思いがけない臨時収入を得た翌日。
俺はぼやける目を擦りながら、通学路に就いていた。
「おはよ、ヒロ」
トンと肩を叩かれて振り返る。
と、そこに居たのは幼馴染の
胸のあたりまで伸びた黒髪。その髪を後ろで一つにまとめ、お団子に結い上げている。お団子の根元には、さりげなく光る小さな花飾りが添えられていて、彼女の女性らしさを引き立てている。
「ん、おう」
「なんか眠そう……。夜更かしした?」
「別にいつも通り」
「とかいって、また遅くまで働いてたとか?」
リセは腰に両手を置いて、覗き込むように見つめてくる。
「ちげーって」
「ならいいけど、でもほんと無理はダメ。わかってる?」
俺は今、一人暮らしをしている。
母親に愛想を尽かされたため、一緒に暮らせる状態ではないのだ。
一応、毎月生活できるだけのお金は振り込まれているが、それを使う気になれなくてフードデリバリーの仕事で生活費を稼いでいる。
「リセには関係ないだろ」
「関係ある。私はヒロの幼馴染だから」
リセは少し頬を紅潮させて視線を送ってくる。こういうところ、昔から変わらない。小さい頃から、彼女はいつも俺のことを気にかけてくれる。
学校に向かう道すがら、リセがふと立ち止まった。
「ねえ、今度の休みどっか行こ」
「どっかって?」
「映画とか、遊園地とか。最近ヒロと全然遊んでないから」
確かに、生活費を稼ぐために働くことを優先して、遊びに行くことが頭から抜けていた。リセはそんな俺の事情を知ってか知らずか、淡々と提案を続ける。
「それに臨時収入が入ったんでしょ?」
「なんで知ってんだよ」
「そんな気がした」
「勘かよ……」
適当なことを言うリセに、思わず苦笑してしまう。
確かに、昨日得た臨時収入のおかげで少し余裕はある。でも、それを使って遊ぶことに罪悪感がないわけじゃなかった。
「まあ考えとく」
「すぐそう捻くれた言い方する。ヒロのよくないとこ」
リセは頬を膨らませて、ジッと下から睨んでくる。
「そういえば──」
リセがふと思い出したように口を開く。
と、そのときだった。ふわりと風に乗って甘い香りが鼻をついた。
「あれ、川崎くんが女の子と一緒にいる。もしかして彼女?」
小馬鹿にしたような口調で、割って入ってきたのは水原だった。
金色の髪をはためかせながら、ニヤニヤと視線を送ってくる。
「違う。コイツはただの幼馴染だ」
「なるほど幼馴染、そっかそっか」
値踏みするように俺とリセを見つめてくる水原。
リセは俺の制服の袖をクイクイと引っ張った。
「ヒロ……この人とどういう関係?」
「どういうって、なんつうか……」
友達ではないし、知り合いか?
一応は彼氏役をやったわけだし……。
どう答えるか迷っていると、水原が先に口を開いた。
「あたしと川崎くんは特別な関係だよ。ねぇ、川崎くん?」
軽い調子でそう言いながら、水原は俺の顔を覗き込む。その目には、どこか試すような光が宿っていた。リセはそんな水原にじっと視線を向けると、頬をわずかに赤らめ動揺の色を見せた。
「と、特別……?」
「ったく、適当なこと言ってんじゃねえよ」
水原に向かって睨みをきかす。
水原は肩をすくめて笑うが、その仕草にはどこか挑発的な色があった。
「そんな怖い顔しないでよ。ごめんごめん。あたしと川崎くんはただの友達だから安心して」
「……そうですか、ならいいですけど」
リセはボソボソと小さい声で呟きながら、ぎゅっと俺の制服の袖を掴んでくる。
水原は俺に視線を一度くれると、手をひらひらと振ってきた。
「じゃあね、川崎くん。またあとで」
水原の姿が見えなくなったところで横を見ると、リセは少し頬を膨らませていた。
「なんだよ、その顔」
「なんでもない」
「いや、どう見てもなんかあるだろ」
「それよりヒロ、なんであんな先輩と話してるの?」
少し拗ねたような声色。こういうところがリセらしい。俺はため息をつきながら肩をすくめた。
「向こうが勝手に絡んできただけだ。てか、先輩って言ったか?」
「知らないの? あの人、二年生。私たちの一個先輩」
「へぇ、先輩だったのか……」
「うん。あんまり良くない噂もある」
「噂?」
「うん。で、本当はどういう関係?」
リセは目尻を尖らせて追求してくる。なんとなく、これ以上突っ込まれるのも面倒だったので、俺は話題を変えることにした。
「あ、えーっと、それより、映画に行くんだっけ?」
「え、うん。ヒロとなら行きたいっ」
リセは急に表情を明るくして、嬉しそうに頷いた。さっきまでの不機嫌さが嘘のようだ。この切り替えの速さには、昔から振り回されている。
「じゃあ、次の休みに行くか」
「ん。約束」
リセは微笑みまじりにそう言いながら、俺の腕を軽く叩いた。俺たちはそのまま学校に向かって歩を進めた。