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第4話 幼馴染

 思いがけない臨時収入を得た翌日。

 俺はぼやける目を擦りながら、通学路に就いていた。


「おはよ、ヒロ」


 トンと肩を叩かれて振り返る。

 と、そこに居たのは幼馴染の宮坂凛世みやさかりせだった。

 胸のあたりまで伸びた黒髪。その髪を後ろで一つにまとめ、お団子に結い上げている。お団子の根元には、さりげなく光る小さな花飾りが添えられていて、彼女の女性らしさを引き立てている。


「ん、おう」

「なんか眠そう……。夜更かしした?」

「別にいつも通り」

「とかいって、また遅くまで働いてたとか?」


 リセは腰に両手を置いて、覗き込むように見つめてくる。


「ちげーって」

「ならいいけど、でもほんと無理はダメ。わかってる?」


 俺は今、一人暮らしをしている。

 母親に愛想を尽かされたため、一緒に暮らせる状態ではないのだ。


 一応、毎月生活できるだけのお金は振り込まれているが、それを使う気になれなくてフードデリバリーの仕事で生活費を稼いでいる。


「リセには関係ないだろ」

「関係ある。私はヒロの幼馴染だから」


 リセは少し頬を紅潮させて視線を送ってくる。こういうところ、昔から変わらない。小さい頃から、彼女はいつも俺のことを気にかけてくれる。


 学校に向かう道すがら、リセがふと立ち止まった。


「ねえ、今度の休みどっか行こ」

「どっかって?」

「映画とか、遊園地とか。最近ヒロと全然遊んでないから」


 確かに、生活費を稼ぐために働くことを優先して、遊びに行くことが頭から抜けていた。リセはそんな俺の事情を知ってか知らずか、淡々と提案を続ける。


「それに臨時収入が入ったんでしょ?」

「なんで知ってんだよ」

「そんな気がした」

「勘かよ……」


 適当なことを言うリセに、思わず苦笑してしまう。

 確かに、昨日得た臨時収入のおかげで少し余裕はある。でも、それを使って遊ぶことに罪悪感がないわけじゃなかった。


「まあ考えとく」

「すぐそう捻くれた言い方する。ヒロのよくないとこ」


 リセは頬を膨らませて、ジッと下から睨んでくる。


「そういえば──」

 リセがふと思い出したように口を開く。

 と、そのときだった。ふわりと風に乗って甘い香りが鼻をついた。


「あれ、川崎くんが女の子と一緒にいる。もしかして彼女?」


 小馬鹿にしたような口調で、割って入ってきたのは水原だった。

 金色の髪をはためかせながら、ニヤニヤと視線を送ってくる。


「違う。コイツはただの幼馴染だ」

「なるほど幼馴染、そっかそっか」


 値踏みするように俺とリセを見つめてくる水原。

 リセは俺の制服の袖をクイクイと引っ張った。


「ヒロ……この人とどういう関係?」

「どういうって、なんつうか……」


 友達ではないし、知り合いか? 

 一応は彼氏役をやったわけだし……。


 どう答えるか迷っていると、水原が先に口を開いた。


「あたしと川崎くんは特別な関係だよ。ねぇ、川崎くん?」


 軽い調子でそう言いながら、水原は俺の顔を覗き込む。その目には、どこか試すような光が宿っていた。リセはそんな水原にじっと視線を向けると、頬をわずかに赤らめ動揺の色を見せた。


「と、特別……?」

「ったく、適当なこと言ってんじゃねえよ」


 水原に向かって睨みをきかす。

 水原は肩をすくめて笑うが、その仕草にはどこか挑発的な色があった。


「そんな怖い顔しないでよ。ごめんごめん。あたしと川崎くんはただの友達だから安心して」

「……そうですか、ならいいですけど」


 リセはボソボソと小さい声で呟きながら、ぎゅっと俺の制服の袖を掴んでくる。

 水原は俺に視線を一度くれると、手をひらひらと振ってきた。


「じゃあね、川崎くん。またあとで」


 水原の姿が見えなくなったところで横を見ると、リセは少し頬を膨らませていた。


「なんだよ、その顔」

「なんでもない」

「いや、どう見てもなんかあるだろ」

「それよりヒロ、なんであんな先輩と話してるの?」


 少し拗ねたような声色。こういうところがリセらしい。俺はため息をつきながら肩をすくめた。


「向こうが勝手に絡んできただけだ。てか、先輩って言ったか?」

「知らないの? あの人、二年生。私たちの一個先輩」

「へぇ、先輩だったのか……」

「うん。あんまり良くない噂もある」

「噂?」

「うん。で、本当はどういう関係?」


 リセは目尻を尖らせて追求してくる。なんとなく、これ以上突っ込まれるのも面倒だったので、俺は話題を変えることにした。


「あ、えーっと、それより、映画に行くんだっけ?」

「え、うん。ヒロとなら行きたいっ」


 リセは急に表情を明るくして、嬉しそうに頷いた。さっきまでの不機嫌さが嘘のようだ。この切り替えの速さには、昔から振り回されている。


「じゃあ、次の休みに行くか」

「ん。約束」


 リセは微笑みまじりにそう言いながら、俺の腕を軽く叩いた。俺たちはそのまま学校に向かって歩を進めた。

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