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7食目 試食は本気になりがちだ


今回のボス戦において、私とクリスの役割ははっきりと分かれる。

と言っても、ゲリとフレキの2体と同じようにこちらも2人。

それぞれがそれぞれを相手にする、というだけの話だ。


こちらへと近づいてきて、その巨体をもって暴れ回るゲリを相手にするのは当然前衛である私。

そして後方で狼を呼び出しているフレキは、後方から遠距離攻撃を行うことが出来るクリス。

そういう役回りで、だからこそ私は集中して戦う事が出来ていた。


「あはっ!ちょっと厳しいけど楽しいねぇ!」


【危機察知】、【第六感】の2つのスキルが私の身の危険を報せ、それに従って身を逸らせば。

銀の影が私の身体に薄い赤の線を付けつつ駆け抜けていく。

当然というべきか、私にはゲリの動きが見えているとは言い難い。

だがそれ自体は特別問題ではないのだ。見えていなくてもスキルが反応する。

スキルが反応すれば、一瞬身体をずらす事で避ける事が出来る。

そして飛び道具などの遠距離攻撃を使ってこない相手ならば、それを利用すれば攻撃も出来る。

一石二鳥、いや三鳥くらいあるんじゃないかと自画自賛しつつ、私は手に握った【森狼の長包丁】を握り直した。


無暗に構えたり、ゲリの攻撃に合わせて振るったりはしない。

相手が勢いよくこちらへと飛び込んできてくれるのだから、それを利用して刃を置いておけばそれでいい。

フォレストウルフに一度やったように。

しかしながら、その時よりも大きい相手に行う為、しっかりと腕に力を入れながら。


何故か頬が緩みだすものの、目だけは真剣に動かして今も私を狙い動き続けているゲリの動向を探る。

見えない。それはもう仕方がないが、それでも目で追う努力をしない理由にはならないのだから。


「……っ!そこ!」


私の真後ろにスキルの反応があった瞬間、私は深く考えずに身体を動かしていた。

大きく左へと移動しつつ、元々居た位置に鮪包丁が置かれるように。それと共に自分の出来得る限りの力で腕に力を入れる。

その次の瞬間、背後から強烈な衝撃が私の右腕を襲った。

下手をすれば腕がすっぽ抜けるんじゃないかと思うほどに強く、獣の叫び声を伴っている。


【身体的損傷を確認:デバフを獲得しました】

【『脱臼』、『右腕損傷』、『骨折』、『出血』】


人間は案外、前に倒れる動きには強い。

倒れず、衝撃を受け切った私のHPは大きく減ったものの、その場に立ったまま。

鮪包丁から手を離し、私は大きく右に身体を反転させながらインベントリ内から左手に出刃包丁を取り出してにっこりと笑う。

視線の先には、左頬の辺りまで鮪包丁が到達し、血を流しながらこちらを睨む銀の大狼の姿があった。


言葉は交わさない。

交わしている暇が勿体無いから。

だがその代わりとして私は反転した勢いそのままに、その場で地面を蹴った。

攻撃をするためではない。

その下準備をするためだ。


ぐんと私の身体が前へと引っ張られ、ゲリの顔へと近づいて行く。

ゲリは攻撃されると思ったのかその場から離脱する為に動き始めるものの、お互いの距離が近過ぎる事、そして右腕がボロボロになった影響で発動しているのであろう【背水の陣】の効果によって、彼が動く前に私が目的地へと辿り着いてしまう。


――それは、今も刃が抜けないまま深く左頬に刺さっている【森狼の長包丁】。

私はそれを足場にするように跳び上がり……そして、ゲリの背中へと跨るようにして着地する。

瞬間、何をされるのか分かったのかゲリは激しく身体を揺らし始めたものの。

振り落とされないように、私はその無防備な背中に対して出刃包丁を突き立てた。


目に見えないくらい速い?当然だ、相手は四足で走る獣なのだから、二足の人間とはどうやったって出力が違う。

だからこそ追いつくことが出来ない?

ならば、追い付かなくても良い。追い付かずとも攻撃出来る状況を作り出せば良い。

言葉にすれば単純ではあるものの、私はその状況に辿り着くために右腕一本分という大幅なHPを削り、スキルに頼った。

結果として、私は曲芸のように、ロデオのように暴れるゲリの背中へと辿り着く事が出来たのだ。


しかしながらここから先の事を全く考えず、何となく出来ればいいな程度で行動してきたツケが、ここにくる。

フリーである右腕は破壊され、内側から骨が出てきてしまっているのか出血が止まらない。

そんな状況で物を握れるはずもなく、どんなに動かそうと必死になっても指を動かすことは出来なかった。


「……うぅん。そうだねぇ」


だが、出来る事がないとは言わない。

寧ろ1つだけなら出来る事がある。

あまりにも私向き・・・・・・・・な唯一の方法に少しばかりの自嘲気味な笑みが漏れつつ、大きく息を吸い込んで、


「――イタダキマス」

『――ッ!?』


銀の毛が生え揃っている、その傷一つ無い背中へと噛み付いた。

噛み付き、そして噛み千切る。

思えば、私は最初にこの『ダーギリ森林』へと足を踏み入れる前からこの方法を知っていた。

あの時木の樹皮を食んだ時から、この身体アバターが『食す』という行為だけは何の補正も無しに強力なモノである事を知っていた。

そして今はスキルによって、全ステータスが向上している状態で。

骨とはいえ、鉄で補強された包丁が入っていく程度には柔らかい狼の身体を食らうのは造作もない事だった。


口の中に広がる、獣の香り。

それと共にぶちぶちと歯に当たる筋繊維と、特有の酸っぱさ、血の濃厚な鉄の臭いの奥。

そこに僅かではあるものの、この【飢餓狼 ゲリ】というボス食糧の旨味とも言える部分を味わう事が出来た。

それは甘み。

肉の脂が発する甘みを、私はしっかりと舌で感じる事が出来たのだ。


【悪食家:バフを獲得しました】

【『固有バフ:餓狼』:60s】


そして私のその行動を称賛するように、補助するように悪食家の特性が後を追いかけてくる。

瞬間、私が感じたのは力が漲る感覚ではなく……空腹。

目の前全てを食らってやりたくなる程に強烈な空腹が私を襲い、更にゲリの背中を食らう速度が上がっていく。

一瞬、これはデバフではないかと思ったものの、このゲームでは確かに空腹というものはバフなのだろう。

何せ、『空腹は最高のスパイス』とよく言うのだから。


だが、そんな私を邪魔するように目の前の食糧は……否。

【飢餓狼 ゲリ】は身体を暴れさせる。

身体を震わせ、広場を駆け回り、時に跳ねる事で私をどうにか振り落とそうとするものの、私は離れない。

勿論、そのまま出刃包丁に捕まっているだけならばすぐに振り落とされていたことだろう。

しかしながら。隙を見て、食うにつれ広がっていくゲリの傷口に手を突っ込み、強引に掴まればそう簡単には振り落とされない。


「離さないさ!良いから黙って食われてろッ!」


食らう。

食らい続ける。

揺れる視界の中、私は左手でまだ繋がっている肉を掴み、空いている口を使って強引に肉を喰らっていく。

当然口だけでは上手く噛み付くことが出来ない位置も存在するが、それくらいならば強引に前歯で刮ぎ取り食べていく。

そんな事をしていれば、このゲームの性質上ある現象がほぼ確実に訪れる。

それは、


【スキルをラーニングしました:【飢餓の礎】】


スキルのラーニングだ。

食用可能なモノを食べていればスキルを得る事があるこの世界で、ある種私のこの戦闘法が肯定された瞬間だった。

新たなスキルである【飢餓の礎】を手に入れた私は既に【背水の陣】が発動しているのにも関わらず、更に何処かからか力が湧き出るような感覚を味わっていた。

だが、それを詳しく精査している時間は無い。

そのまま背中でゲリの踊り食いを続けられているならば見る余裕も何処かのタイミングで出来ていたのだろうが……そう易々と行かないのが現実だ。


ゲリは私を本気で振り下ろそうと、どうにかして自身が食べられるのを止めようと。

その背中を、犬が飼い主や強者に向けて腹を見せる時のように地面へと擦り付け始める。

そのまま背中に跨りながら食らい続けていればゲリと地面の間に挟まり、尚且つ巨体による擦り付けによってすり潰されてしまうだろう。

幾らステータスが強化されているとはいえ、今の私のHPは少ない。

何せ、今も『出血』のデバフによるものなのか、HPが継続的に減り続けているのだから。

つい舌打ちをしつつ、私はそんなゲリの行動に巻き込まれないように背中を蹴って離れていく。


「うん。色々分かった事はあるし、これが一番良いかな……」


地面に着地した私は、そのまま今も地面に背中を擦り付けているゲリから距離を取る。

新たにインベントリ内から軽くて取り回しのしやすい果物用の包丁を取り出し、軽く左手でくるくると回す。

【背水の陣】の効果で全ステータスが強化されているのは分かりきっている事。

だが、私の身体は今も刻一刻と力が溢れ……それと共に先ほどから感じている空腹感が強まっていっているのを感じていた。

空腹感は『餓狼』によるもの、と考えていたがどうやらこの急激な感じ方は違うようで。

試しにステータスを開いてみれば、私の満腹度は毎秒とはいかないものの、通常よりも早い速度で減っていっているのが目に見えた。


恐らく、これが【飢餓の礎】の効果だろう。

『満腹度をコストに、ステータス強化を付与する』。

良い効果であると共に、危険な効果であるというのがよく分かる。

既に満腹度の低下に伴って『倦怠感』などと言ったデバフが追加で付与されているのが見えているが……しかしながらそんな影響は感じられないのがまた怖い所だ。それほどまでにこの【飢餓の礎】というスキルの効果が強い、という事なのだろう。

だが、そんなコストを支払って強化を施しているからか……ゲリの速度を目で追えるようになっている。


私に残されている時間HPは残り少ない。

恐らくもって数分程だろう。勿論、HP回復用のポーションの類は買ってあるし、ゲリが許してくれるのであれば添木なんかもして最低限、右腕の治療を行う事も可能だろう。

しかしながら、目の前の狼はそんな事は許してはくれない。

背中を地面に擦り付けるのを止め、立ち上がったゲリは先ほどよりも少しばかりこちらを見る目が険しい。

見れば狼の3本のHPバーは残り1本半と、かなりの量が減っていた。

それほどまでに私の食い散らかしが効いたのかと思ってよくよく見てみれば、背中から流れる血とは別にその四肢や胴体には矢や木製のトラバサミなど、誰がやったか分かりやすい攻撃の跡が残されている。


「あは、あはは……良いねぇ!」


それを見た私は笑みを浮かべながら、強く地面を蹴った。

同時、ゲリも同じように地面を蹴る。

両者の距離がゼロになるのは一瞬だった。私は軽い果物用の包丁を使っているからこそ、強化された身体能力を活かせる突きを。ゲリは最初に撫で斬りにされたのが効いたのか、噛みつきに来るのではなくその鋭利な爪を使って私の身体を切り裂こうと前足をこちらへと掲げているのが見えた。


先ほどまでの私ならば避けられない距離、速度。

しかしながら、限界以上に強化されている私はゲリのその動作をしっかりと目で追う事が出来ていて。

トップスピードを維持したまま、強引に方向転換を行った。

そのままならば両者が激突していた所を、私から見て右側に。独楽のように回転するように身体を移動させる。

軸足にした右足から何かが軋むような嫌な音が聞こえてくるものの、それを気にせず私は回転しながら果物用の包丁を振るう。

突くよりも威力が下がってしまうものの、それでも狼のトップスピードと似たような速度で回転し、人外へと至りつつある膂力から放たれる斬撃は、決して浅くはない傷をゲリの身体へと残していった。

だが、まだ少ない。

今の斬撃で減ったHP量は精々がバー1本の1割2割程度だろう。


だからこそ、私は再度足に力を入れ……今度は右足を犠牲にする勢いで地面を蹴って。

こちらへと振り向こうとしているゲリの身体へと跳び付いた。

結局の所、コレが一番効率よく。それでいて私のタイムリミットを伸ばす事が出来るのだから。


さぁ、It's 食事のmeal 時間さtime!」


跳び付いた先は先ほどと同様に、しかしながら血に濡れたゲリの背中だ。

二度目となるからか流石にゲリの反応も先ほどまでとは違い、すぐに背中を地面に擦り付けようと動き出すものの……だがその一瞬でも私は行動出来る。

今回は長い間張り付く必要はない。そろそろ切れかけてきている『餓狼』の効果時間の延長と、それに伴った満腹度回復を行う為に少しだけゲリの身体を食みながら、私は持っていた果物用包丁を大きくその背中の山となっている部分……所謂、背骨に対して突き立てた。

硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえ、しかしながら私の持つ包丁が止まる事はない。

背骨という、身体を動かす上で重要な神経が通っている場所へと小さいとは言え刃物が入ったゲリの身体はびくんと大きく震える。

それと共に、私の手の中にあった果物用の包丁は柄の部分から折れてしまったが……それでいい。

何とか身体を横に倒そうとしているゲリから再度離れるために背中を蹴り、地面を転がりながらも体勢を立て直す。


そしてすぐさまゲリの方へと視線を向けて見れば、そこには。

下半身が動かないのか、前足だけでこちらへと這いずってこようとしている1体の巨大な狼の姿がそこにはあった。

まだ1本と2割程のHPバーが残っているものの……身体が満足に動かせない狼はどうやっても殺せてしまうだろう。

一般人と同じ力しかないのなら兎も角、私にはHPを回復する手段もしっかりと相手を殺す為の道具も術も手の内にあるのだから。


「……うん、まぁ仕方ない事ではあると思うんだよ。弱肉強食って言葉が嫌ほど似合う世界さ。そうやって捕食者の前で満足に動けなくなってしまったら、食べられるしか未来はないんだから」


一息。


「だから君を食べてあげよう。美味しく頂いてあげよう。既に結構な量が流れてしまっているけれど、その身体に流れる血の一滴も全てを私の腹に納めようじゃないか。――イタダキマス」


【【飢餓狼 ゲリ】を討伐しました】

【初回討伐特典:『飢餓狼 撃破報酬』】


程なくして、私のログに少ない量の文章が流れる。

それと共に私が食べていた狼からは力が抜け、その身体を光の粒子へと変えて空へと還っていった。


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