陸モルガナ国アローラ・シティ警察機構本部内警視総監室。
初老にさしかかった強面の男が一人、ふぅと長い息を吐き出した。
男の名前はモーガン・フェルマーと言った。過去最速で警察機構のトップである警視総監の地位まで登り詰めた人物である。
「この子ども達が本当に爆破テロを?」
「えぇ。また、同日ムアヘッド署長も殺害されておりますが、その件との関連性は低いとのことです」
そう答えたのは長い金色の髪を後ろで一つにまとめた、髪と同じ金色の瞳をした女性だった。その女性は温かい湯気が立つ紅茶を、モーガンの前にことりと音を立てて置く。
「何故そう言い切れるんだ? フォーサイスくん」
「ムアヘッド元署長を殺害したのは、愛人の経理課の女だそうで、裏も取れていると現地の職員から報告があります。本人は犯行を否定していますが、資金を私的に使用した容疑もあります。ただ、今回の場合は横領が発覚したからというよりも、痴情のもつれからの犯行と考えて間違いないでしょう」
フォーサイスと呼ばれたその女性は、淡々とした口調でそう答えた。
「ふむ……。では、余計にこの少年の首にかかる金額ではないと思うのだがね。見たところ、少女の方はこれまでの犯罪歴と今回の爆破テロ実行犯の疑いがあることを踏まえれば、この金額も妥当とも言えるかもしれんが」
「しかし、近くにいた警備員の証言によりますと、少年は手に炎を纏っていた、とのことです」
「手に炎を……?」
モーガンはくくくっと喉の奥で笑った後、「あーはっはっはっはっはっ!」と声を大にして笑う。しかし、目の前の彼女はぴくりとも笑ってくれはしない。
「……あー、ちょっとは笑ってくれてもいいんじゃないか?」
「笑える箇所がどこかにありましたか?」
「………………うむ」
モーガンはんんっと咳払いを一つすると、背もたれにぐっと体重を乗せる。
「その生真面目なところが君の魅力ではあるのだがね。ただ私はな。たまには笑ってくれてもいいと思うのだよ」
「では、笑える冗談を言っていただいてもよろしいでしょうか?」
「それは……いや、君の言う通りだ。それで? その少年は手に炎を纏っていたと言うことは、魔法を使っていた。つまり、奇跡復権派の可能性がある、と?」
「そうなります」
「こんなに若い子が……。俄には信じられんが、川の音が聞こえたら、そこには水がある。と言うことか」
モーガンは先程刷り上がったばかりの手配書二枚を見ながら、小さく息を吐く。
「分かった。では、これをポルジョにも送っておいてくれ」
「それは……対奇跡復権派専門の殺し屋として最近雇用した、あの元死刑囚レオン・ポルジョのことですか?」
「そうとも」
「ですが……それだと子ども達は殺されてしまうのでは?」
「かもしれんな。しかし、奇跡復権派の疑いがあるのであれば、その芽は真偽がどうであれ摘んでおかねばならん。科学が発展したこの世の中で、魔法のような非科学的なものが存在することは許されんのだ」
「……失言でした」
頭を下げようとするフォーサイスに、片手でその必要はないと制する。
「何。先程の言葉など失言ですらないさ。ワシの若い頃はよく上司に楯突いていたものだ」
フェルマー警視総監はそう言ってから、ワッハッハと声を上げて笑った。
「恐れ入ります」
「気にすることはない。さて、後は同様の内容をオリヴァーにも、事の経緯と併せて送っておいてくれ」
「オリヴァー……と言いますと、オリヴァー・プレンダーガスト警部補のことですね」
「あぁ。噂によると最近身体が鈍ってしょうがないと、ぶつくさ言うとるらしいではないか。それに、ヤツならポルジョの手綱を握るだけの器量がある。まさに適任だろう」
「はあ。適任、ですか。それでは辞令という形でよろしいでしょうか?」
「そうしてくれたまえ。あーまあ、それはそれとしてはだねフォーサイスくん」
「なんでしょう、フェルマー警視総監」
「君が改まってそう呼ぶ時は、自らの行いを自覚している時だね。フォーサイスくん」
「いえ、そのようなことはないかと」
「…………」
「で、何でしょう?」
「茶葉のグレードをまた下げたな?」
「予算の関係上仕方なく、ですかね」
「…………そうか」
「はい」
モーガンは紅茶をずずっと啜って窓の外を見ると、雲一つない青空を、一羽の鷹が気持ちよさげに飛んでいた。