「ねえ君、今日一日あたしの彼氏になってよ」
12月初めの昼休み。図書室。
突然の声に、俺——
どうやら俺に向かって言っていることはわかったが、俺はすぐに手元の本に目を落とした。
「え、えっと……何か言ってほしいんだけど」
「なんか用か」
「だからあたしの彼氏になって欲しいんだよ。今日一日」
「なんで。てか、誰?」
「
「ない」
「そう、なんだ。、まぁいいや。その方が好都合だし。とにかく暇でしょ。彼氏になって」
水原と名乗った彼女は、ふわりと掴みどころのない笑顔を浮かべて隣の席に腰を落とした。甘いシャンプーの香りが鼻腔をついて離れない。
「冷やかしなら他をあたってくれ」
「冷やかしじゃないよ。マジマジ、大マジ!」
グイッと顔を近づけてくる水原。
「邪魔。本が読めない」
「む。君、モテないでしょ」
「あ?」
勘に触ることを言われ、思わず首ごと振り返った。
「あ、やっとこっち見た。そーだよ、話す時は人の目を見ないと!」
「……はあ」
俺はため息をこぼしながら席を立つ。
「ちょいちょい、何逃げようとしてんの、待ってってば」
「付いてくんな」
「じゃあそっちこそ移動禁止ね。ほらほら」
「なんなんだよマジで……」
水原に促され、俺は再び同じ席に腰を落とす。
水原はニコニコと愛想のいい笑顔を張り付かせながら、ピンと三本指を立ててきた。
「日給は三万円」
「は?」
「今日一日、あたしの彼氏になってくれたら対価として支払うよ」
「……揶揄うのも大概にしろ。俺はそんなに騙しやすそうに見えるのか?」
一日彼氏になるだけで三万?
甘い話にもほどがある。大体、水原は勝手に男が寄ってくるタイプのルックスだ。
大金を払って、俺を一日彼氏にする意味がわからない。
「騙してないよ。疑うなら先払いでいいし」
「じゃあ先払いでくれ。それなら彼氏でもなんでも引き受けてやるよ」
「はいじゃあこれ」
「…………」
一瞬、身体を硬直した。
三万円を躊躇いなく差し出してきたからだ。
「何が目的なんだ?」
「だから彼氏になってほしいんだってば」
「こんな大金使って意味わかんねえ……」
「へへ、これで取引成立ね。放課後、裏門の前で待ってて」
「は? ちょ……」
「じゃ、あとでね、ダーリン♡」
水原は去り際に投げキッスを寄越すと、軽やかな足取りで図書室を出て行った。
「ったく、どうすんだよこれ……」
テーブルに置かれた現金三万円を一瞥して、俺は眉根を八の字に寄せた。