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第17話 登校

 夜。アパートに戻った俺は、ベッドに倒れ込んだ。


 天井を見つめながら、今日の出来事を思い返す。


(あのキス、やりすぎたよな……)


 演技とはいえ、あまりにも突発的な行動だった。けど、あの状況で他に選択肢はあっただろうか。


 思考に耽っていると、スマホが震えた。


 画面を確認すると、リセからのメッセージだった。


『ヒロ、今日の放課後のこと、水原先輩とどこか行ったの?』


 俺は一瞬、返信を躊躇う。


 正直に話すべきか、それとも適当に誤魔化すべきか。


『ちょっと用事があってな』


 曖昧な返事を送ると、すぐにリセから返信が来た。


『そう。ヒロ、本当に水原先輩のこと好きなの?』


 その質問に、俺は思わず息を呑んだ。


『なんで?』


『だって、ヒロの目が水原先輩を見る時と、前みたいに輝いてないから』


 鋭い指摘に、言葉が出てこない。


『ヒロ、無理しなくていいんだよ?』


『無理なんかしてないよ』


『本当に?』


 リセの質問が、まるで心の奥底を覗き込むように感じられた。


『まぁな』


 適当な返信を送ると、しばらくリセからの返信はなかった。


 と、数分後、また新しいメッセージが届いた。


『ねぇ、ヒロ。明日の放課後、少し時間ある? 話したいことがあるの』


 俺は一瞬、水原との約束を思い出す。でも、明日は特に何も決まってないはずだ。


『ああ、わかった』


『じゃあ、明日、屋上で待ってる』


 リセからの最後のメッセージを見つめながら、俺は深いため息をついた。


 翌朝。


 いつもより早く目が覚めた俺は、ゆっくりと支度を始める。


 昨日の疲れが残っているのか、体が妙に重い。


 いつもの時間に家を出ると、水原が待っていた。


「おはよー、川崎くん」


「……来たのか」


 昨日のことがあったせいか、水原の明るい声に、少し気恥ずかしさを感じる。


「うん。朝は一緒に登校した方が自然でしょ?」


 そう言いながら、水原は俺の腕に手を絡ませようとする。が、俺は軽く身をかわした。


「おーい、なんで避けるの?」


「いや、その……昨日のこともあるし」


 水原は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。


「気にしすぎだよ。昨日のことは演技だったんでしょ?」


「まあな」


「だったら普通に接して。変に意識しちゃうと、周りにバレちゃうよ?」


 その言葉に反論できず、俺は観念したように腕を差し出す。


「ふふ、素直」


 水原が嬉しそうに腕に絡みつく。その仕草は昨日と変わらないはずなのに、どこか違和感を覚えた。


 学校に着くと、昨日と同じように噂話が聞こえてくる。


「ねぇ、水原先輩のこと、また見たんだって」


「え、なに?」


「昨日、駅前で男とイチャイチャしてたって」


「マジ? やっぱりね。あの人、すごいよね」


「でもさ、今朝は川崎くんと一緒に登校してたよ?」


「え、マジで? じゃあ本当に付き合ってるの?」


「でも昨日はまた別の男と……」


 立ち止まりそうになる俺の背中を、水原が軽く押した。


 その手が、かすかに震えているのが分かった。


「ねぇ、川崎くん」


 いつもの明るい声色で水原が呼びかける。


 だが、その声には僅かな切なさが混じっていた。


「あたし、噂なんか気にしてないって言い続けてきたけど本当はすごく辛い。でも、辛いって顔するのも嫌で」


 水原は俯きながら、それでも微かに笑みを浮かべる。


「みんなの目が、私を見る目が、刺さるように痛くて。でも、それを悟られたくなくて。だから、ずっと強がってた」


「水原……」


「でも、今は違う」


 水原は俺の袖を掴みながら、今度は本当の笑顔を見せた。


「川崎くんが味方でいてくれるから。だから、もう昔みたいに一人で抱え込まなくていいの」


 その言葉に、胸が締め付けられる。


 水原は、ずっとこんな思いを抱えていたのか。


「行こ?」


 水原は前を向いたまま、そう言った。


 その横顔には、弱さを見せた後の少しの照れが浮かんでいた。

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