教室に着くと、リセが既に席についていた。俺と目が合うと、小さく会釈をする。
昨日のメッセージのことを思い出し、少し気まずさを感じた。
午前の授業が終わり、昼休みになった。
俺は図書室で読書をしようとしていたが、なかなか本に集中できない。
昨日の出来事が、まだ頭の中でぐるぐると回っている。
「ねぇ」
突然、背後から声がした。振り返ると、水原が立っていた。
「なんだよ」
「今日の放課後、時間ある?」
「あー……」
リセとの約束を思い出す。
「悪い。今日は約束が」
「誰と?」
「リセと少し話がある」
水原の表情が一瞬曇った。
「そっか……」
「なんかあったのか?」
「ううん、別に。じゃあまた」
水原は何か言いたげな表情を浮かべながら、そそくさと図書室を後にした。
放課後。
約束通り屋上に向かうと、リセが既に待っていた。
フェンス越しに夕暮れを眺める後ろ姿が、妙に切なげに見えた。
「リセ」
俺が声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。
「来てくれたんだ」
「約束したからな」
リセは深く息を吐き、まっすぐ俺を見つめた。
「ヒロ、私ね、ずっと言えなかったことがあるの」
「……なんだよ」
「私、ヒロのことが好き」
突然の告白に、言葉を失う。
「ずっとヒロのことが好きだった。でも言い出せなくて。だって、ヒロには私が必要な存在じゃないって思ってたから」
「リセ……」
「でも、最近のヒロを見てるとすごく辛そう。水原先輩との関係も違和感がある。だから、もう黙ってられなくなった」
リセの声は震えていた。
「ヒロ、本当に水原先輩のことが好きなの?」
「それは……」
言葉に詰まる。嘘をつき通すべきか、本当のことを話すべきか。
「リセ、俺は──」
その時、屋上のドアが開く音がした。
振り返ると、そこには水原が立っていた。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」
水原は困ったように笑う。だが、その目には何か強い感情が宿っていた。
「水原先輩……」
リセが小さく呟く。
三人の間に、重苦しい空気が流れる。
「川崎くん、ちょっといい?」
水原が声をかけてきた。
「え、ああ」
「ちょっと待って」
リセが一歩前に出る。
「まだヒロと……」
「ごめんね、あたし川崎くんと話したいことがあるんだ」
水原の声には、いつもの明るさが感じられない。
「私だって、ずっと話したかったことが……!」
リセの声が震える。
「ねぇ、リセちゃん。川崎くんとあたしは付き合ってるの。そのことは知ってるよね?」
「でも、それって本当なんですか?」
リセの言葉に、水原の表情が強張る。
「どういう意味?」
「だって、ヒロの目を見てると水原先輩のことを本当に好きな目で見てない。それに、二人の関係、どこか不自然で……」
「不自然?」
水原は少し声を上げた。
「あたしたちの関係が不自然に見えるの?」
「まるで……演技みたい」
その言葉に、俺と水原は息を呑む。
「リセちゃん、何も知らないくせにあたしと川崎くんの関係に、口を出さないでくれないかな」
「違う! 付き合ってないですよね。ヒロ、本当のこと話して!」
リセが必死な様子で俺に詰め寄る。
「お前ら、待て」
俺は二人の間に入り、深く息を吐く。
もう、これ以上は嘘をつき通せない。
「リセ、お前の言う通りだ」
「え?」
「俺と水原は、付き合ってるふりをしてるだけだ」
告白する俺の言葉に、水原が小さく息を呑む。
「川崎くん……!」
俺は水原の方を向く。
「悪い。こんな形で暴露することになって。でも、これ以上リセを騙し続けるのは無理だ」
水原は俯いたまま、小刻みに震えている。
「なんで……」
小さな声で呟く。
「なんで、そんな簡単に……あたしのこと、裏切るの?」