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14食目 食うは易く、失うは難し


ここから先は所謂タッチ至近の距離だ。

手で触れようと思えば簡単に触れられる距離にピアサの胴体の羽毛が存在し、ピアサ自身が怪我を厭わぬ自爆特攻的な攻撃をしてくれば、全て避けきれずに被弾する距離。

しかしながら、逆に言えば私の攻撃もピアサは避けることが出来ないと言う事だった。


流石にこの距離まで近づいてしまえば、私のメイン武器である鮪包丁は取り回しが良いとは言い難い為、素直にインベントリ内の出刃包丁と入れ替え、空いている左手には使っていなかった投げナイフを持つ。

ここから先は今までやってきた細かい事は必要ない。何せ、ここまで辿り着くのが一種の目標であり、ゴールであり、私と言うプレイヤー悪食家が一番このゲームで活きる距離なのだから。


さぁ、It's 食事のmeal 時間だよtime


言葉と共に、投げナイフを力任せに目の前の羽毛へと突き刺した。

投げナイフはその性質上、斬るというより刺すという行為に向いた作りとなっている。

そんな道具を強化された膂力を以って突き刺したのだ。柄の部分以外が肉の中へとめり込み、簡単には抜けなくなってしまうがそれで良い。

ここからはゲリとの戦闘の焼き増しのようなものなのだから。


痛みに耐えかねてか、それとも至近すぎる距離にいる私に距離を取らせるためかその身体を横へと回転させようとしたピアサに対し、私がとった行動は単純だ。

ただ、駆け上がる・・・

即席で出来た投げナイフの足場が横へと過ぎていく前に腕に力を入れ、足で地面を蹴り跳び、二段目の跳躍の足場として投げナイフの柄を利用し更に跳ぶ。

思えばこの戦闘が始まってから空中にいる事が多いななんて今は関係のない事が頭に過りつつも、二度の跳躍を経た私は目的地へと到達した。


そこは、ピアサの背中。私が斬りつけた怪我が治り切っていない、血に濡れた漆黒の足場だ。

今更血に汚れるなんて事を考える意味もなく、私はすぐに空いている左手に、腰からもう一本の投げナイフを手に取ると同時にその背中へと突き刺した。

ピアサが叫び、身体を大きく揺らしながらボス戦用のエリア内を駆け回る。

私を見失ったからか、それとも突然背中に走った痛みに耐えかねてなのかは分からない。

だが、私はこれよりも激しいロデオを既に右手が使えない状態で経験しているのだ。

キチンと掴むことが出来る物があり、狼よりも速度が出ない元人面鳥の背中など、安定し過ぎて逆に思わず笑みを浮かべてしまう程楽だった。


しかしながら、これで終わりではない。

寧ろ、ここからが本番だ。

右手に持っている出刃包丁をゆっくりと羽毛へと這わせる。やはりというか、ピアサの鳥の部分の身体は普通に考えると柔らかすぎる。這わせただけで血が滲み、油断すれば刃がそのまま入っていきそうになってしまう。これならばフォレストウルフなどの方が硬いくらいだ。

だがそれにも理由があるのが今なら分かる。

この柔らかさは、正しい意味で変態する上で必要なものだったのだと私は考えていた。

何より、人面鳥の部分を傷付ければ傷付けるほどに今は龍である部分が増えている。

その最たる部分は頭部だろう。


「鳥と爬虫類って味が似てるらしいよね。まぁ私は爬虫類を食べたことがないから未知ではあるんだけどね?」


意識して留めていた出刃を、ゆっくりとピアサの背中へと落としていく。

殆ど抵抗なく入っていく刃を見つつ、このボス戦に挑む前に色々と約束をしていたのを思い出した。


「おっと、危ない危ない。……これって切り取ってインベントリの中に入れたら保存されるのかな」


自分用に切り分けようとしていた手を止め、ざっくり大き目の四角を出刃で描き鮪の頬肉を取り出す時のように抉る。

ピアサの悲鳴のような叫び声と、それに伴って揺れが酷くなったものの問題はほぼほぼ無い。

完全に肉塊がピアサの身体から外れた事を確認してから、出刃を持っている方の指でその肉塊に付いている羽毛を掴み引き上げてみる。すると、だ。

まず、白いというイメージが先行する肉がそこにはあった。

当然、全てが白ではなく血によって……色鮮やかな3色の血によって汚れてはいたものの、それでも肉の輝くような白さが目を惹いた。


そう、白いのだ。

鶏肉の白さでも、白身魚のような白さでもない。単純に、脂が多すぎて白いのだ。

これを食べたら胃もたれでも起きそうだなと少しだけ思いつつも、光になって消える様子が無いためインベントリ内へと仕舞い、改めて自分用に肉を切り分けるために出刃を握り直す。

この間にもピアサのHPは減っていき、背中に居る私をどうにか振り落とそうとしているのか暴れているものの。ゲリのように背中を地面に擦り付けるなどの行動をしない限りは私は離れる事はないだろう。


腹側ではないというのに脂が多い肉を見た後では、一度に多く口に含んでしまうと色々と自分アバターの胃腸が心配になってしまうため、まず最初は薄めに、刺身のように薄く切り離す。

背中からそのまま切り離しているために羽毛がついてくるものの、悪食家としてはこれくらいが丁度良いだろう。

指でつまみ、血が滴るそれを口へと運ぶ。


「……ッ?!」


次の瞬間、私の口の中から肉が消えてなくなった。

光になって消えたわけではない。物理的に溶けて消えたのだ。

苦く、甘く、そして辛い。3つの刺激が私の口の中を襲い、それでいて残された羽毛によってちょっとだけ後味が悪い。

だが、不味いわけではない。寧ろ3つの刺激が隠してしまっているものの、このピアサの肉には微かな旨味が存在していた。


【悪食家:バフを獲得しました】

【『固有バフ:鳥継(白)』:20s】


鳥と言えるのかどうか分からないものの、一応は鳥であろう存在の肉を食べたのだ。

少しだけ食中毒などを心配していたものの、悪食家の胃はそこまで軟ではなかった。

何なら私に対して力を与えてくれたのだからいつの間にか浮かべていた笑みが深くなる。

今までよりも強い治癒能力。それと共に、与えられたのは強力な食欲だった。

『餓狼』の時のような飢餓感ではない。

単純な食欲。

目の前のものを食べたいと思う純粋な欲求だ。


確かにこのゲームをプレイしているときに私は食欲というものを感じたことは多くある。

単純に食べたいと思う気持ちは多々あった。

しかしながら、今回与えられているのはそんな純粋な心から来る食欲ではない。

食らい続けたい。周りを見境なく良し悪し味も関係なく。ただただ食らい続けたいというだけの食欲を与えられただけだ。

これは俗に言う、『暴食』と言われる奴だろう。


「君がそういうモノを与えてくるなら、良いぜ私は。君を食らいつくそうじゃあないか」


当初懸念していた胃もたれをする様子はなく。

それならばと、私は出刃包丁をピアサの背中へと突き立て大きく口を開き、その柔らかい肉を噛み千切る。

口の中の温度によってすぐ溶けてしまったために分からなかったが、歯に当たった感触はゼリーに近い。

食らい、生の鳥肉と血のスープと化していくそれを飲み込んでいく。

悪食家の特性が発動し、加速度的にバフの時間と食に対する欲求が増していった。

延々とそんな事を暴れるピアサの上でやっていれば。突然、揺れが収まっていく。

肉を食らいながら周囲へと目を向けてみれば、ピアサは残っていた骨の小山の前で止まっているようで。

何をしようとしているのかは明白だった。


こちらは食らう事で力を得て。

あちらは食らう事で治癒を行う。

結果は違えど、過程は同じ。だが、ピアサは知らないのだろう。

こちらは食べようと思えばいくらでも食べる事が出来、尚且つそれは力へと繋がり、最終的に新しい力を手に入れる。

しかしながら、ピアサはそうではない。

自身を治癒するだけで、先はない。数ある骨の小山がなくなればこの場には食べるものはなくなってしまう。だからこそこれは出来レース。

ゴールが見えていて、尚且つ最終的に勝てるレースにピアサ自身が参加してきたのだから、私はそれを快く迎えよう。


「よーいドンなんて合図はないぜ?お互い、行儀よく食べるなんて出来ないだろうし」


心の中で合掌しつつ、再度小さく食事の挨拶を行って肉を食らい続けた。

血に塗れ、周囲が暗転し身体が熱を持ち、呼吸が苦しくなってくる。

だが食らう。『鳥継』の効果によってデバフについてはすぐ消えていくのだ。

減ったHPは一瞬だけ私の力となって回復し、食事を続ける気力が養われていく。


だがピアサの方も食らい続ける。

自身が今まさに文字通りすり減っていっていると言うのにも関わらず、目の前の骨を食らう。

元人面鳥が食らっている間は無尽とも言えるそれを食らい続ける。

しかしそれを許すわけにはいかない。


腰に下げた投げナイフ、残り3本となったそれを見ずに空いている手に取り。

一瞬だけピアサの背中から顔を離して投擲する。

狙いは勿論、ピアサが今まさに食らっている骨の小山だ。

ステータス強化の乗ったその投擲は、狙い通り骨の小山へと命中し骨を散らすようにしながら破壊する。

破壊された骨の小山はそのまま光となって消えていくが、これによって均衡状態だった大食い勝負は一気に私へと傾いた。

ピアサはすぐさま次の骨の小山へと移動を開始するものの、私にはインベントリ内含めてまだまだ投げナイフも、骨の小山を崩すのに十分な威力が出るであろう素材も多く持っているのだから。


そんな状態でお互いに食い続けた末、辿り着くのは片方が動けなくなる未来。

私の跨る下で、ピアサはその足を一歩も動かす事も出来ず。ただ私が肉を食らうに合わせて身体をびくりと震わせるだけの存在へとなり下がった。

だが、流石に強力な治癒能力持ちだからだろうか。

私が食らい続けているというのに、HPバーの最後の1メモリだけは削れない。

否、微量には削れているのだろう。しかしながら、持ち前の治癒能力を使い耐えているのだ。

足を動かせないのではなく、足を動かすようなリソースがあるのであれば回復に回しじっと耐えている。

ここで変な対応をしたら突然HPが一気に回復して襲い掛かってくる……なんて事もありそうだ。


だから私は体勢、というよりは食事の姿勢をそのままに。

出刃包丁からインベントリ内の【森狼の長包丁】へと入れ替える。

食事をしながらという行儀が悪い状態で申し訳ないと思いつつ、そんな事は今更かと私は鮪包丁をピアサの身体へと突き立てた。

だがそれで終わりではない。


「そろそろ出てきて良いよ、影狼ッ!」


私の身、一つでは出来る事は限られている。

だからこそ、事前に呼んで隠れさせておいた影狼をここで呼ぶ。ぐりぐりと鮪包丁を掻きまわしながら、影狼にもピアサの大きな首へと攻撃させる。

ここで気になるのは影狼という召喚された存在に対して、私の持つスキルが適用されるか否かという点だ。そしてその疑問に対する回答は、目の前で行われる。


影狼が噛み付くと同時。ピアサの首の大半が何かに食われたかのように抉り取られた。

少なくとも影狼がそんな得体の知れない噛みつき攻撃が出来るとは聞いたことがないし見た事もない。

【首狩り】か【範囲拡張】か。恐らくは常時発動型の【首狩り】の方だとは思うものの、スキルが影狼にも適用されるのが分かってしまい、それはそれでこれからの戦闘が楽になるだろうと笑みを深くする。

だが、それも長くは続かない。

私の跨っていた存在が光へと変わり始めたためか、そのまま地面へと落とされたからだ。


【【無尽食 ピアサ】を討伐しました】

【初回討伐特典:『無尽食 撃破報酬』】

【ソロ討伐特典:『無尽食 素材箱』】

【『ライオット草原』を攻略しました】

【称号:『草原の攻略者』を取得しました】

【第二拠点『ヘロミア』が解放されます】


ボス戦が終わったらしく、ログが流れた。

少しばかり茫然としてしまったものの、その事実をきちんと理解して喜んだ。

何やら確認しないといけないだろうものも流れた気がするものの、今は良い。

あの嫌らしい笑みを浮かべ、龍にまでなった人面鳥に1人の力で勝てたのだから。


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