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第19話 裏切るの?

「なんで、そんな簡単に……あたしのこと、裏切るの?」


「裏切ったわけじゃない」


「せっかく信じたのに。川崎くんなら、あたしの味方でいてくれるって思ったのに!」


 水原の目に涙が浮かぶ。


「何でそんな言い方……。ヒロはただ正直に話してくれただけ。それなのに、どうして水原先輩は──」


「うるさい!」


 水原が叫ぶ。


「あなたには関係ない! 川崎くんとの約束は、あたしとの約束なの! それを、どうして……」


 俺は水原の肩を掴んだ。


「落ち着け。俺が全部説明する」


 しかし水原は、俺の手を振り払った。


「もういい。もう、なにもいらない」


 そう言って走り去ろうとする水原。


 だが、その背中を俺は追いかける。


「待てって!」


 階段を駆け下りる水原を追って、俺も走り出す。


 後ろからリセの声が聞こえるが、振り返る余裕はない。


「ちゃんと話を……おい!」


 水原は校舎を飛び出し、正門へと向かう。


 その姿を追いかけながら叫ぶ。


 そのとき、正門の前で水原は誰かにぶつかった。


「いてっ……」


 水原が尻もちをつく。


 そこに立っていたのは、カジュアルな服装をした白野だった。


「しおり?」


「白野先輩……どうして、ここに」


 白野は困惑した様子で水原を見下ろしている。


 すぐに俺も追いつき、その場に立ち止まる。


「父さんから頼まれて来たんだ。しおりに伝えたいことがあるって」


 白野は状況を把握しようとするように、俺と水原を交互に見つめる。


「それより、なんでしおりは泣いてるの?」


 水原の頬には確かに涙の跡が残っていた。


 白野の表情が険しくなる。


「君か? しおりを泣かせたのは」


 俺に向けられた視線が、急に冷たくなる。


「違う、これは……」


「しおり、もういい加減気付くべきだ。この男は君のことなんて本気で考えてない。ただの道具として使っているだけだ」


「そんなことない!」


 俺は思わず声を上げた。


「確かに最初は、他人事のように思ってた。でも、今は──」


「今は?」


「今は違う。水原とちゃんと向き合おうと思ってる」


「へぇ、随分と偉そうな口振りじゃないか」


 白野は冷ややかに笑う。


「君にしおりの何が分かるの? 最近になって急に関わり始めただけの人間が」


「確かにそうかもな。でも、だからこそ分かることもある。お前みたいな歪んだ執着とは違う」


「どうせまた綺麗事を並べ立てるんだろう? 君はしおりを騙した。そして今、その嘘がバレたんだろ。だからしおりは泣いてるんだ」


「……」


 反論しようとして、言葉が出てこない。


 その時、水原のバッグから何かが滑り落ちた。


「もういい。あたし、帰る」


 立ち上がろうとする水原を、白野が優しく支える。


「送っていくよ。もう、こんな男に頼っちゃだめだ」


「待て」


 言葉が出る前に、水原は既に背を向けていた。


 俺は一歩踏み出そうとした時、地面に目が留まる。水原のバッグから落ちたままの生徒手帳。


 拾い上げると、ちょうど住所の書かれたページが開いていた。


 青葉台──高級住宅地として有名な場所だ。


「ヒロ」


 振り返ると、リセが息を切らせながら駆けてきた。


「走っていかないでよ。まだ話が……」


「リセちゃんまで」


 水原が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


 その瞳には、まだ涙が残っていた。


「みんな、どうしてそんなに……」


 水原の声が震える。


「あたしのこと、からかって楽しいの?」


「どうしてそんな解釈になるんですか?」


 リセが強い声を上げる。


「もうやだ、誰も信用できない」


 水原は疲れたように言う。


「これ以上、あたしで遊ばないで。お願い」


 その言葉には、これまでの水原からは想像もできないような諦めが滲んでいた。


「水原、違う。俺は──」


「川崎くん」


 水原が俺を遮る。


 その目には、もう涙は見えなかった。


 代わりに、深い失望の色が宿っていた。


「あたし、川崎くんのことを信じてた。やっと、本当の味方ができたって……でも、結局同じなんだね。あたしのことなんて、どうでもよかったんでしょ?」


 その声には、怒りよりも諦めの色が濃かった。


「水原、違う。俺は──」


「もういいの。あたし、これ以上誰かを信じるの、疲れた」


 白野が満足げに微笑む。


「そうだよ、しおり。もう騙されることはない」


 白野は近くに停めていた高級車のドアを開ける。


「送るよ、乗って」


 水原は一瞬躊躇したが、すぐに諦めたように助手席に滑り込む。


 エンジン音が静かに轟き、車はゆっくりとアスファルトを蹴って発進。


 サイドミラーの中で、俺の姿は急速に小さくなり、やがて街の景色に溶け込んだ。曲がり角に差し掛かると、車のテールランプが一閃し、そして完全に視界から消えた。

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