週明け、学校に行くと、リセとの関係がどこかギクシャクしていることを感じた。
カフェでのやり取りから何かが変わった気がする。リセの態度がどこか遠慮がちで、俺も何か言い出せずにいた。普段通りに接しようと思っても、形容しがたい気まずさが残っている。
昼休み、図書室で一人静かに本を読んでいると、突然水原が現れた。
「あ、川崎くん。ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「また彼氏になれってか?」
「おっ、察しがいいねぇ」
水原の軽薄な口ぶりに、俺は眉をひそめる。
「生憎だが、もう付き合う気はない」
「どうして?」
水原は首をかしげ、俺の言葉が全く理解できないと言わんばかりの表情を浮かべた。その飄々とした態度が少し苛立たしい。
「端から俺は乗り気じゃないんだよ。俺にだって自分の時間があるんだ」
「時間がもったいないってこと?」
「そういうことだ。これ以上巻き込まれるのはごめんなんだよ」
俺がきっぱりと言い切ると、水原の表情がほんの少しだけ曇った。けれど、すぐにいつもの軽薄な笑みを取り戻して。
「でも、私、本当に困ってるんだ」
その言葉に、俺は少し面食らった。今までの水原は、自分のために人を動かすのが当たり前のような態度だった。だが、今の彼女の声には切実さが混じっていたからだ。
「……白野が、元彼がまたあたしの前に現れたの」
その名前を聞いた瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。
一昨日、カフェで出会った、水原の元彼──白野晴人。あいつがまた何かしているのか?
「白野がどうした?」
俺が問い詰めるように聞くと、水原は苦笑いを浮かべた。
「川崎くんさ、一昨日の土曜日、リセちゃんと一緒に居たんでしょ。白野が、川崎くんが浮気してるって報告してきてさ。……あんな男、しおりに相応しくないってしつこく言い寄ってくるんだよ」
「それで、俺にどうしろってんだ?」
「前みたいに、あたしの彼氏のフリをしてほしい。あたしが川崎くんとラブラブなところを見せればきっと諦めてくれるはずだし」
「それで意味があると思えねえけどな。いっそ他のやつに彼氏役を頼んだらどうだ?」
俺がそう言うと、水原は苦笑いを浮かべた。
「川崎くん以上の適任がいればそうしてる」
「そんなのいくらでもいるだろ。大体、フリなんだし適当に見繕えばいい」
水原は少し考えるように目線を落としたが、すぐに俺をじっと見つめ直した。
「……川崎くんじゃなきゃダメなんだよ」
「なんでだよ?」
「川崎くんは、信頼できるから」
「買いかぶりすぎだろ」
「そんなことない。それに、他に頼れる人がいないし」
水原の目には、どこか諦めにも似た感情が見え隠れしていた。
「んな事情知るか。とにかく他あたってくれ」
「ちょ、ちょっと川崎くんってば!」
俺は席を立つと、水原から逃げるように図書室を後にした。