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Short Story 2


治療を行い、戻ってきた私に対してクリスは苦笑いで出迎えながらも、作って欲しいものを決めていたようで。


「やっぱり、シンプルにステーキにしましょう」

「その理由は?」

「調味料とかを見る限り、それくらいしかできそうにないから、ですね……」


彼女の視線の先。

調味料棚と言うべき場所へと視線を向けてみると、そこにあったのは2つの瓶。

胡椒と塩のみだ。

当然ながら、煮込み料理などを作る場合は他にも必要なものは沢山あるだろう。

手元にある肉が丸鷄など、出汁の取れる肉類だったらいざ知らず、リアルでも取り扱った事のない食材を使って出汁を取るのは中々にハードルが高い。


彼女のそのリクエストに頷き、私は熊肉の塊を2枚分のステーキ肉へと切り分けた後、強めに塩を振る。

前にリアルの方で見た料理動画でやっていたことを真似ているだけだが、効果はあるのだろう。

確かあの時、動画の投稿者は……中の臭い水分を塩によって抜けさせるとか何とか言っていたはずだ。

先ほど生で食べた時のフォレストベアの肉は獣臭さが強く、普通ならば食べられるようなものでは無かった。軽減出来るのならばそれに越した事は無いだろう。


「で、そろそろ気になって来てると思うけど。【料理】を取ろうと思った理由は」

「理由は?」

「簡単に言えば、【解体】補助のアイテムのコストがやっぱり高かったのが1つ。もう1つはキャンプ料理とか作れたら楽しそうじゃない?」

「いや、あぁ……えぇっと、うん。そうですね」

「お、諦めたねぇ」


肉に水分が浮かんでくるのには少し時間が掛かるため、ちょっとだけだが雑談タイムだ。

と言っても、話題は私が何故【料理】を取ろうとしているのかというのに焦点が当てられる。

事実、クリスに話した事に間違いはない。

安価で元々取ろうと悩んでいたものを狙えるのならば狙う。元が取れるのも分かっているのだから尚更だろう。


それに掲示板の方で見かけたが、やはり悪食家といえど食材をそのまま食べるよりは調理して食べた方が得られる効果が強まり、尚且つ効果時間も増えるらしいのだ。

それならば暇があるならやっておけばいい。そういう事だ。


「まぁ本当にそれくらいの理由しかないんだよ。……マジでナイフ高かったし」

「あれは……まぁそれだけ【解体】が貴重って事でしょうね……」

「単純に収入増えるしね」


得た素材を売れば、その分収入が増える。

当然、スキル無しで解体しても素材を得られるが、スキル有りと比べれば数も質も段違いだ。

収入に直結するからこそ、需要があり、需要があるからこそ値段が上がる。

そう考えれば、プレイヤー達のように狩り続けてスキルを得ていく手合いはNPCにとっては有り難くも厄介な相手だろう。


「でも【料理】も重要だぜ?少なくとも今後を見据えるなら絶対持っておいた方が良い」

「そうなんですよね。一々街で売ってる物を買ってたらそれだけで収入減りますし……」

「プレイヤーメイドの方が、何処かのタイミングで良い効果出たりしそうだしね」


そして【料理】。

こちらは将来的にプレイヤー向けに高騰するのが予想出来るスキルだ。

現状はゲームが始まったばかりで、【解体】以上に重要視されていないものの、物を食べて強化される仕様上、避けては通れない道に鎮座しているのがこのスキル。

これがあるのとないとでは継戦能力に差が出るのは明らかだろうし、いざとなったら適当な獲物を狩って調理できるというのは分かりやすいメリットだろう。

掛かるコストも精々調味料など、安く手に入れようと思えば幾らでも安く出来るものと考えれば……その恩恵は計り知れない。


既に【料理】を専門としているプレイヤーが初期拠点の何処かで店を開き始めたなんて話も聞いている。

それくらい一部のプレイヤーの間では既にホットなスキルではあるのだ。


「……ん、良い感じかな。ペーパーとかある?」

「えぇっと……ありました」

「オーケィ。じゃあ続きやろうか」


塩によって中から出てきた水分を、クリスから受け取ったペーパーで拭き取った後。

【料理】の付与されているフライパンをインベントリ内から取り出した。

見た目はただの鉄のフライパンではあるものの、何かしらの力が込められているのが直感的に分かる……というのは、ゲーム的な補正だろうか。


通常、鉄のフライパンは使用前にから焼きや油ならしなどと言った手順を踏む必要があるのだが……どうやらこのフライパンはそれをする必要はないらしく。

そのままキッチンに備え付けられたコンロへと置くと目の前に半透明のウィンドウが出現した。


「あぁ、料理ってそういう感じ……なるほどね」

「?……あ、もしかして個人閲覧系ですか?」

「クリスちゃんに見えてないってことはそういう事だろうねぇ。手動か自動か選べって選択肢が出てきたよ」


そこに記されていたのは、この後行う料理をどういった手順で行うか、という選択肢。

手動を選んだ場合は自分が思い描くように自由に、自動の場合はシステムが代行して料理してくれるというものだ。

これらのメリットとデメリットは分かりやすい。


まず手動の場合では、自分の好きなように料理が出来るというのが一番大きいメリットだろう。

このゲーム内に存在するかは分からないが、アレルギーなんかがあった場合、原因となる物を調理前に取り除くことが出来るというのも利点の1つだ。

しかし、だからこそ。

時間が掛かる、というのが最大にして明確なデメリットとして手動調理における壁なのだろうと察することが出来る。


対して、自動調理の場合。

こちらは手動動作と相反するように、時間を掛けることなくすぐに調理が終わる……とウィンドウには書いてある。

MMOは無数のプレイヤー達がリソースを食い合い、時間を掛けて強くなっていくものだ。

調理に時間が掛からないというのはその点においてメリットと言える。

だが、しかし。

私が見ているウィンドウには『自動調理の場合、スキル【料理】を発現することはありません』と御丁寧に記載されていた。

NPCや、店を持ち大量に料理を短時間で提供しなければならない状況のプレイヤーならば兎も角、【料理】を得る為に調理をしようとしている人間からすれば明確なデメリットと言えるだろう。


「まぁ、私は手動一択だね」

「【料理】を得る為に買ったのに、可能性すらないんじゃ本末転倒ですもんね」

「それだけじゃあ、ないんだけども」

「?」


そして他にも、自動調理では抜きたい食材を抜くことが出来ないといったデメリットも存在する。

正直な話、私に好き嫌いはないのだが……否。

摂取することはできるのだろうが、嫌悪感が先に来るモノが少なからずあるために、こちらの方が重要と言えば重要なのだ。


そんなことを話しつつ、私は手動調理を選択しインベントリ内から油を取り出そうとして手を止める。

このゲームで文化的な食事をしていたのは各拠点に存在するNPCが営む食事処だけであり、即ち何が言いたいかといえば。


「クリスちゃん、ここのキッチンって備え付けの油とかあったりするかな?」


手持ちに油として使えるものなど持っていないのだ。

私に話を振られた彼女は苦笑いしつつも首を横に振り、自身のインベントリ内から先程ステーキ肉を切り分けたフォレストベアの塊肉を取り出した。


「まぁ、今回はこれで代用しましょう」

「あー、確かに。肉の脂でも十分問題ないだろうしね」


クリスに言われた通り、フォレストベアの塊肉には脂身がこれでもかという程度には付いている。

それを必要最低限……どれほどが最低限かは分からないものの、リアルのスーパーで見るサイコロ状の牛脂1個程度の大きさに切り取り、フライパンへと投下した。


火を付け、火力を最大まで上げ少し待つ。

すると、脂身が溶けていき少しばかり獣臭い匂いが周囲に漂い始めた。

ある程度フライパンを熱した後に、ステーキ肉2枚を焼き始める。


「うん、良い匂い。本当はバターとかあった方が良いんだろうけどね」

「今度やる時は買いましょう」

「そうだねぇ」


大体片面を1分ほど焼いた後、ひっくり返して30秒ほど焼き付ける。

そしてフライパンから一度外し、肉を休ませる……のだが。


「ちょ、マイヴェスさん?」

「いやぁ、本当はアルミホイルとかあれば良いんだけどね?ないじゃん?」

「いやそうですけどそれは……」


焼いたステーキ肉を休ませる先は、まな板の上に取り出した私の【森狼の長包丁】の刃の腹のだ。

肉を休ませる、という行為から見れば間違いでしかないだろうが、一応鉄製ではあるし、アルミホイルも無いしで代用品も見当たらないのだから仕方がない。


ステーキ肉を乗せたまま、熱が冷めていないフライパンの上へと【森狼の長包丁】を橋にする様に乗せる。

あくまで間接的に、直接肉に熱が通らない様にするのが目的である為これで良い。


そして2、3分ほど経った後。

油をきちんと拭き取ったフライパンの上に、再度肉を乗せ両面焼いて完成だ。


「はい、今回は素材の味を楽しむ為に塩胡椒のみのフォレストベアのステーキだよ」

「匂いは……獣臭くはないですね」

「そうだねぇ。やっぱり血とかが臭いのかな……よし。イタダキマス」


備え付けの皿に乗せ、宿のテーブルの上へと移動して手を合わせる。

簡素ではあるが、このゲーム内で初めてしっかり調理した自前の料理だ。味わって頂くとしよう。


ナイフで肉を切り分けようとすれば、少しばかりの抵抗の後、スッと切れていく。

筋を切ったりなどの処理をしていなかったから心配だったが問題はないようだ。

断面は薄いピンク色。何かしらのデバフに掛かったとしても、最悪神殿に駆け込めば良い為にこちらも問題はない。


恐る恐るその一切れを口に運ぶ。

すると、だ。

先程食べた生の状態からは想像が出来ない程に、肉の旨みが口一杯に広がった。

臭みはほぼ無く、しかし淡白というわけでもない。寧ろ、下手な牛や豚なんかの肉よりも旨味が強く、塩胡椒だけでも十分に1つの料理として完成していると言えるほどだ。


だが、同時に旨味が強すぎるとも思う。

これ単体ならば良いものの、他と組み合わせる場合……熊肉の旨味が他を覆い隠してしまうほどに強烈なのだ。


「うーん、これはカレーとか風味が強い料理に使ったほうがいいかもねぇ」

「下手に野菜炒めとかにすると個性が出過ぎるかもですね」


美味いことには美味い。

しかしながら、扱いが難しい食材だと言うのが私の感想だった。

このゲーム内で食べてきた他のジビエ系の肉に比べると、という注釈は付くのだが。

だがこうして食べていると、少しだけ考えてしまう事がある。


「ねぇ、クリスちゃん」

「なんです?」

「私達、今回はステーキを作ったわけじゃん」

「そうですね」


私の言いたい事があまり分かっていないのか、困惑を浮かべつつ返事する彼女に、にっこりと笑いかける。


「世の中……あぁ、リアルの方ね。そっちだと色んな料理があるよね」

「ありますね。今回の熊肉も調べると……うん、色々調理法が出てきますし」

「そう、それだよ。……もしかしたらさぁ、この【料理】ってスキルに関わるコンテンツって、インスタントとか缶詰とか作れたりしないかな?」


その言葉に、クリスはハッとしたように目を見開いた。

当然のことながら、現実に存在するインスタント食品や缶詰製品のような高い品質のものは作り出すことは出来ないだろう。

しかしながら、可能性として。

料理ツリーなどによって獲得するスキルや、まだ見ぬ新スキルを使えば、類似品程度なら作れる可能性は存在する。


「確かに……そうですね。ちょっと調べてみましょうか」

「次の目標になるかもしれないしねぇ。現状はサンドイッチとかそこら辺は作れてるんだっけ?」

「そうみたいです」


二人してゲーム内の掲示板を覗きつつ、それらの情報を集めていくと。

現状、私のようにインスタント食品などを作り出そうとしているプレイヤーは複数いるらしいものの、まだ誰も成功はしていないようだった。

だが再現されていないのならばそれはそれで入っていける隙間があるという事でもある。

といっても、だ。


「……インスタントとか作るのに必要なスキルって何だろうなぁ」

「瞬間冷凍とか出来るスキルですかね……ちょっと探してみましょう。あとそれっぽい行動とか」

「色々と凍らせるとか……いやそれも結構難しいな。それにインスタントにするのが瞬間冷凍だけってわけじゃないだろうし」


兎も角、目標は決まった。

幸いにして、まだ攻略していないエリアは多い。

まずは攻略エリアを増やし、必要そうなスキルを増やしていくのが良いだろう。

でもそれをする前に。


「とりあえず、目標も決まったし食べちゃおうか。コレ」

「ふふ……そうですね」


まずは、目の前の食事に集中するとしよう。


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