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6食目 味見は基本である


「ご馳走様。本当に美味しかったよ」

「ありがとうございます。営業時間内であれば、食材とお代を頂きますが次回も調理させていただきますよ」

「本当ですか?!」

「えぇ、私も将来有望な子達が成長するのを見るのは好きですので」


店を出た私達をエリックスは一礼して見送ってくれる。

良い喫茶店だった。また今度、次は自分の意志で足を運ぼうと思えるほどには。

その後、リアルの時間が時間ということで一度クリスと別れた後。

ラッカーズに寄り、新たな素材を預け、頼んでいた包丁を受け取り私もログアウトする。

長く、それでいて充実した1日だった。



次の日。

待ち合わせていたクリスと共に、通算3回目となる森林への狩りに繰り出した。


「いやぁ良いねぇその装備。ヴォーパルラビットの毛皮で作ったのかい?」

「えぇ、今日ちょっと早めにインして作ってみました。結構動きやすいですよ」

「あは、それは上々」


クリスの装備は昨日の時点と変わり、私と同じ【食人の服・上】の更に上から小さめの革の胸当てを着けていた。

白を基調としたそれは、ヴォーパルラビットの毛皮を用いて作られたそうで。

見た目以上に防御力が高いとの事だった。

私もそろそろ防具なりなんなりをしっかり考えねばならないなとは思いつつ。

片手に持った新たな武器・・の切先を僅かに左右へと揺らしながら森の中を歩いていく。


「装備が変わったと言えばマイヴェスさんもですよね」

「あぁ、これかい?良いだろう?」

「えぇ、凄くカッコいいです!……でもそれ、包丁なんですか?」


疑惑の眼差しで見てくる彼女に苦笑してしまうものの、初めて見れば誰だってそう思ってしまうだろう。

凡そ60センチ弱の骨の刀身を見てしまえば。


「一応ちゃんとした包丁だぜ?鮪包丁って言われる類だけどね」


新たな私の武器。

それはフォレストウルフの背骨を使った鮪包丁だった。


――――――――――

【森狼の長包丁】 レア3

種別:武器・料理器具

効果:なし


フォレストウルフの背骨を加工し作られた鮪包丁

鉄による補強がされているため、見た目以上に丈夫である

――――――――――


骨の関節部や、そもそもの耐久性に関しては鉄による補強がされているため問題はない。

変な事をしなければ十分にこれだけで戦える良い包丁だろう。


「今まで包丁の間合い……というか。ほぼ短剣と同じくらいの間合いしかなかったし、これで結構楽になるんじゃないかなぁ」

「確かにあの距離感はどうやっても攻撃喰らっちゃいますもんね」

「そうそう。それにこれだったら新しいスキルも結構使えそうだしね?」


そして私が手に入れたのは【森狼の長包丁】だけではない。

エリックスの手によるヴォーパルラビットの料理によって、ラーニングすることが出来た新スキル――【首狩り】。

その効果は、


「首を狙った時にボーナスダメージ……中々便利ですよね」

「まぁ実際にどんな感じでボーナスが入るのか分からないから、試してみないといけないけどね。クリスちゃんも同じのが発現したんだっけ」

「そうですね。恐らくヴォーパルラビットの肉でラーニング出来る確率が高いスキルなんだと思いますよ」


2人共に発現したスキルである【首狩り】。

私ならば包丁で、クリスならば弓で首を狙った時に追加のダメージが入るというパッシヴスキルだ。

どれほどのダメージが出るかは分からない。

しかしながら、急所である首に対しての攻撃が今まで以上に有用になるこのスキルは持っていて損はないものだろう。


「ん、来たみたいだぜ?」

「狼ですかね?」

「だねぇ。2体かな……?【第六感】のおかげで数がある程度分かるようになったのは大きいなぁ」


と、そんなことを話しながら森の奥へと足を進めていれば。

どうやらまたフォレストウルフがこちらを歓迎しに来てくれたようだった。


戦い方も、それでいて来る方向も分かっていれば今更遅れをとるような敵ではなくなってしまったフォレストウルフに、少しばかりの哀愁をに感じつつも、私は鮪包丁を構え迎撃の準備をする。


「1体は任せるよ」

「分かりました」


瞬間、私達へ向かって飛び出してきた2体の狼の内、私に近い方に向かって身体を横にずらしながら刃を振るう。

所謂撫で斬り、相手の勢いを利用して斬る方法ではあるものの、狼のようにトップスピードに乗ってこちらへと跳びかかってくるような相手には有効だ。


私の腕に狼の勢いが掛かり、ビキビキと腕が鳴る。だが、それだけだ。

右へとずれた私とは違い、刃に自分から跳び込む形となったフォレストウルフは、大きく開けた口から左側の身体の半ばまでを大きく斬りつけられ。着地と言うには無様な形で地面を転がっていく。


ちらとクリスの方を見てみれば、そちらはそちらでいつ用意したのか、木で出来たトラバサミの様なもので跳びかかってきていた狼を捕らえていた。

これならばもう少し時間を掛けても問題は無いだろう。


「うーん、やっぱりしぶといね。普通そこまで斬られたら生物としては終わってる筈なんだけど」


そんなことを言いながら。

今も立ち上がろうと、前足と後ろ足で踏ん張っていたフォレストウルフに対して一足飛びの要領で近付き、その首に対して狙いをつけ……鮪包丁を振り下ろす。

すると、刃が狼の首筋に触れた瞬間。

手から感じる手応えが少しばかり違っているのに気が付いた。

だがそれを確かめようとする時間は無く、そのままの勢いでフォレストウルフの首は断ち斬られ、どさりと地へと倒れ動かなくなってしまった。


「こっちは終わったよ」

「あ、はい。こっちもこれで終わりです」


軽い風切り音が連続して2つ聞こえた後、次いで何かが倒れる気配がする。

戦闘終了だ。


「どうだい?【首狩り】」

「矢が刺さらずに貫通していきましたね。そっちは?」

「なんというか、首に刃が入った瞬間に抵抗感が無くなった感じかな?肉を斬るってより豆腐とかを斬る感じ?」

「武器によってボーナスが変わる形ですかね……?それぞれに合った形になるように」

「かなぁ。でも使い勝手は良いね。十分狙っていける出来だ」


あっさりとしたモノだが、初期エリア近くの敵性モブとの戦闘なんてこんなモノだ。

コツを掴み、適正レベルの武装、そしてスキルがあれば簡単に終わる。寧ろ苦戦するような状態では、そこのエリアで戦う最低限にすら届いていないということなのだから。


私とクリスはそれぞれが狩ったフォレストウルフの解体を始める。

パーティを組んでいる以上、どちらかが【解体】スキルを持っていた方が得られる素材、戦闘する時間のどちらも増える為、取得を狙えるのであれば狙っておこうという打算の元だ。

無論、私は今も【危機察知】、【第六感】の2つのスキルによって周囲を警戒し続けているし、クリスに至っては先に周囲に【罠作成】によって簡易的な罠を作った上で作業している為、何かあった時でも問題はない。


「ふぅ、解体終わり。そっちは?」

「こっちもです。どうでした?」

「得る物変わらず、スキル無し」

「同様……まぁ数をこなすしかないですね」

「そっちはまだ狩猟ツリー持ってるから発現する時はしそうだよねぇ」


それぞれの解体作業が終わった後、私達は再び森の奥へと身体を向ける。

今日の目標はフォレストウルフを狩る事でも、ましてや出会うか分からないヴォーパルラビットを探す事でもない。

森の奥、『ダーギリ森林』のボスを一目でも良いから見る事なのだから。


昨日の今日でボスを目指す、というのは中々に足早だとは思っているのだが。これは単純に順番の話だ。

フォレストウルフという、こちらへと襲い掛かってくる敵性モブを苦戦せずに倒せるようになった。

クリスに至っては、私とパーティを組む前にフォレストイーグルという敵性モブも倒している。

そして、強敵枠であろうヴォーパルラビットも辛勝ではあったものの倒し、武装の新調も行った。


では次は?

奥へと進み、ボスに挑むにはどれくらいの力量が必要なのか確かめた方が良いだろう……そういう話になっただけの事だ。


聞けば、まだ見ぬモブとしてフォレストベアー……熊がこの森の何処かにいるらしいものの、一種のレアモブらしく。

相応に強いものの、ヴォーパルラビットよりは脅威度は低いらしい。

そして、名もなき『草原』とは違い『ダーギリ森林』のように名前のあるエリアにはボスが居る。

そのボスを倒せば、新要素……森林の奥を抜けた先にある街などに行けるようになるというのだから、早めに倒せるならばそれに越した事ない。


「ちなみにベータテストでクリスちゃんはここのボスと戦ったのかい?」

「いえ、私は別の方のエリアに行ってたので初見ですね。ただエリアの情報自体は見ていたので、情報だけは手元に」


そう言って、彼女は半透明のウィンドウをこちらへと渡してくる。

そこには、『ダーギリ森林・攻略情報』という題名が書かれたメモが表示されていた。


「うーん、ベータテスター様々って感じだねぇ」


マップ全域の情報から始まり、出現するモブ、何処で何が採取することが出来るか等、細かい情報が書き込まれており、そこには当然のように、ボスの名前も載っていた。


「【飢餓狼 ゲリ】に【貪欲狼 フレキ】……2体で1組のボスかな?」

「そうですね。どちらもフォレストウルフの2倍以上の大きさですけど、ギミック色が強いボスだそうです」

「これを読む限りはそうらしいねぇ……ふぅむ」


【飢餓狼 ゲリ】、【貪欲狼 フレキ】。

どちらも名前の通り狼型のボスらしく。

2体を同時に相手することにはなるものの、明確に役割が分かれているらしい。

その巨体をもって蹂躙しようとするゲリに対し、フレキは自分では戦わず眷属であるフォレストウルフを召喚し戦うとのこと。

当然、この情報を頭から信じる事はしない。

ヴォーパルラビットのように、製品版になってから改修、追加されている要素が存在すると考えていた方が不測の事態に対応しやすいからだ。


「よし、じゃあ……走ろうか」

「あ、そうなります?」

「うん、方向自体は分かってるし出てくるモブの強さも分かったし……あとはゲリとフレキが情報通りなのか確かめるくらいだし?」

「了解です、それなら先導します……索敵は任せても?」

「大丈夫」


インベントリ内に【森狼の長包丁】を仕舞い、軽くその場で足を動かしてから。

クリスに案内される形で私達は走り出す。

途中、走っている私達に気が付いたのかフォレストウルフらしき気配がこちらへ向かってくるのを感じつつも、その速度は緩めずに……寧ろ加速する勢いで森の中を走っていく。


「後ろから狼3体!残り距離は?!」

「このままの速度ならすぐです!目の前!」


言われた通りに前方へと目を凝らしてみれば、何やら空間が歪んでいるとしか言いようのない場所がすぐ目の前へと迫っていた。

それを確認するや否や、私はインベントリ内にしまっていた鮪包丁を取り出し、クリスを追い越す様にその空間へと飛び込んだ。

瞬間、私の視界は一変する。


どこまでも続いているように見えた森林の中に、突然現れた大きく開けた場所。

私に続いてクリスが広場へと入ってくると同時、どこからともなく遠吠えが響き渡った。

1回でも、1匹のものでもない。

まるで輪唱のように、複数の遠吠えが響き、そして2つの影が空から広場へと降ってきた。


銀の毛を持ち、黄金の瞳をこちらへと向けているそれらは、私達よりも2回り以上大きい。

その内の1体が一歩前へ出てくると、周囲から響いていた遠吠えが止み、一瞬の静寂が広場へと訪れる……ものの。

目の前の2体が大きく空へと遠吠えをあげた。

それと同時、2体の頭の上に名前、身体の周囲には3本の緑色のバーが出現する。


「いくよッ!」


【飢餓狼 ゲリ】、【貪欲狼 フレキ】との戦闘が始まった。


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