「どういうことかな? 君はしおりと付き合ってるんじゃなかったの?」
その言葉が空気を一変させた。
リセが驚いた顔で俺を見つめる。
「……どういうこと?」
水原は白野の対応に困っていて、わざわざ大金払って俺を彼氏役にした。ここで俺が本当のことを話したら、水の泡になる。どう答えたものか言い淀んでいると、白野が目を眇めながら続けた。
「昨日はしおりとデートして、今度は他の女とデート? いいご身分だね」
「昨日? なんでアンタが昨日のこと知ってんだ?」
「キミとしおりの関係がきな臭いと思ったからね。昨日のデートの様子を見させてもらったんだよ」
「ストーカーしたってことか?」
「そう言わないでよ。しおりから提案してきたんだ。『あたしと彼の関係疑うなら、明日のデートの様子見てください』ってね」
なるほど、だから昨日、水原は俺をまた雇って放課後デートを実行したのか。
リセの視線が鋭くなる。
「ヒロ、ちゃんと説明して」
俺はリセの視線に射抜かれ、思わず唾を飲み込んだ。
一呼吸置いてから、あくまで淡々と切り返した。
「単純な話だ。俺は水原と付き合ってる。そして今日は幼馴染のこいつと遊びに来た。それだけだ」
「へえ、堂々と浮気宣言か。強気だね」
「幼馴染だって言っただろ。俺が付き合ってるのは水原だけだ」
白野の眉がピクリと動き、嘲笑を浮かべた。
「幼馴染ね。それでカフェで二人っきりか。水原が知ったらどう思うかな?」
「どうも思わねえだろうな。別に浮気してるわけじゃない」
白野は口を開きかけたが、リセが手を挙げて静止した。
「ま、待って。ヒロ、本当に水原先輩と付き合ってるの?」
リセの声は冷静だったが、その瞳には強い意志が宿っていた。
俺は一瞬躊躇したが、結局、嘘を続ける以外に道はない。
「ああ。水原とは付き合ってる。言ってなくて悪かったな」
「そうなんだ……でも、私とヒロが一緒にいること、水原先輩は本当に気にしないの?」
「俺たちはただの幼馴染だからな。それ以上に見えるほうがおかしいだろ」
白野が鼻で笑う。
「ふーん。まあ、どうでもいいけど。ただ、あんまり都合のいいことばっかりやってると、いつか足元をすくわれるよ」
そう言い残して白野は立ち去った。
リセと二人きりになったカフェの席で、妙な静けさが立ち込めた。
リセがじっと俺を見つめる。
「ヒロ、さっきの話、本当なの?」
リセの声は穏やかだったが、その瞳には疑念が見え隠れしている。
「ああ、まぁな。水原とはなんつーか、一応付き合ってる」
リセは少し目を伏せ、スプーンで頼んだケーキをそっとつついた。
「……そう。でも、なんでだろう。ヒロ、嘘ついてるみたい。ううん、そう思いたいだけかも」
リセが顔を上げ、まっすぐ俺を見つめる。
「ヒロ。もし私が、ヒロにとって幼馴染以上の存在になりたいって言ったら、どうする?」
思わぬ言葉に、俺の心臓がピクッと跳ねた。
「リセ……?」
彼女は苦笑しながら、少しだけ肩をすくめた。
「冗談。気にしないで」
そう言いながらも、リセの笑顔にはどこか影が差しているように見えた。
「あ、あのさ……」
「ごめん、急用思い出したから帰る。今日はありがと」
リセはスプーンを置くと、足早に店を出ていった。
俺はテーブルに残された彼女のカップを見つめながら、自分の胸の奥でざわつく感情に気づいていた。