翌朝。
いつもの時間に家を出ると、玄関先に水原が立っていた。
「おはよー、川崎くん!」
「また来たのか」
「だって、三人で登校するって決めたでしょ?」
そう言いながら、水原は自然な流れで俺の腕に手を絡ませてくる。
「おい、もう演技はいらないだろ」
「違うよ? これはただの自然な気持ち」
意地の悪い笑みを浮かべる水原。
「あ、リセちゃんだ!」
リセが近づいてくるのを見て、水原はさらに俺の腕にしがみつく。その仕草は、まるで縄張りを主張するかのようだった。
「おはようございます」
リセの表情が一瞬だけ曇る。
「ねぇ川崎くん、今日の放課後って予定ある?」
「いや、別に」
「じゃあ、付き添ってほしいとこがあるんだけど」
「え?」
「白野先輩のお父さんと会うの。謝罪の件で」
その言葉に、俺もリセも驚いて顔を見合わせる。
「一人じゃ心細いし……。川崎くんが一緒にいてくれたら、安心できるんだけど」
水原は不安そうな表情を浮かべる。その仕草は、演技というには自然すぎた。
「私も行きます」
リセが即座に言う。
「えー、でも。これって彼氏として頼みたいっていうか……」
「だからこそです。約束したはずです。フェアに勝負するって」
水原は小さく溜め息をつく。
「そっか。リセちゃんの言う通りだね」
表面上は負けを認めたような言葉。でも、その目は笑っていた。これから何が始まるのか、お互い分かっているような、そんな空気が二人の間に流れる。
学校に着くと、案の定、噂話が聞こえてきた。だが今日の水原は、昨日までとは違っていた。
「ねぇ、見て。また川崎くんと一緒よ」
「でも今日は宮坂さんも一緒じゃない?」
「ちょっと、どういうこと?」
囁き合う声に、水原はむしろ得意げな表情を浮かべる。
「ほら、みんなもう気になってる。これ、チャンスだよ」
「チャンス?」
「うん。噂なら、いっそ面白い方がいいでしょ?」
俺の耳元で囁く水原。その声には、どこか企むような色が混じっていた。
「今度は自分で噂をコントロールしようと思って。そしたらきっと、川崎くんにも得るものがあるはず」
聞こえないように小声で話す水原。リセにもその内容は届いていない。
「あぁ、もう。勝手なことすんな」
「いいじゃん。どうせ噂されるなら、それくらいの方が面白いでしょ?」
茶目っ気たっぷりに笑う水原。その姿は、昨日までの弱々しい彼女とは別人のようだった。