ある男の話をしよう。
彼は明るい男だった。
人との交流を積極的に行い他者の信頼を勝ち取るのに優れていた。
社交的ではあるがそれはあくまでも表面上のもの。
彼は表と裏の顔をうまく使い分けていた。
彼の裏の顔は自分の気に入らない者、特に弱者には
言論や横柄な態度に加え、時には物理的に捻じ伏せる事も暫し見受けられた。
そのせいかは定かではないが同職の同期を自死に追い込んだとも言われている。
しかし、そういった面を見せるには理由がある。
自分が臆病で弱い存在であると認識しているからこその強がりなのだ。
だからこそ自分より弱い存在に対してしか強く振る舞う事ができない。
弱さが罪であると強迫観念にも似た感覚に囚われていたのであろう。
だからであろうか同期の自死が発覚した時、罪悪感からか自我を忘れる程に酒に溺れた。
その際に不慮の事故によりとある女を殺害してしまい法の元、
そして自責の念に耐えきれず獄中での自死を選んだ。
しかしながら、その人生に何の意味があったのであろうか。
自身の弱さを守るべく他者を
しかし、自分の行為に
元々が快活であるがため選択肢さえ間違わなければ上手く世を渡ることができたのではなかろうか。
元々が臆病であるがため他者の痛みを感じられれば上手く世を渡ることができたのではなかろうか。
だからであろうか、ほんの気まぐれではあるが、
彼に第二の人生を育む機会を与えてやろうと思った。
私の前に彼を喚んだ時、唖然としていた。
自分の身に何が起きたのか理解していないようであった。
私は彼に機会を与えることを告げた。
前回と同じ
曰く、「元の居た世界とは別の世界ではあるが、
魔法などという意味のわからないものが
純粋に力だけ…取り分け筋力がモノを言う世界がいい」と。
曰く、「そこで世界中のいかなる生物にも負けない最強の筋力が欲しい」と。
成程、筋力がすべての世界ならば自らの心の弱さを省みることなく生活できるのであろう。
成程、自分より弱者しかいない世界ならば自分の弱さを認識することすらしなくなるであろう。
中々に聡明であるではないか。
これなら生前もっとうまく立ち回れたのではと思ってしまうが後の祭りであろう。
私は今一度彼に意志の確認をし了承を得た後、彼の希望通りの世界へと送り届けた。
さて、その後の男の人生はどうなったのか。
結論から言おう。
男は転生した後、すぐに死亡した。
私は彼の希望通りの世界へと転生させた。
彼の望んだ通り「世界中のいかなる生物にも負けない筋力」と共に。
前回同様赤子からでは苦痛であろうと思い、
気を利かせ幼年期の時分へと転生をさせた。
さて、私も前回の反省点を生かし彼らの使用する言語を統一することにした。
余計な手間を省く事に越した事はない。
しかしながら、この気遣いは全くの無意味となった。
彼は一言もこの世界の住人と会話せずに死亡した。
原因は「世界中のいかなる生物にも負けない筋力」のためである。
この世界は力こそがすべてであるために存在する生物もまた並外れた筋力を有する。
この世界は力こそがすべてであるために存在する生物もまた並外れた身体を有する。
その風貌は山を思わせ太く堅く大きいものである。
それは生物の進化では極当たり前の事。
それは生物の進化では至極順当な事。
それを人間単位の幼年期へと付加したとすればどうなるであろうか。
正確には人間の尺度を遥かに超える筋力を付加したとすればどうなるであろうか。
彼は自ら肥大化した筋力に内臓器が圧迫され自壊した。
三角筋が肥大化し彼の肩は粉砕し、
腸腰筋が肥大化し彼の腰は崩壊し、
腓腹筋が肥大化し彼の足は破砕し、
大胸筋が肥大化し彼の胸は圧壊し、
浅頭筋が肥大化し彼の脳は全潰した。
嗚呼、人間は自分の生物的身体についての知識すら持ち合わぬほど浅慮なのか。
彼は自らの無知に殺されたのだ。
さて、彼の話はお気に召して頂けたかな。
おや、これは理不尽だと抗議するのかね。
私にしてみれば生物として当然の結果なのだが、キミがそう言うのであればそうなのであろう。
まったく、人間というのは度し難いものだな。
では、次はもっと楽な逸聞を披露するとしよう。