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第22話 味方でいて

 キッチンから賑やかな声が聞こえてくる。


 水原とリセは意外にも打ち解けた様子で料理を作っている。


「川崎くんは、なにが好き?」


 リビングまで水原の声が届く。


「別に」


「もう、そういう投げやりな答え方やめてよ。ね、リセちゃん?」


「はい。ヒロはそういうところあります」


「えー、やっぱり昔からそうなの?」


「小学校の時なんて──」


「おい、余計なこと話すなよ」


 俺が制止を掛けると、二人は楽しそうに笑い合う。


 正直、この光景は不思議な感じがする。


 つい先ほどまで重苦しい空気が漂っていたのに、今は穏やかな空気に包まれている。


 水原の家で少し早い夜ご飯を取ることになった。テーブルには、意外にも本格的な料理が並んでいる。


「へぇ、結構できるじゃないか」


「でしょ? この前も作ったけど、覚えてる?」


 水原の問いかけに、俺は考え込む。


 以前、泊まった時の朝食のことを言っているのだろう。


「ああ」


「その時も美味しかったでしょ?」


「まぁな」


 水原は満足げに笑う。


 リセはその会話を聞きながら、少し複雑そうな表情を浮かべた。


「あ」


 水原が突然声を上げる。


「リセちゃんにも話しておかないと。この前川崎くんの家に泊まったのは、その……」


「知ってます」


 リセが静かに言う。


「ヒロが説明してくれたので。水原先輩が家に帰れない事情があって……」


「うん。あの時は本当に困ってて。川崎くんに助けてもらって」


「でも、どうして帰れなかったんですか?」


 リセの質問に、水原は一瞬言葉を詰まらせた。


「その、えっと……」


「言いたくないなら、無理に話さなくていい」


 俺が助け舟を出す。


 しかし水原は小さく首を振った。


「ううん、話す。もう隠し事はしない」


 水原は一度深く息を吸い、話し始めた。


「実は、あの日ね。お父さんと大喧嘩したの」


「喧嘩?」


「うん。私の将来のことで」


 水原の声が少し沈む。


「白野先輩との許嫁のことで、お父さんが勝手に話を進めようとしてて。でもあたしは絶対に嫌だって反対して。そしたら『家から出ていけ』って言われて……」


「そう、だったのか」


「うん。でも、今考えると。あの時、川崎くんの家に行けて良かった」


 水原は少し照れくさそうに笑う。


 その表情は、今までで一番自然に見えた。


「水原先輩」


 リセが真剣な表情で言う。


「お父さんとの関係はどうなんですか?」


「あー、まぁ」


 水原は曖昧な返事を返す。


「ほとんど会話ないかな。でも、それはもう慣れてる」


「でも、それって」


「大丈夫。今は、こうやって友達もできたし」


 水原はリセに向かって微笑む。


「それに、ちゃんと自分の気持ちに正直になろうって決めたから。両親のことも、いつか話し合えると思う」


「水原先輩……」


「あ、そうだ。もしよかったら、また遊びに来てよ? 今度は料理、もっと頑張るから!」


 唐突な話題の転換に、リセは少し戸惑ったような表情を見せる。


 しかし、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。


「はい。今度は私も、もっと上手に作れるように練習しておきます」


「えへへ、約束だよ?」


 二人は笑顔で頷き合う。


 その光景を見ていると、妙な安心感を覚えた。


 けれど同時に、どこか引っかかるものも感じる。


 水原の家族の話。


 彼女の表情からは読み取れない、何か重大な問題が隠されているような気がした。


「あ、そうだ」


 食事が終わりに近づいた頃、水原が突然立ち上がった。


「ちょっと待ってて」


 そう言って自室に向かう。


 しばらくして戻ってきた彼女の手には、分厚い封筒が握られていた。


「これ、川崎くん」


「なんだ?」


「約束の、今月分」


 封筒を開くと、中には現金が入っていた。


 契約通りの百万円。


「いや、いい」


 俺は封筒を突き返す。


「えっ?」


「金はいらない」


「で、でも……」


「川崎くんの言う通り」


 リセが口を開く。


「お金で繋がる関係は、もう終わりにした方がいいと思います」


 水原は俺とリセを交互に見つめ、そして小さくため息をついた。


「わかった。でも、その代わりお願いがある」


「なんだよ」


「これからも、あたしの味方でいて」


 真っ直ぐな眼差しで言う水原。


 その瞳には、強い意志が宿っている。


「別に、そんなこと頼まれなくても」


「でも、言わないと気が済まなくて」


 水原は両手を胸の前で組み、深く頭を下げる。


「お願いします。あたしの、味方になってください」


「私も」


 リセも同じように頭を下げる。


「水原先輩の味方になります」


「リセちゃん……」


 二人は顔を上げ、柔らかな笑顔を交わす。


「分かったよ」


 俺は軽く頭を掻きながら言う。


「ただし、約束がある」


「なに?」


「なにか困ったことがあったら、すぐに相談しろ」


 水原は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「うん! 約束する!」


 その言葉には、嘘偽りのない本心が込められているように感じた。


 けれど、水原の笑顔の奥に、まだ何か隠されているような気がして──。

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