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11食目 毒も喰らわば皿まで、とは言うけれど


「いやぁすまないね、手伝ってもらっちゃって」

「これくらいは良いんですよ。でも本当に攻略の方は手伝わなくていいんですか?」

「あぁ、そっちは私が決着つけたいからさ」


ピアサ対策用の諸々を探す時、私に何が足りないかと言えば。

それは初期拠点の街の情報が圧倒的に足りていないと言うべきだろう。

ポーション類を買うのは冒険者ギルドに併設されている、冒険者向けの売店のような場所。

それ以外に行くところと言えば、アリバースの解体施設やエリックスのストレチア。

金物屋に武器屋ラッカーズくらいであって、それ以外に足を踏み入れたりしたことは殆どない。

だからこそ、助っ人という形で誰かに何処に何があるかを教えてもらう必要があったのだが……生憎と、私のこのゲーム内での知り合いは1人しか居なかった。


急な誘いに対して二つ返事で来てくれたクリスは、私の悩みをしっかりと理解し案内役を買って出てくれた。

そのおかげで私が考えていた以上に早く対策用のアイテムを買い揃える事が出来た為、感謝してもしきれないだろう。


「でも……本当にそれ・・で良いんですか?」

「あは、君もやっぱりそう思うかい?」


訝し気に見る彼女の視線は、私の左腰辺りに新たに下げられた装備に向けられている。

普通に考えれば彼女の疑問は当然だろう。


「思いますよ。シャベルって……塹壕でも掘るんです?」

「似たような物さ。知ってるだろう?私の強化が乗った時の動き」

「知ってますし身近で見てもいましたけど……それでも普通の盾とかの方が良くないです?」

「そこら辺は私の向き不向きって所だねぇ。こういうのの方が合ってるんだ、私は」

「はぁ……」


私が金物屋にて新たに買った装備の1つ。

腰に下げられるタイプのシャベルだ。凡そ30センチから80センチの間で長さを変える事が出来、それでいて私が【飢餓の礎】を使った状態で振り回しても壊れなかった為に即購入した1品だ。

但し私の持っている出刃などの包丁と同じように、一応は武器扱いではないためか、詳細なアイテム情報は見れていない。


何処かのタイミングで欲しいとは考えていたのだ。

地中にアイテムなどがある場合、どうしても掘る手段は別に必要になってくるだろうし、それ以外にもシャベルというのは色々出来る代物だ。

特に【飢餓の礎】の強化状態で壊れなかったというのは大きい。

これがあれば、戦闘中に強化された膂力を使って土を大量に撒き散らすなんてことも出来るのだから。


「それに、一応遠距離攻撃用の武器も買ったしね」

「投げナイフですけどね」

「下手に弓に手を出すよりは良いと思うぜ、私は」

「私もそれはそう思います」


そしてシャベルの反対側、右腰に下げられているのは複数本の投げナイフだ。

勿論剥き身の状態ではないし、そのまま下げているわけでもない。

ラッカーズの店主に文句を言われながらも作ってもらった、革のベルト状の吊り下げ器具に5本ほど吊り下げている形だ。

ナイフ自体はそこまで変なものではなく、単純に投げナイフ用に作られたものを買ってきてあるだけ。

本当ならばインベントリ内に入れておいても別段良いとは思うのだが、これに関しては取り回しの問題だ。


咄嗟に使えるかどうか。

どうしてもインベントリ内から引き出す時にはラグというものが生じてしまう。

それも一瞬あるかないかというレベルだと思うのだが、当然、戦闘中はその一瞬が命取りになる事が多い。

だからこそ、私は咄嗟に使う用として腰から5本。

補充、腰側のナイフを使い切った時用として、インベントリ内には15本ほどを入れてある。

恐らく慣れるまではこれでも足りないとは思うが……慣れたらこれくらいの量が一番安定するであろうし、これ以上増やすつもりも減らすつもりもない。


「で、あとは薬だけど……」

「一応2種類ずつ買っておくんでしたっけ?」

「そうだよ。即時解除型と耐性型があるんだろう?それなら両方買って使い分けた方が良いさ」


そして、一番ピアサ対策になるであろうデバフ解除用の薬。

これに関してはまだ買ってはいないものの、買うものは決めていた。

というのも、このゲーム内の薬には同じ『デバフ解除』などのカテゴリ内でも複数の種類が存在している事が分かった為だ。

私とクリスが話していたように、即時解除型の薬や、そのデバフが獲得し辛くなる耐性型の薬。

高くはなるが、そもそも一定時間そのデバフを獲得しなくなる完全防御型の薬など、細かい発動条件によって種類が分けられている。


今回私が買う予定なのは、その中の即時解除型と耐性型。

プレイヤーが基本買うのはその2つで、それ以外に関しては趣味だったり用心してだったりと殆ど買われる事はないらしい。


「あ、『暗闇』は耐性型だけで良いかな。あれに関しては入ったら入ったでそこまで問題はなさそうだからね」

「強化前提とは言え、やっぱりスキルって人を辞めさせますよね」

「それくらいじゃないとあんな化け物たちには敵わないんだから仕方ないさ」


そんな事を話しつつ、私達は薬屋へと赴いて目的の薬をそれぞれ5個ずつ購入する。

沢山買ってもインベントリ内の肥やしになるだろうし、少なく買っても足りなくなる。

どれくらいの塩梅が良いのか分からない私は、そこら辺の数に関してはきちんと情報を持っているであろうクリスに任せていた。


「あとは問題ないかな?」

「そうですね。回復類、装備類はこれで良いと思います。……後は防具系だと思いますけど」

「まぁそこは仕方ないさ。素材はあるけどしっくり来るとは言えなくてねぇ」


私は結局の所、まだ防具だけは初期装備のままだ。

ボスと一度戦い勝利しているというのにどういう事だと言われそうだが、しっくりくるものがないのだから仕方ない。

私の戦闘スタイルはどっしりと構えるタイプではなく、遊撃に遊撃を重ねる軽戦士型と言われるものだ。

それに加え、【背水の陣】というダメージに比例して身体能力が強化されるスキルを持っている以上、強敵との戦闘中にダメージを受けるのはほぼ必然と言って良い。


だが、だからといってダメージを必要以上に軽減してしまえば【背水の陣】が活きず、【飢餓の礎】のみで戦う事になるというのが現状だ。

最悪、自傷すればいいものの、そんな事をしている余裕があるかと言われれば無いとしか答えられない。

では最低限……頭や心臓などの致命傷となり得る箇所に防具を装備するというのも考えたのだが……これは先程言った通り『しっくりこない』の一言に尽きる。


遊撃というポジションは元々敵性モブのヘイトを買いやすい役割ではあるものの、そもそも攻撃自体を食らわないように立ち回る役割でもある……と私は考えている。

その為、結局の所良い装備が無いのであれば着けず回避に専念した方が動きに支障が出なかったりもするのだ。

あくまでも自論であるが、それで上手くやれているのだからこれで良いと思っている所もある。


「よし……じゃあ、クリスちゃんありがとう。次はイロハ周辺を一緒に探索しようか」

「良いですね。あ、次は私の知り合いを連れてきても?」

「良いぜ良いぜ。個人的にそろそろプレイヤーの知り合いを増やしたい所だったんだ」


クリスと別れ、私は取り敢えず新しい装備の使い勝手を確かめる為に『ダーギリ森林』へと足を向ける。

本当ならば『ライオット草原』で試した方がいいのだろうが、やはり一度敵性モブとの戦闘を挟んでおきたいのだ。

それに、


「……エリックスさんの料理で何もラーニングしなかったってことはそういう事だろうしねぇ」


恐らく、あの草原の敵性モブ達は【危機察知】か【第六感】のどちらかを持っている。

いや、普通に歩いていて逃げ出すのだから、恐らくは【第六感】の方だろう。

何かしらのスキルをメドウディアからラーニング出来ていればまた別の戦術も立てられたのだろうが、仕方ない。


そう考えつつ、辿り着いた森林へと足を踏み入れ。

腰に下げているシャベルを手に取った。

ガシャンという小気味良い音と共に、80センチまで長くなったそれを地面に突き立てながら息を浅く吐く。

既にこちらへと向かってきている気配が1つ。

速度的にフォレストウルフだろう。今となっては果物用の包丁で難なく倒せるくらいには慣れた相手だ。

しかし、今回は慣れた得物ではなくシャベルを使う。


「まぁ軍ではシャベルを使って敵対者を倒すとかなんとかいう話を聞いたことあるし?」


【飢餓の礎】を発動させつつ、軽く自身の指を嚙み切った。

これで【背水の陣】も本当に軽微ではあるが発動出来た。

では次に何をするのかといえば、


「でも現実の軍人がこんなの出来るのかねぇ」


シャベルを使って力任せに地面を掬い上げた。

次の瞬間、何かにヒビが入るかのような音が聞こえたかと思いきや……私の目の前の地面が周囲の木々を根っこごと巻き込んで宙を舞う。

ちょっとした災害のように、文字通りの土砂・・降りが局地的に発生する。

不幸だったのはこちらへと向かってきていたフォレストウルフだろうか。

獲物を狩りにきたというのに、突然土や木などが大量に真正面から襲い掛かってきたのだから。


質量的にも、制圧力的にも、そして理外的にも。

フォレストウルフは逃げる間もなく、というより寧ろいつものように私へと飛び込んできたのだからどうやっても避けようがなかったのだろう。


【スキルが発現しました:【範囲拡張】】


「……うわぁ」


自身でやったこととは言え、目の前の惨状には声を出さずにはいられなかった。

森林の極々一角が土砂や倒木によって破壊されてしまっているのだから。

しかもそれを起こしたのが自分だというのだから中々に仕様がない。

【飢餓の礎】と効果量が少ないとは言え【背水の陣】が発動している状態でシャベルを扱えば、極地的に環境破壊を行う事が出来る。

これが分かっただけでも成果としては十分だろう。


「これ元に戻る……よね?多分まぁ大丈夫だよね。うん。……とりあえず逃げておくか」


シャベルの長さを元に戻し、腰へと吊り下げた後に私は逃げるように『ライオット草原』へと走り出す。

後々クリスから聞いた話ではあるが、プレイヤーや敵性モブが破壊したフィールド上の物は一定時間経てば元に戻るらしい。

しかしながら、ボスのスキルが有用である『ダーギリ森林』は挑むプレイヤーの数は少ないとは言えない。そして私の起こした惨状は多くの人に観測され、話題にされ、そして掲示板には新規の敵性モブが出現したのではないか?と噂になっていたようだ。


話をリアルタイムに戻す事にしよう。

走り、『ライオット草原』へと辿り着いた私は一応周囲を警戒しながら腰に下げたシャベルの点検を行った。

先ほど土砂降りを起こした時に聞こえた音が何なのかと思いつつ隅々まで見てみると、


「……おっと。これはやってしまったなぁ」


元々が長さ可変式の物だからだろうか。

強化された状態で振り回すのには耐えられたようだが、柄の部分は掘った時に力が掛かった所為か少しばかりヒビが入ってしまっていた。

これだと後は2回ほど使えれば良い方だろう。

だが安全を見るならば後1回使ったらインベントリの肥やしにするか、初期拠点の金物屋へと持っていった方が良い。

後悔した所でもう遅いが……まぁ良いだろう。


次に確認すべきものが1つある。

それは土砂降りが終わった後に発現してしまったスキルの事だろう。

仕方ないと、少しばかり恥ずかしい気持ちが湧いてきたのを自覚しつつ先ほど別れた知り合いへとゲーム内通話をかけて確認する。


『【範囲拡張】っていうのは、その名の通りですよ。発動して次の行動の『範囲』を拡張するスキルなんですよ』

「……?えぇ、っと……?」

『ふふ、すいません。分かりにくかったですね。例えばこのスキルを使った後に剣を振ったとします。すると』

「あぁー、成程?その剣の幅以上に斬撃が届くとかそういう事かな?」

『そういう事です。それが剣以外にも、足の歩幅にもポーションの使用にも、そして防御の範囲にも適用されるんですよ』

「……強くないかい?」


恐らく私の感想は間違っていない。

【範囲拡張】というスキルは使えるならばどの役割でも持っていた方が良いと言えるスキルだろう。


『強いですよ?だから結構発現する確率も低いって検証結果があったはずです。まぁ発現したって事はそういう事なんでしょうけど』

「あは、ラッキーかな?」

『ラッキーですね。……これから挑むので?』

「そうだよ。良い報告を待っていてくれ」


二言三言ほど交わした後に通話を切ってから、私はボス戦用のエリア前へと移動する。

歪みがある空間を目の前に見つつではあるが、ウィンドウを出現させ薬を3つほど出現させた。

それぞれ赤、黒、緑色の液体が入った小さな小瓶であるものの。それらはピアサ対策として用意した中で一番のキモである。

コルク栓を引き抜き、その3種の小瓶を一気に飲み干すとすぐに効果が発揮したようで、私の身体は淡くそれぞれの光で光った後にログが流れた。


【耐性を獲得しました:『熱病』1h】

【耐性を獲得しました:『暗闇』1h】

【耐性を獲得しました:『毒』1h】


状態異常耐性獲得薬。

慣れて、そして攻撃力や機動力も伴えば恐らくはこの薬だけでピアサは楽に討伐出来るようになるのだろう。

だが今回が2回目、それに初回はほぼ情報がない状態で死に戻っているため、実質今回が1回目と言っても過言ではない状態でそんな事をするのは初回の二の舞になるだけだろう。


「……よし、行こう。色んな人に格好つけたんだ、今回で討伐し食らってやるよ」


一歩前へと踏み出し、ボス戦用のエリアへと侵入した。

前回と同じように登場し、前回と同じように目の前に降り立った人面鳥……【無尽食 ピアサ】は、その嫌らしい笑みを再び私へと向けた。


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