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壱幕之物語「疎通」


ある男の話をしよう。


彼はお世辞にも生きるのが達者ではなかった。

幼年の頃より他者との意思の疎通がうまく取れていなかった。

他人が怖かったのだろうか、面と向かい合えず、言葉もうまく紡げず会話が成立しない。

対面ではなく文面上においては饒舌じょうぜつな語りをするが、その思想は独特で万人受けするような考え方ではなかった。

そのせいか迫害とまではいかないが相当に揶揄やゆされていたらしい。


成長してもその様は変わらず、

職を持つようになってからも上役や同期との間に軋轢あつれきがあったそうな。

二親ふたおやには愛想を尽かされ、愛し愛される思い人も当然ながらいない。

疲労と心労も相まって人生に疲れ果てた彼は衝動的に自死を決意し実行した。


もありなん。

しかしながら、その人生に何の意味があったのであろうか。

何一つ謳歌することもなく、侮蔑嘲笑に苦痛を伴う人生。

さすがの私でも憐憫れんびんの念を禁じ得ない。

だからであろうか、ほんの気まぐれではあるが、

彼に第二の人生を育む機会を与えてやろうと思った。


私の前に彼を喚んだ時、言葉通り彼は狂喜乱舞した。

あまりのはしゃぎように呆気に取られてしまったよ。

曰く、「転生だ! 異世界だ! チートだ!」などとのたまっておったよ。

彼が落ち着きを取り戻したのを見計らって私は彼に機会を与えることを告げた。

何てことはない。

第二の人生を歩ませることなど造作もない。

ただ、気掛かりなのは彼は同じ道をまた繰り返し歩むのではないのだろうか。

人間性が変わる訳ではないので十二分に有り得る話だ。

そう思うと逡巡しゅんじゅんしはじめてしまう。

率直に彼に私の思いを打ち明けると彼は条件を出してきた。

曰く、「元の居た世界とは別の世界……特に【剣と魔法の世界】がいい」と。

曰く、「記憶を失くすと同じ事の繰り返しになりそうだからそのままで」と。

成程、元の世界とは別の世界であれば同じ状況下に置かれることはなく同じ事の繰り返しにはならないであろう。

成程、記憶を引き継ぐことができれば過去の失態から最善策を導くこともできるであろう。

中々に賢い男であるではないか。

これなら生前もっとうまく立ち回れたのではと思ってしまうが後の祭りであろう。

私は今一度彼に意志の確認をし了承を得た後、彼の希望通りの世界へと送り届けた。

これが私が最初に行った【転生】である。



さて、その後の男の人生はどうなったのか。

結論から言おう。

男は転生した後、死亡した。



もありなん。

私は希望通り彼が望んだ【剣と魔法の世界】へと転生させた。

赤子からではなまじ記憶がある分苦痛であろうと思い、

気を利かせ幼年期の時分へと転生をさせた。

その事に関して彼は喜んでいたがすぐに絶望へと変わった。

まず、言葉がわからない。

記憶を失くした訳ではないので彼の思考言語は彼の居た世界のものだ。

勿論喋る言葉も彼の居た世界のものだ。

記憶にある言葉ではその世界の文字が読めるわけがないのである。

そしてこれが致命的なのだが、

彼の旧来の人間性が変わったわけではないので他者との意思の疎通ができない。

言葉がわからずとも身振り手振りや色々な方法で伝えることも可能なのだが、

彼は他者との関わりが苦痛であり、面と向かい合っての話もできない。

故に、誰とも交流することが彼にはできなかった。

さらに、彼の望んだ【剣と魔法の世界】。

魔法はまあいいとするが、剣が必要な世界というのは戦乱に満ちていることとなる。

それが人間同士の戦いか、はたまた異形の怪物との戦いかで少々違ってくるが、

他者との関わり合いが苦手な彼に人間同士の争いは酷であろうと思い、

絶対的な悪である怪物が存在し、人間同士が一致団結した社会の世界へと転生させていた。

悪意を受け止めるモノが存在するなら人間同士の交流も容易であろうと私は考えた。

生前の自分の立ち位置に怪物が存在するなら揶揄やすする側に立つことができるであろう。

そんな淡い期待を私はしていたのだが見事に裏切られた。

彼はどこの世界でも「怪物」であったのだ。

見たことも聞いたこともない言葉で話し、

他者と眼を合わせることもできず挙動不審。

あろう事か前世の記憶を持っているためその世界には存在しない技術知識原理で行動する。

嗚呼、人間は自分の理解が及ばぬモノを恐怖し畏怖いふし「怪物」と称する。

彼は人間の幼子の姿をした「怪物」として人間に殺されたのだ。



さて、彼の話はお気に召して頂けたかな。

おや、悲劇はあまりお好みではなかったようだな。

私にしてみれば悲劇でも何でもないのだが、キミがそう言うのであればそうなのであろう。

まったく、人間というのは度し難いものだな。

では、次はもっと楽な逸聞を披露するとしよう。



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