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第1話 彼氏になってよ

「ねえ君、今日一日あたしの彼氏になってよ」


 12月初めの昼休み。図書室。

 突然の声に、俺——川崎尋かわさきひろは顔を上げた。


 どうやら俺に向かって言っていることはわかったが、俺はすぐに手元の本に目を落とした。


「え、えっと……何か言ってほしいんだけど」

「なんか用か」

「だからあたしの彼氏になって欲しいんだよ。今日一日」

「なんで。てか、誰?」

水原みずはらしおり。この学校に生徒なら、名前くらい聞いたことあるでしょ?」

「ない」

「そう、なんだ。、まぁいいや。その方が好都合だし。とにかく暇でしょ。彼氏になって」


 水原と名乗った彼女は、ふわりと掴みどころのない笑顔を浮かべて隣の席に腰を落とした。甘いシャンプーの香りが鼻腔をついて離れない。


「冷やかしなら他をあたってくれ」

「冷やかしじゃないよ。マジマジ、大マジ!」


 グイッと顔を近づけてくる水原。


「邪魔。本が読めない」

「む。君、モテないでしょ」

「あ?」


 勘に触ることを言われ、思わず首ごと振り返った。


「あ、やっとこっち見た。そーだよ、話す時は人の目を見ないと!」

「……はあ」


 俺はため息をこぼしながら席を立つ。


「ちょいちょい、何逃げようとしてんの、待ってってば」

「付いてくんな」

「じゃあそっちこそ移動禁止ね。ほらほら」

「なんなんだよマジで……」


 水原に促され、俺は再び同じ席に腰を落とす。


 水原はニコニコと愛想のいい笑顔を張り付かせながら、ピンと三本指を立ててきた。


「日給は三万円」

「は?」

「今日一日、あたしの彼氏になってくれたら対価として支払うよ」

「……揶揄うのも大概にしろ。俺はそんなに騙しやすそうに見えるのか?」


 一日彼氏になるだけで三万? 

 甘い話にもほどがある。大体、水原は勝手に男が寄ってくるタイプのルックスだ。

 大金を払って、俺を一日彼氏にする意味がわからない。


「騙してないよ。疑うなら先払いでいいし」

「じゃあ先払いでくれ。それなら彼氏でもなんでも引き受けてやるよ」

「はいじゃあこれ」

「…………」


 一瞬、身体を硬直した。

 三万円を躊躇いなく差し出してきたからだ。


「何が目的なんだ?」

「だから彼氏になってほしいんだってば」

「こんな大金使って意味わかんねえ……」

「へへ、これで取引成立ね。放課後、裏門の前で待ってて」

「は? ちょ……」

「じゃ、あとでね、ダーリン♡」


 水原は去り際に投げキッスを寄越すと、軽やかな足取りで図書室を出て行った。


「ったく、どうすんだよこれ……」


 テーブルに置かれた現金三万円を一瞥して、俺は眉根を八の字に寄せた。


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