ある男の話をしよう。
彼は狂っていた。
幼年の頃より生物に対しての倫理観が欠如していた。
彼には生物という存在が理解できなかったのだ。
彼には生命という存在が理解できなかったのだ。
そこに在るのはただのモノ。
壊して遊ぶだけのただの
幼年期の精神的事故などでそのように倫理観の欠如する人間は多々いるが、
存在していた時からそのように倫理観の欠如する人間は稀少である。
彼は来る日も来る日も生物を壊して遊んでいた。
最初は極々矮小な
翅を毟り、眼を括り、胴を裂く。
次は極々矮小な小生物が対象になった。
尾を毟り、眼を括り、胴を裂く。
段々と大きな生物が対象になった。
尾を毟り、眼を括り、胴を裂く。
そして遂には同胞である人間が対象になった。
腕を毟り、眼を括り、胴を裂く。
それが人の世で赦される訳がなく。
何十人目かの解体中に法の下、虜囚となった。
そして公正なる裁きにより処刑された。
然もありなん。
しかしながら、その人生に何の意味があったのであろうか。
生まれながらに生物を理解できない人生。
他人とは異なる倫理観でしか歩めぬ人生。
それは彼の責任であろうか。
私は彼の生まれに同情を禁じ得ない。
彼が生物を理解できていれば普通に生活できたのではなかろうか。
最初から倫理観が備わっていれば普通に生活できたのではなかろうか。
だからであろうか、ほんの気まぐれではあるが、
彼に第二の人生を育む機会を与えてやろうと思った。
私の前に彼を喚んだ時、襲い掛かってきた。
自分の身に何が起きたのかの前に、私を解体する興味が勝ったらしい。
だが、私に触れることは叶わなかった。
私は彼に機会を与えることを告げた。
前回と同じ轍を踏む可能性を鑑み、私は彼に要望を聞いた。
曰く、「身長と腕をもう少し長くして欲しい」と。
曰く、「あとはどうでもいい。人を殺せればなんでもいいと。戦乱の世の中なら尚いい」と。
成程? 身の丈と腕が長ければ殺すのに都合がいいらしい?
成程? 戦乱の世の中ならば人を殺すのが許されるらしい?
これなら生前もっとうまく立ち回れた……とは言い難い。私は何か間違ったのではと思ってしまうが後の祭りであろう。
私は今一度彼に意志の確認をし了承を得た後、彼の希望通りの世界へと送り届けた。
さて、その後の男の人生はどうなったのか。
結論から言おう。
男は転生した後、老年期まで生き戦場で死亡した。
然もありなん。
私は彼の希望通りの世界へと転生させた。
彼の望んだ通り「身長と腕を少し長く」して、「戦乱の世の中」へと。
前回同様赤子からでは苦痛であろうと思い、
気を利かせ幼年期の時分へと転生をさせた。
さて、私も前回の反省点を生かし少々願いを限定的にすることにした。
「戦乱の世の中」を望んだ彼に【剣と魔法の世界】は少々問題がある。
あの世界は怪物との戦乱の中にはあるが、人間同士の争いの中にはない。
人間は一致団結しているのでこのような異物が存在すれば排除されるだけであろう。
ここはやはり【筋力が絶対的な世界】が一番妥当であろう。
余計な問題を省く事に越した事はない。
彼がその地に降り立ってから何十年物月日が流れた。
その間彼は人間を殺した。
殺し続けた。
軍に入り、合法的に人を殺害し続けた。
男を殺した。
女を殺した。
老人を殺した。
子供を殺した。
敵を殺した。
味方を殺した。
来る日も来る月も来る年も。
狂う日も狂う月も狂う年も。
そして、月日を重ね肉体にも老いが目立ち始めた頃、
戦場にて肉体が感性に追いつかなくなり、敵に討ち取られることになった。
嗚呼、人間は斯くも欲望を抑えきることができぬほど無能なのか。
彼はその欲望に抗うことなく死んでいったのだ。
さて、彼の話はお気に召して頂けたかな。
おや、これは何の解決にもなっていないと批難するのかね。
私にしてみれば機会は与えたつもりなのだが、キミがそう言うのであればそうなのであろう。
まったく、人間というのは度し難いものだな。
では、次はもっと楽な逸聞を披露するとしよう。