帰宅後、俺はすぐにフードデリバリーの仕事を始めた。
デリバリー先の住所を確認し、バイクを走らせる。風を切りながら走るのは、ちょっとした気分転換にもなっていた。
次から次へと注文を受けて走り回り、最後の配達先を終えて帰途に就いている時だった。繁華街の近くで、男子生徒数人がひとりの女生徒を囲んでいる光景が目に止まった。
「あれは……」
女生徒は水原だった。男子生徒たちは、少し押し付けがましい態度で水原に話しかけている。水原は嫌そうな顔をしていたが、その場を抜け出せず当惑していた。
「おい、何してんだ?」
俺が低く声をかけると、男子生徒たちは一斉に振り向いた。一人が口を歪めながら、挑発的な態度で近づいてくる。
「なんだ、こいつの知り合い?」
「だったら?」
俺はバイクを停め、ヘルメットを外した。
強面に見えるよう、無表情で彼らを睨みつける。
「へっ、邪魔すんなよ。俺たち、ちょっと話してただけだし」
「そんな風には見えないけどな」
俺が水原の方を一瞥すると、彼女は困ったような顔で視線をそらした。
リーダー格の男子は鼻を鳴らし、さらに一歩詰め寄ってきた。
「いやいや俺ら話してるだけだぜ。お前に関係ねえだろ」
「そういう問題じゃねえだろ。そいつが嫌がってんだから引っ込め」
俺は低い声でそう言い放ち、わざと一歩前に出た。リーダー格の男子は少しだけたじろいだが、すぐに虚勢を張るように笑みを浮かべた。
「チッ、わかったよ。冷めたわ。今日は引き上げるぞ」
彼は手を振り、仲間たちに合図を送った。ほかの男子生徒たちも、俺と水原を一瞥してから渋々従うように引き下がり始める。
だが、去り際にリーダー格がニヤリと口元を歪めて振り返った。
「ま、格好つけんのはいいけどさ。お前、そいつの噂知ってて助けてんのか?」
「……噂?」
俺が眉をひそめると、はわざとらしく声を落として言った。
「この女はな、パパ活してるってんで有名なんだよ。金目当てでおじさんと遊びまくるビッチなの。男に股開くことに抵抗ねえんだよ。ったく偉そうにお高く止まりやがって」
その一言に、思わず言葉を失った。
「おい……!」
俺が一歩踏み出すと、そいつは慌てて後ずさり、悪びれた様子もなく笑った。
「まあ頑張れよ。お前みたいな正義感ぶってる奴には、あんまりお似合いじゃねえだろうけどな」
そう捨て台詞を残し、路地の向こうへと消えていった。
しばらくして、俺は深くため息をつき、水原の方を振り返った。
水原は顔を伏せたまま、黙り込んでいる。その沈黙が答えのようで、何とも言えない違和感が胸を刺した。
「とりあえず、バイク乗ってけよ、水原の家まで送るから」
俺はそう言ってバイクを指さしたが、水原は小さく首を振った。
「……帰りたくない」
その一言に、俺は思わず眉をひそめた。
「はあ?」
水原は何も答えず、俯いたまま両手をぎゅっと握りしめている。
「……親と喧嘩でもしたのか?」
さらに問いかけると、彼女は小さく首を横に振った。その仕草が妙に幼く見えて、俺は深いため息をつく。
「家に帰らないでどうすんだよ?」
俺が苛立ちを隠しきれずに問いかけると、水原はますます俯いて、小さな声で答えた。
「どこかで時間つぶす。朝まで……」
「朝までって、お前な。少しは身の危険ってのを──」
そこまで言って俺は声を途切らせた。水原の目にはうっすらと涙が浮かんでいるのが見えたからだ。
「……帰りたくないんだもん」
軽く言っているように見えて、その奥には何か深刻な事情がある。そんな感じだ。
俺はガシガシと後頭部を掻きながら。
「……じゃあ、ウチくるか?」
「え?」
水原が驚いたように目を丸くする。
「だから、行くとこないならウチにくるか? 帰りたくないんだろ」
ちんまりと俺の服の袖を水原は引っ張ってきた。
「行く。行きたい。川崎くんの家」
「じゃあこれ」
水原にヘルメットを手渡し、俺はバイクのエンジンをかける。
彼女はおずおずとバイクにまたがり、俺の背中にそっと手を添えた。
「もっとちゃんと掴まらないと、落ちても知らないぞ」
「……う、うん」
彼女の小さな声が耳元に届く。俺たちは無言のまま、夜道を走り出した。