「とりあえず、もう遅いから休んでけよ。ベッド使っていいから」
「川崎くんはどこで寝るの?」
「床」
「え、そんなダメだよ。身体痛めちゃうし、そうだ。あたしが床で」
「大丈夫だ。慣れてるし」
「慣れてる……?」
おうむ返しで聞き返してくる水原。
俺がテストで悪い点を取ると、母親から廊下で寝ることを強要させられてきた。
奇しくもその経験があるから、床で寝るのは造作もない。
「なんでもない。とにかく俺のことは気にしなくて良い」
「気にするよ……。じゃ、じゃあ一緒に寝るとか?」
「は?」
「い、一緒に寝れば平等じゃない? ね? 川崎くんも床で寝なくて済むし」
水原は顔を赤くしながらも必死に言い訳を並べ立てる。
「いやこの狭いベッドに二人で寝るなんて無理だろ」
「そ、そんなに狭くないよ。大丈夫だって!」
「大丈夫なわけあるか。俺は床でいいから」
「大丈夫だってば! 川崎くん案外細いし、あたしもそんなに場所取らないし!」
「そこが問題なんじゃねえ。普通に考えて男女が一緒に寝るのはマズいだろ……」
「でも何かするわけじゃないし、川崎くんだってそんなことしないでしょ?」
「そういうことじゃねえ!」
水原のズレた発言に思わず声を上げた。彼女はきょとんとした顔で俺を見てくる。
「じゃあ、何が問題なの?」
「お前さ、自分が女だって自覚あるの?」
「あるよ?」
「ならもっと慎重になれよな……誰かに知られたら大ごとになるってわかるだろ」
俺の必死の抗議に、水原はしばらく考え込むように黙り込む。
「でも、ここは川崎くんの部屋だし、誰も見てないよね?」
「そういう油断が命取りなんだ。たとえば、明日誰かに見られたらどうすんだ」
「え、誰か見に来るの? 川崎くんって、彼女とかいるの?」
「いや、そうじゃなくて……ああ、ったく」
水原は俺の焦りを面白がっているのか、くすっと笑う。
「ふふ、真面目だね川崎くん」
「水原がおかしいだけだ」
「そーかな。でも、ちょっとくらい非常識でもいいんじゃない?」
水原は軽く肩をすくめて言う。その無防備な態度にもう突っ込むのはやめて、俺は床に敷いた毛布に横になった。
「もう寝るから。水原もさっさと寝ろよ」
「ちょっと本気で床で寝るの?」
水原が不安そうに声をかけてくる。だが、俺は布団を被りながら背を向けた。
「俺はこれで平気だから」
「そ、そっか。えっと……おやすみ」
「ん」
それきり水原は黙り込んだ。
少しして、彼女の寝息が聞こえてくる。どうやらすぐに寝付いたらしい。他人の家、それも男の家だってのに随分と肝が据わっている。
俺は天井を見上げながら、ため息をついた。
静かな夜の空気が部屋を包み込む。水原との押し問答が嘘のように、穏やかな時間が流れていく。