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漆幕之物語「正義Ⅱ」


ある男の話をしよう。


彼は金が好きだった。

幼少より赤貧だった彼は、この世の真理は金にあると幼心に痛感した。

金があれば何でもできる。

金があれば何でもかなう。

金があれば誰でもひざまずく。

金こそが力であり絶対的な正義である。

金があれば病床に伏した母親を救うことができた。

金があれば仕事に失敗した父親を救うことができた。

金があれば早逝した両親の代わりに自分を育ててくれた姉を救うことができた。

金があれば自業自得とはいえ金に困った友人を救うことができた。

金、金、金、金、かねかねかねかねかねかねkane……

世界は金で廻っている。

金こそが神だ。

だから金を持っている人間が許せない。

自分以外が金を持っているのが許せない。

姑息な手段で金を手に入れているのが許せない。

そんな奴からは金を奪えばいい。

どんな手段を取っても金を奪えばいい。

だから彼は大勢の人に真実を曝け出す為に報道記者となった。


それは建前だ。

彼が好きなのは真実ではない、金だ。

民衆は正義が好きだ。

不正な手段で得ている金を曝け出すと歓喜する。

例えそれが虚偽であろうと、偽りであろうと関係ない。

民衆は報復が好きだ。

自分で手にすることのできない大金が失われるのを見ると狂喜する。

例えそれが誤報であろうと、誤りであろうと関係ない。

彼は金を手にした。

民衆を騙し、為政者を騙し、富裕者を騙し、国家を騙し。

ありとあらゆる所から金を入手した。

強請ゆすり、恐喝、恫喝、詐欺、強奪……悪事と呼ばれるものならなんでもやった。

金を手に入れるためだ。

誰かを陥れることに躊躇ちゅうちょはなかった。

誰かが破滅することに躊躇ちゅうちょはなかった。

金を手に入れるためだ。

正義ではない。

正義の行為は金を入手するための手段だ。

だが、それは本当の巨悪の前では児戯にも等しいもの。

彼はとある陰謀に巻き込まれ、儚くもその命を落とすことになる。


然もありなん。

しかしながら、その人生に何の意味があったのであろうか。

金に翻弄され、すべてを狂わされてまたすべてを狂わせた人生。

金のみに執着したことはある種のいさぎよさを感じる。

金と言う悪魔さえ存在しなければ健やかに生きることができたのではなかろうか。

金と言う誘惑さえ存在しなければ穏やかに生きることができたのではなかろうか。

だからであろうか、ほんの気まぐれではあるが、

彼に第二の人生を育む機会を与えてやろうと思った。


私の前に彼を喚んだ時、憤怒していた。

折角手に入れた金が無駄になった事に腹を立てたらしい。

私は彼に機会を与えることを告げた。

前回と同じ轍を踏む可能性を鑑み、私はそれに要望を聞いた。

曰く、「金に不自由をしないようにして欲しい」と。

曰く、「大小様々な不正の事実がわかる能力が欲しい」と。

成程、金に苦労したなら金に不自由しないようになりたいのは道理であろう。

成程、不正の事実がわかればそれを元に金を強請るのは道理であろう。

中々に狡猾こうかつであるではないか。

これなら生前もっとうまく立ち回れたのではと思ってしまうが後の祭りであろう。

私は今一度彼に意志の確認をし了承を得た後、彼の希望通りの世界へと送り届けた。



さて、その後の男の人生はどうなったのか。

結論から言おう。

男は転生した後、また殺害された。



然もありなん。

私はそれの希望通りの世界へと転生させた。

前回同様赤子からでは苦痛であろうと思い、

気を利かせ幼年期の時分へと転生をさせた。

さて、私も前回の反省点を生かし少々願いを限定的にすることにした。

「金に不自由をしない」ためにはそもそも「金が存在しない世界」であるのが望ましい。

そうすれば人々は金の誘惑に囚われることもないであろう。

彼には時の統治者がすべてを管理する世界へと転生させた。

そこでは人々が金の誘惑に惑わされてはいなかった。

そもそも金が存在しないのだ。

食事はすべて時の統治機構から配給され、

衣類はすべて時の統治機構から配布され、

住居はすべて時の統治機構から配置され、

労務はすべて時の統治機構から配属され、

婚姻はすべて時の統治機構から配偶される。

すべてが管理され金の必要をしない世界。

人の営む社会としてそれが正しいかなどは関係がない。

「正義」ではないかなどは関係がない。

そこに存在して人々に享受されている以上それが「正義」なのだ。

彼は嘆いた。

この世界には彼が求めた金は存在しない。

金で買えたすべてのものがここには存在しない。

物欲が存在しないのだ。

何もかもを与えられる世界では物欲が存在しないのだ。

だが、彼は諦めなかった。

統治機構の上層部は支配階級である。

支配階級は私利私欲をむさぼっているに違いない。

支配階級は傍若無人に振舞っているに違いない。

それを元に強請るつもりだった。

「正義」の名のもとに公けにしその分け前を掠め取るつもりだった。

幸い彼には「大小様々な不正の事実がわかる能力」があった。

支配階級の不正を暴く力があった。

しかし、そんなものは存在しなかった。

そもそも支配階級なんてものが存在しなかった。

これはそういう機構なのだ。

これはそういう歯車なのだ。

これはそういう体系なのだ。

そこには「正義」も「悪意」も介在しない。

唯々、機械的に社会が、人々が規則正しく廻っていく循環機構。

そして、欠けた歯車は取り換えられるのが定め。

壊れた部品は捨てられるのが定め。

他者とは違う、異分子扱いされた彼は統治機構により処分をされた。

嗚呼、人間は斯くも欲深き生物なのか。

彼は人間の強欲さが抑えきれず破滅したのだ。



さて、彼の話はお気に召して頂けたかな。

おや、そんな社会は悪であると主張するのかね。

私にしてみればどんな社会でも悪なのだが、キミがそう言うのであればそうなのであろう。

まったく、人間というのは度し難いものだな。

では、次はもっと楽な逸聞を披露するとしよう。



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