『どうしてこんな簡単な問題も解けないの⁉︎ お兄ちゃんは解けてたじゃない! どうしてお兄ちゃんみたいにできないの⁉︎ そういえば昨日また隠れてゲームしてたわよね。わかったわ、そんなだからお兄ちゃんと違って出来損ないなのね。いい⁉︎ この問題解けるまでゲームはもちろん、寝るのもダメだからね。勝手に寝たら廊下に締め出すからね。わかったら今日中にこの問題集終わらせなさいよ!』
俺の母親は有名な教育評論家だった。
出版した本はベストセラーを飾り、教育に関する講演会を開けば数分と経たずに完売する。ゆえに世間からは教育のカリスマとして認知されている。
だが、ウチの母親は教育のカリスマではない。
自分の教育が素晴らしかったのだと誤解して、自惚れ、付け上がってしまうほどに俺の兄貴は優秀だっただけだ。
『どうしてあなたはそんなに出来ないの? お兄ちゃんは塾にも行かないで、自分一人の力だけでアメリカの大学に行ったのよ? それなのにあなたときたら塾にも行かせて家庭教師もつけて……ほんと、信じられない。本当に私の子なのかしら……』
兄貴が成長していくにつれて、母親はもう一人優秀な人間が欲しくなったらしい。
それで生まれたのが俺だった。しかし、俺は兄貴とは違った。
勉強も運動も、絵心も音楽も、特に秀でたものはない。
いくら努力しても天才には敵わない。凡人だ。
幼稚園受験に失敗し、小学校受験に失敗し、中学受験に失敗し、高校受験に失敗した俺に、ついに母親は興味を失った。
『もう、あなたには何も期待しないわ。もう出てって。顔も見たくない』
かくして義務教育の終わりを機に、俺は母親から捨てられた。