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第27話 カラオケ⑤

「えっとー、何を歌う?」


 タッチパネルを操作する水原。


「んー、川崎くんが知ってそうな曲じゃないと」


「ヒロならこれ知ってるはず」


 リセが画面を指差す。懐かしいアニメの主題歌だった。


「あ、小学校の頃よく観てたやつじゃん」


「でしょ? ヒロ、休み時間に歌ってたの覚えてる?」


「おい、そんな黒歴史掘り起こすなよ」


 水原が目を丸くする。


「えー! 川崎くんが歌ってたの!? それ絶対聴きたい!」


「うっせーな……」


「じゃあ決まり! これにしよ!」


 勝手に曲を決める水原。その手際の良さに、俺は思わずため息をつく。


 イントロが流れ始める。水原がマイクを俺に押し付けてくる。


「さぁ、川崎くん!」


「お前が選んどいて、俺にマイク渡すとか卑怯だろ」


「いいからいいから!」


 観念して歌い出す。


 すると、水原とリセも自然と声を合わせてくる。


「おー、意外と合うじゃん!」


 水原が楽しそうに声を上げる。確かに、三人の声は不思議とマッチしていた。


 曲が終わると、思いのほかいい点数が出る。


「すごい! 90点!」


「まぁ、簡単な曲だしな」


「もう一曲行こう!」


 段々と盛り上がってくる二人。


 見ていると、水原とリセの距離が、少しずつ縮まっているのが分かった。互いを意識しながらも、自然と会話が弾んでいく。


「あ」


 突然、水原が立ち上がる。


「もうこんな時間!」


 確かに、予約時間が残り10分を切っていた。


「じゃ、そろそろ出るか」


「うん……でも、なんかもったいないな」


 水原が少し寂しそうな顔をする。


「また来ればいいじゃん」


 俺の何気ない一言に、水原とリセの顔が輝く。


「じゃあ約束! 今度は違う店にも行ってみたいな」


「私も行きたいところあります」


「おー、リセちゃん詳しいの?」


「お前ら、勝手に話進めてんな」


「えー、だってヒロも楽しかったでしょ?」


「うん。珍しく笑ってたし」


 今度は二人して俺をからかってくる。


「……まぁ、悪くはなかったけど」


 素直な感想を言うと、二人の笑顔がさらに明るくなった。


 部屋を出て、エレベーターに乗り込む。


 さっきまでの重苦しい空気は、もうどこにもない。


 外に出ると、夕暮れの空が広がっていた。


「じゃ、帰ろっか」


 水原が言う。


「あ、その前に」


 リセが急に立ち止まる。


「明日から、どうするんですか?」


 その問いに、三人の足が止まる。


 確かに、これから学校でどう振る舞うのか、まだ何も決めていない。


「明日から、か……」


 俺は夕暮れの空を見上げながら言葉を探す。


「もう演技はしなくていいと思う」


 水原が静かに口を開く。


「だって、あたしたち、もう本当の関係になろうって決めたんでしょ?」


 リセも小さく頷く。


「でも、噂は簡単には消えないと思います」


「消えなくていい」


 俺は二人の方を向く。


「嘘をついて守る関係より、本当のことを言って戦う関係の方がいい」


 水原が目を丸くする。


「川崎くん……」


「私も同じです」


 リセが一歩前に出る。


「私、もう逃げません。水原先輩のことも、自分の気持ちのことも、全部ちゃんと向き合います」


「リセちゃん……」


 三人の間に、優しい空気が流れる。


「でもさ」


 水原が少し困ったように笑う。


「明日から三人で一緒に登校するのって、また新しい噂になりそうだよね」


「なるだろうな」


「ヒロの二股疑惑とか」


 リセの冗談に、思わず吹き出してしまう。


「笑い事じゃないでしょ!」


 水原が頬を膨らませる。


「でも、それでもいい。川崎くんが言う通り、本当の関係なら、噂なんか怖くない」


「ちょっと待って」


 リセが真剣な顔になる。


「その前に、ちゃんと決めておきたいことがあります」


「なに?」


「これから先、私たち三人の関係です」


 リセの言葉に、空気が引き締まる。


「私も水原先輩も、ヒロのことが好き。でも、そのままじゃ、誰も幸せになれない」


「じゃあ」


 水原が明るく笑う。


「お互い、ちゃんと勝負しよう」


「勝負?」


「うん。正々堂々と、川崎くんの気持ちを振り向かせる勝負」


 リセも小さく微笑む。


「それなら、私も納得できます」


「おい、俺に考える余地は」


「ないです」


「ないよ」


 即答する二人に、俺は思わずため息をつく。


「ほんと、お前らなんなんだよ……」


「だって、これが一番フェアでしょ?」


 水原が人差し指を立てて説明するように続ける。


「お金とか演技とか、そういうの抜きで。ただ素直な気持ちだけで」


「私も、そうしたいです」


 リセも頷く。


「ヒロには、ちゃんと私たちの気持ちを受け止めてもらいたいから」


「じゃあ、約束だよ」


 水原は満面の笑みを浮かべながら、リセに向かって手を差し出す。


「正々堂々と、勝負」


「はい。フェアに」


 握手を交わす二人。その瞬間、水原の目が僅かに細まった。まるで何かを企むような、そんな光が一瞬だけ宿る。

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