冬祭りのざわめきが次第に耳に戻り、俺たちは何事もなかったように歩き出した。
水原は何かを考えるように俯き加減だったが、俺が気にする間もなく、すぐに顔を上げて言った。
「あ、次は射的やろうよ!」
「は?」
唐突な提案に面食らうが、水原は俺の手を引いて近くの射的屋台に向かう。
「ほら、見て見て。景品、結構豪華じゃない?」
彼女が指さした先には、ぬいぐるみやお菓子の詰め合わせがずらりと並んでいた。中でも目を引いたのは、中央に堂々と置かれた大きなクマのぬいぐるみだった。
「あれ、欲しいな。ダーリン、取って」
「俺にやらせんのかよ……」
「彼氏なら彼女にプレゼントしてくれるでしょ?」
またしても彼氏設定を振りかざしてくる水原にため息をつきながら、俺は射的の台に立った。店主から渡された木製の銃を手に取り、景品を狙う。
「簡単に言うけどな、あれ結構遠いぞ」
「大丈夫! あたしが応援してるから!」
何が大丈夫なのかわからないが、水原が胸の前でグッと両手を握って見せる。
俺は静かに息を吸い、照準を合わせた。
──パン。
最初の一発は外れ、弾は虚しく景品の下の台に当たった。
「あ、惜しい!」
水原はまるで自分が撃っているかのようにリアクションを取る。
妙な責任感が芽生えてきた俺は、次こそ決めてやると意気込みを新たにした。
──パン。
二発目は、クマのぬいぐるみを少しだけ揺らすことに成功。
「おおっ、今のいい感じ!」
俺は最後の一発に全神経を集中させる。クマのぬいぐるみを狙い、指に少しだけ力を込め──
──パン。
音とともに、クマのぬいぐるみが大きく揺れて台から落ちた。
「やったーっ!」
水原が歓声を上げ、ぬいぐるみを受け取ると、子どものようにそれを抱きしめた。
「すごい! 本当に取れると思わなかった!」
「それ褒めてるのか馬鹿にしてるのかどっちだよ」
「もちろん褒めてるよ! ありがとう、ダーリン♡」
満面の笑顔で礼を言われると、なんだか悪い気はしない。
「で、どうする? 他の屋台も回るのか?」
「んー、そうだな」
水原は突然、真剣な表情になりながら俺を見つめた。その瞳には、先ほどまでの無邪気さとは違う、少しだけ大人びた何かが宿っているように見えた。
「今日はもういいかな。ありがとね、すごい助かったよ川崎くん」
「え、ああ、おう」
水原はふわりと微笑むと、踵を返して軽やかな足取りで人ごみに紛れていった。
「……俺、あいつに名乗ったっけ?」
まぁいいか。少し釈然とはしないが、冬祭りの喧騒を背にして俺は歩き出した。