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第28話 小悪魔

 翌朝。


 いつもの時間に家を出ると、玄関先に水原が立っていた。


「おはよー、川崎くん!」


「また来たのか」


「だって、三人で登校するって決めたでしょ?」


 そう言いながら、水原は自然な流れで俺の腕に手を絡ませてくる。


「おい、もう演技はいらないだろ」


「違うよ? これはただの自然な気持ち」


 意地の悪い笑みを浮かべる水原。


「あ、リセちゃんだ!」


 リセが近づいてくるのを見て、水原はさらに俺の腕にしがみつく。その仕草は、まるで縄張りを主張するかのようだった。


「おはようございます」


 リセの表情が一瞬だけ曇る。


「ねぇ川崎くん、今日の放課後って予定ある?」


「いや、別に」


「じゃあ、付き添ってほしいとこがあるんだけど」


「え?」


「白野先輩のお父さんと会うの。謝罪の件で」


 その言葉に、俺もリセも驚いて顔を見合わせる。


「一人じゃ心細いし……。川崎くんが一緒にいてくれたら、安心できるんだけど」


 水原は不安そうな表情を浮かべる。その仕草は、演技というには自然すぎた。


「私も行きます」


 リセが即座に言う。


「えー、でも。これって彼氏として頼みたいっていうか……」


「だからこそです。約束したはずです。フェアに勝負するって」


 水原は小さく溜め息をつく。


「そっか。リセちゃんの言う通りだね」


 表面上は負けを認めたような言葉。でも、その目は笑っていた。これから何が始まるのか、お互い分かっているような、そんな空気が二人の間に流れる。


 学校に着くと、案の定、噂話が聞こえてきた。だが今日の水原は、昨日までとは違っていた。


「ねぇ、見て。また川崎くんと一緒よ」


「でも今日は宮坂さんも一緒じゃない?」


「ちょっと、どういうこと?」


 囁き合う声に、水原はむしろ得意げな表情を浮かべる。


「ほら、みんなもう気になってる。これ、チャンスだよ」


「チャンス?」


「うん。噂なら、いっそ面白い方がいいでしょ?」


 俺の耳元で囁く水原。その声には、どこか企むような色が混じっていた。


「今度は自分で噂をコントロールしようと思って。そしたらきっと、川崎くんにも得るものがあるはず」


 聞こえないように小声で話す水原。リセにもその内容は届いていない。


「あぁ、もう。勝手なことすんな」


「いいじゃん。どうせ噂されるなら、それくらいの方が面白いでしょ?」


 茶目っ気たっぷりに笑う水原。その姿は、昨日までの弱々しい彼女とは別人のようだった。

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