ピアサも私も、両者ともに最初の焼き増しかのように行動を開始する。
目の前の人面鳥は私を飲み込もうと走り出し。
私はそれを避けるために横へと跳び躱す。
以前と違う点は、私が未だに【飢餓の礎】を使用していない点だろう。
どう行動するのか分かっている状態で避けるのに強化は必要ないと判断したためだ。
私に避けられたピアサはそのまま骨の小山へと突っ込み、そしてまた食らいだす。
その姿を尻目に、私も行動を開始した。
と言っても、やる事は単純だ。
穴を掘る。これだけなのだから。
腰に下げたシャベルを長さを変えつつ近場の地面へと突き立てる。
『ダーギリ森林』では土砂を津波のようにしてフォレストウルフを生き埋めにしてみせたが、あそこまでの膂力は正直必要ない。
では何故穴を掘るのかと言われれば、塹壕を掘るためだ。
元々、塹壕といえば銃撃などから身を守るために掘られる溝などの事を言う。
今回は銃弾などではなく、ピアサの羽根という少しばかり違うものではあるものの、似たようなもの。ほぼほぼ水平に複数本飛んでくるのだから咄嗟に身を隠すことが出来る塹壕は十二分に効果を発揮してくれるだろう。
指の腹を少しだけ嚙み切って【背水の陣】を起動させ、私は穴を掘りだした。
そんな隙だらけの姿を晒している私に対して、ピアサは何をするわけでもなく骨の小山を一心不乱に食らい続けている。
恐らく、【無尽食 ピアサ】というボスはギミック色の強いボスなのだろう。
前回私がやられた羽根の攻撃を考えるに、あれは一種のカウンター行動であり回避する方法は幾つもあるはずだ。
例えば周囲に存在している骨の小山。これの陰に隠れるだけでも羽根は貫通してくることはないだろうし、その後の突進に関しては音やスキルによって感知できるため問題ない。
そしてそれらの行動へと移るには一定の時間が経つか、敵対しているプレイヤーがトリガーとなる行動をするかのどちらかだろうと推測した。
「個人的にはありがたいけど、ここまで分かりやすいのも珍しいなぁ」
誰が言っていたかは忘れたが、ゲームでの初期エリアやそれに近い位置に存在するボスは事前警告だったりする事もあると聞いたことがある。
今回はデバフ関係の対策とカウンター辺りを経験させてくれていると考えれば……まぁ納得がいくとは思う。
「あは、ゲームの経験が少ないから合ってるかは半々くらいっと」
【背水の陣】による強化は微量であるため、塹壕を掘る速度はそこまで早くはない。
今も1人分がようやく入れるようになったくらいしか掘れていない。
だというのに、こちらから見る限りはピアサが食らっている骨の小山はその量を減らしたようには見えなかった。
今回は私1人が入れれば良いため一度塹壕もどきから這い出つつ。
近くにあった骨の小山に対して持っているシャベルをフルスイングしてみれば、普通に崩れ光となって消えていった。
つまり何かの要因で壊されない限り、この骨の小山は消えずに残り続ける……そんな所だろうか。
兎に角。
私の方の準備は整ったのだから、ここからは真面目に攻撃を開始しよう。
「【飢餓の礎】、【範囲拡張】」
使用するスキルの順番を間違えないように気を付けながら、発声にて発動し。
【森狼の長包丁】をインベントリ内から取り出して力なく構える。
前回の経験から、相手が何かを食べている時には強力な再生能力を持っているのが分かっている。
その為、ここから先の戦闘では今のように骨の小山で食事の時間などを与えてしまうのは一番良くない。
【飢餓の礎】によって強化された状態ならばすぐにでも塹壕もどきの中へと跳び込め、尚且つピアサに鮪包丁が届く距離というのは中々に難しい。
しかしながら【範囲拡張】というスキルを得た為か、そこら辺についてはある程度心配しなくても良くなったと言えるだろう。
腰を低く落とし、鮪包丁を刀で居合する時のように構え。
そして自身の出来る最高の速度で振り抜いた。
『ッ!?』
結果は上々。
元々【森狼の長包丁】を使った攻撃でピアサの翼を切り裂くことは出来ていた。
だが今回はそれに止まらず、【範囲拡張】の効果も乗ったためかピアサの左翼を下から上に、根本からほぼ八割程斬る事に成功する。
何が起きたのか分かっていないピアサに対し、私の動きはまだ終わらない。
元々居合というものは刀を抜いた後、もう一度二度ほど攻撃してから再度納刀するような武術だったはずだ。詳しくは知らないが。
形だけでも真似たのだから、その後の動きも真似る事にしよう。
「【範囲拡張】」
身体をこちらへと向けようとするピアサの動きを細かく捉えつつ、私は鮪包丁を振り抜いた姿勢から元に戻すように。
残った左翼を斬り落とすように振り下ろす。
それと同時、ピアサがこちらへと羽ばたきを開始した。
羽根が発射され始めるのと、ピアサの左翼がその身から離れ光と変わり始めるのはほぼ同時だった。
私は鮪包丁を振り落とした勢いをそのままに、塹壕もどきへと向かって身体を回し跳び込む為に地面を蹴る。
その際足に何本かの羽根が刺さってしまったものの、デバフを獲得したというログは出ていない。
耐性薬がしっかり役に立っているようで安心しつつも、穴の中で私は一つ息を吐く。
少しばかり欲張ったものの、それでも初撃にしては良い結果になったはずだ。
前回の戦闘でも思ったことだが、ピアサの身体は意外と脆い。
HPがどう減っているかは確認できていないものの、それでもたった二振りで翼を斬り落とせるのはちょっと脆すぎると言っても良いレベルだ。
強力な再生能力持ちだからとか、そういう理由があるのかもしれないが……少しばかり警戒しつつもう一方の翼も斬り落としてしまいたい。そう考えつつも、私は羽根の散弾が止むのを待つ。
待っていた、のだが。
【外的要因を確認:デバフを獲得しました】
【『熱病』】
「……は?いやっ!」
突然ログが出現し、一瞬だけ呆けてしまう。
だがすぐにインベントリ内から解除薬を取り出し急ぎながらも飲み干せば、何処かからやってきていた身体の熱は急激に冷めていき、『熱病』の影響は消える。
現状、私は塹壕内で羽根は私の真上を通り過ぎていっている最中だ。
私が顔を出したりしてその羽根が刺さったなら分からなくもないが、そんな事はしていない。
では一体何が原因で、と思考を回す為に視線を下に向けたその瞬間。
私の足に刺さっている赤い羽根を1本見つける事が出来た。
「ッ……ここに跳び込む時の奴か!」
急いでそれを引き抜き、地面へと捨てる。
よくよく見てみればその羽根は微弱ながらも脈動しており、今も光へと変わらずそこに残ったままだった。
羽根に当たるのはおろか、刺さったままでもデバフを付与してくるというのは中々に厄介だ。
その分ダメージが少ないというのは喜んでいいのか分からないが。
否、私からすると喜べないだろう。何せ、今引き抜いた1本の羽根で減ったHPは総量の1割にすら満たないほどに少ないダメージしか私に与えていないのだから。
これでは【背水の陣】を満足に使えない。私の力が半減……とまでは言わないものの。
それでもいつも以上に戦いにくいのは確かだろう。
少しして羽根の散弾が止み、【第六感】に私が居る塹壕に向かって何かが身体を向けたような反応があった。
このまま中に居れば、塹壕は天然の餌入れに変貌してしまうため急いで跳び出てこちらへと向かってこようとするピアサを視界へと納めれば。
先ほど私が落としたはずの左翼が、何も食べていない状態の今でも少しずつではあるが再生しているのが分かった。
再生が始まるのがどのタイミングかは分からない。しかしながら、一定時間攻撃をしないというのもこのボスの前では少しだけ無駄な行為ではあるらしい。
「でも良いねぇ。前回と違って戦いになってるよ。今回」
だが、これも駆け引きという奴だろう。
少しずつというのであれば、私は先ほどと同じ流れをもう一度……次は右翼を斬り落とし、そもそも羽ばたくことが出来ないようにするまでの事。
そうすれば羽根を発射することも、デバフに掛かる事もなくなるのだから私が塹壕に潜る必要もなくなって攻撃を続けることが出来る。
そんな事を考えていたら、こちらへとピアサが突っ込んできているのが見えていた。
問題はない。それにゲリのように突進中にこちらをきちんと視認して攻撃を加えようとしてくるわけでもないため、普通に距離を取るだけで簡単に避ける事が出来る。
そのまま骨の小山へと突っ込んでいくピアサを追いかけるように、未だ無傷である右翼側に近づいていく。
結局の所、ピアサは私の事を食べようとしているだけなのだ。
こちらを己の事を狩りに来た敵だとは考えず、ただ食われに来た餌だとしか考えていないからやる事が単調になる。
今まではそれで良かったのだろう。攻撃されたら羽根を飛ばせば動かなくなるのだから。
当然、前回までの私もそうだったのだからそれに何かを言う事は出来ない。
しかし今回からは、違う。
「その翼、貰うぜ。【範囲拡張】」
今度は居合の真似事ではなく、単純に鮪包丁を上段から振り下ろすだけ。
だが先ほどとは違い、微量ではあるが羽根が刺さった事によって【背水の陣】の効果も乗っているそれは、先ほどよりも速く、鋭くその柔らかい右翼へと刃を潜らせていく。
肉と骨を断つ感触。それと共に人のような悲鳴があがるものの、実際の人ではない為に無視をする。
何かに引っかかる事もなく、【森狼の長包丁】は右翼を斬り落とすことに成功した。
それと共にバランスが崩れたのかピアサは胴体から地面へと倒れ込む。
何とか起き上がろうとも、目の前にある骨の小山へと這いずってでも辿り着こうともしているのが分かるのだが、どちらも翼がない今の状態ではまともに出来ない。
ピアサのHP残量は流石に翼を落としたからか1本目が底を尽き、2本目も3割ほどが削れている。
しかしながらそれも徐々に回復していっているのが怖い所だろうか。
「でもこれで君に攻撃しやすくなったわけだ」
こうなってしまえば、逃がす事はない。
ゆっくりと近づきピアサの首へと鮪包丁の刃を置く。
一息。
一気に力を入れ、スキルの力も相まってその人の頭を鳥の胴体から斬り落とした。
瞬間、斬り落とされた頭は光となって消えていき、それに伴ってピアサのHPが急速に減少していくのが見えていた。
否、見えてしまっていた。
通常、フォレストウルフなどの敵性モブに限るものの、首などを斬り飛ばせばHPバーの減少など見る事なく死体へと変化する。
ボスに関して言えば、ゲリやフレキは力尽きた場合全身が光と変わって消えていった。
だが、今目の前で起こっている現象はそのどちらとも違う。
ただHPバーが減っていくだけの状態で、
何かがおかしい。そう思いすぐさまピアサの死体から距離を大きくとる。
死体の近くにはまだ骨の小山がいくつかあるものの、それらを食う為の頭はもうない。
変だというならば距離を取って、安全だと思う位置から観察をすればいいだけの事だ。
「……おいおいおい、そんなのアリかよ」
HPバーが残り1本を切り、5割に達した所で減少が止まる。
そして次の瞬間に起こったのは傍目に見ていた私からしても信じられないものだった。
まず、
疑似的な四足のようになったそれは更にびくりと身体を震わせ、次の瞬間には立ち上がった。
頭の無い身体でどうやって私の事を感知しているのか、私の方へとゆっくりと身体を向けていく。
しっかりとこちらへと頭の無い身体を向けたそれは、またもびくりと身体を震わせた。
すると首から血の色をした霧のような何かが噴き出し、頭のあった位置を覆い隠す。
「流石にドラゴンはこの序盤に出てくるには早いんじゃあないかなぁ!」
霧が、晴れる。
そこには先ほどまでと同じように頭の無い首はなく。
代わりに、爬虫類の特徴的な皮膚、目を持ち、見ただけで鋭いと感じさせる歯を持った……所謂、ドラゴンと呼ばれる頭が生えていた。
何故か鹿の角らしきものが生えているがそれ自体はどうでもいい。
問題は、そのドラゴンの頭が私を視認するなり口に火を溜め始めた所だろうか。
チリチリと火花が舞う。ただの紅い火花ではない。
赤、黒、緑の3色の火花がドラゴンの口近くに舞い踊っているのを見て、私はすぐさま走り出した。
ピアサらしきそれに対してではない。
今回、まだ1度しかきちんと使っていない塹壕に向かってだ。
私がヘッドスライディングのように塹壕の中へと転がり込むと同時、火炎の津波が穴の外に押し寄せる。
自身に向けられたものでなかったならば、3色のそれは綺麗だとかいう感想も言えたのだろうが今はそんな余裕はない。
それに3色というのが今に限って言えば本当に良くない。
なんせその色は先ほどまでピアサが撃ちだしていた羽根と同じ色なのだから。普通に触れたら火炎による熱と共にどうなるかなど想像に難くない。
というか、今もデバフを獲得してはすぐに消えてを繰り返しているため、火花に触れただけでも効果がある非常に凶悪なものであるのが分かりきっている。
「……恨むぞ運営……」
流石に、というよりは私が1人で相手出来るとは思えないのだが。
だがここまでやったのだ。いける所までは行ってみよう。
幸いピアサらしきもののHP残量は最後の1本の半分しかないのだから、それを削りきればこちらの勝利が確定する……はずだ。多分。
否、確定すると信じて動くしかないのだからやる事は変わらない。
予想だにしていなかったラウンド2が始まった。