目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

4食目 慣れを糧に


「ガゥルァ!」


私へと向かって、大きく口を開きながら跳び掛かってくるフォレストウルフに対し。

身体を半歩横にずらす事でその攻撃を避けていく。

直後、フォレストウルフが着地すると同時にボフンという少し間抜けな音が響く。

それは、


「落とし穴に掛かりました!」

「チャーンス!」


振り向けば、まるで雪に飛び込んだ狐のように、上半身が土の中へ埋められた狼の姿がそこにはあった。

どうにか落とし穴から抜け出そうとしているのか、必死に後ろ足をバタつかせているものの、踏ん張る事が出来ないためかただ隙を晒すだけとなっている。


身体を捻り、持っていた出刃を骨断包丁へと切り替えるとその無防備な背中に叩きつけるようにして振り下ろす。

一撃、二撃と繰り返した後、すぐにバックステップでフォレストウルフから離れると。

短い風切り音と共に、2本の矢が狼の体へと突き刺さった。

クリスの射撃による攻撃だ。


そんな攻撃を立て続けに食らったフォレストウルフは足を動かすのを止め……ゆっくりと力尽きた。

戦闘終了だ。


「お疲れ様。終わりだね」

「お疲れ様です。……まさかここまで上手くいくなんて……」

「いやぁ、私だけだったら難しかったと思うぜ?間違いなくクリスちゃんのおかげさ」


穴に埋まったフォレストウルフの死体を引っこ抜きつつ、近くの茂みの中からこちらへと近寄ってきたクリスに笑いかける。

【危機察知】には今の所、何かが近寄ってくる様な気配は引っ掛かっていない。

これならば少しの間は話していても問題は無いだろう。


「そんなそんな。でも【罠作成】があって本当によかったです」


先程の落とし穴。

クリスがキャラクター作成時にラーニングしたスキルである【罠作成】によって掘られたものだ。

罠を作っていれば発現する可能性のあるスキルではあるものの、その有用性は先ほど見た通り。

特に、私は生産ツリーなんてものを持っているために……恐らく狙ってみればすぐに発現するであろうスキルだった。


「今の戦闘でなんかスキル出た?私は何も出てないけど」

「えぇ、出ましたよ。【気配遮断】っていうスキルです」

「おぉ、名前からして良さそうなスキルだねぇ」


穴から引っこ抜いたフォレストウルフの死体に、果物用の包丁を突き立てる。

多少力を入れる必要があったものの、皮から下へ、肉体へと刃が入っていった。

刃が入ってくれるならこっちのものだ。

力はそれ相応に必要なものの、大雑把に死体から毛皮を剥ぎ。

骨断包丁を使って大雑把に四肢などを断ち分けていけば、血抜きなどが出来ていないものの肉塊にはする事が出来た。


【『フォレストウルフの毛皮(低品質)』を入手しました】

【『フォレストウルフの前足(低品質)』×2を入手しました】

【『フォレストウルフの後足(低品質)』×2を入手しました】


「クリスちゃんはどの部位が欲しい?どれも低品質ってのが付いてるけど」

「じゃあ……後足をもらっても良いですか?」

「良いぜ。毛皮は?」

「大丈夫です。その代わり次の狼の毛皮を貰えれば」

「了解」


解体して入手する事が出来たのはここまで。

それ以外の頭部などは四肢を断ち分けた瞬間に光となって消えてしまった。

本当ならば胴体部の骨なども欲しかったのだが……恐らく、私の解体技術の問題なのだろう。仕方ない。

今までは運良くすぐにスキルが発現していたものの、実際の発現率はそこまで高くはないそうで。

発現率は取得ツリー関連、ラーニング、素で発現の順で下がっていくらしい。

それを考えると、恐らく解体等に関係するのは狩猟ツリー。

私が持っていないツリーであるために、回数をこなして発現するのを待つしかないだろう。

解体系のスキルを持っていそうな敵性モブが居れば話は別なのだが。


「ん……クリスちゃん」

「来ましたか。方角は?」

「森の奥……北西かな?とりあえず何かが来るっぽいね」


【危機察知】は自身に対して降りかかるであろう危機を事前に察知することが出来るスキルだ。

その代わりにその危機がどれ程の規模か等までは分からない為、注意が必要ではある……との事。

それを教えてもらった私と、知っていたクリスは気を引き締めそれぞれの立ち位置へと移動していく。


北西の方へ出刃包丁と骨断包丁の2本を持ち、浅く腰を落として構える。

何が来ても一度受け止め、その衝撃に耐えられるように。


「来るよ」


言った瞬間。

私の真正面の草木の陰から何かがこちらへと飛び出してきたため、私は包丁2本を使って受け止めた。

が、思っていた以上に衝撃は少ない。

見れば私にぶつかってきたモノはフォレストウルフよりも小さく、それでいて白色をしている。

くるりと空中で一回転した後、私の目の前に着地したソレは赤いつぶらな瞳をこちらへと向けつつ、その身体を震わせていた。

恐怖からではなく威嚇の意味でだ。


「ブゥゥ……ブゥゥ……!」

「……兎?」


ヴォーパルラビット。

名前が表示された瞬間に、その姿が掻き消え【危機察知】が私の右側の首元に反応し。

咄嗟に骨断包丁を首を護るように上げれば、甲高い金属音と共に先ほどよりも強い衝撃が私の右腕を襲った。

視線をそちらへと向けてみれば、先ほどとは違い全身から赤黒いオーラを立ち昇らせつつ、空中で体勢を整えている兎の姿がそこにはあった。

フォレストウルフと対峙した時以上の威圧を感じ、冷や汗が背中を流れ落ちていく。


「逃げましょう!」


背後から聴こえてくるクリスの声に反応したのか、一瞬兎が私の背後へと視線を向ける。

だが先に私への攻撃を優先したのか、着地すると同時に私へと再度突進を何度も何度も繰り返し始める。

一番最初の衝撃は一体なんだったのかと思う程に強い衝撃を感じつつ。

【危機察知】によって無理やり攻撃の来る場所を感知、防御しているためか、徐々に全身が切り傷だらけになっていく。

クリスには逃げようと言われているものの。

この状況では逃げるも何も背中を向けた瞬間に首に攻撃されてお終いだ。


「無理!詳細!チャット!」


拮抗とは言い難いその状況に、私は逃走という選択肢を捨て背後のクリスに対して短く要望を伝え、チャットウィンドウを片目で確認できる位置に表示させた。

私の意図をすぐに察してくれたのか、ガサガサという音と共に彼女からのチャットが送られてくる。


『マップに低確率で出現する強化個体です。兎型なのでヴォーパル、全体的な能力が底上げされて首に対する特攻を持ってます』

「成程、ねッ!」


目が慣れてきたのか、ヴォーパルラビットの攻撃が視認出来るようになってくると共に、何で攻撃されているのかが分かった。

耳だ。

白く、柔らかそうだった耳が私の掲げた包丁の腹にぶつかると同時、金属音の様な音を立てている。

どうやら突進だと思っていたのは、この耳を使った刺突だったようで。


クリスの話を読む限り、これが首に当たるだけでも中々に大変なことになるのは想像に難くなかった。

一瞬でも気を抜けば、一気に死に近づく状況。

所謂絶体絶命という状況ではあるものの。


「……いけるかな」


だが、しかしながら。

私は逃走は無理でも、討伐ならば出来るのではないかと思い始めていた。

傷を負う毎に手に走る衝撃は軽く、鈍くなっていく感覚。

紛れもなくスキル【背水の陣】によるステータス補正が、私とヴォーパルラビットの間にあった差を徐々に埋めていっているのを感じていた。


攻撃を身に受ければ受けるほどに強化され、相手の動きを捉えられる様になっていくのはゲーム的で面白い。

しかし、これだけでは足りない。

私が血を流して、相手の動きに合わせられる様になったところで倒し切る前に私のHPがなくなってしまうのが目に見えている。

だからこそ、


「クリスちゃん!私に当たってもいいから撃て!」


助力を求める。

別に1人で倒し切る必要は微塵もないのだから。


首に迫ったヴォーパルラビットの耳を骨断包丁の広い腹で防いだ瞬間。

私は逃さない様、もう片方に持っていた包丁を捨て……その強化された身体能力で耳を掴む。

ザシュというチープな音と共に、まるで剥き身の刃物を掴んだかの様に私の手が切れるものの、それ自体はどうでもいい。

寧ろ、手が切れたことによってさらに強化された握力が、スピードがヴォーパルラビットを逃さない。


そして完全に捕らえ、ヴォーパルラビットの動きが止まった瞬間。

1本の矢が、私の背後の茂みから私の手を貫通する様に耳へと命中した。


殺し切れない程度のダメージ。

だが狙いは殺すためではない。

私の手、ヴォーパルラビットの耳の両方を貫いたその弓矢は、貫通しきる事なく途中でその勢いを無くし。

1本の楔のように、私の手に無理やりヴォーパルラビットの耳を固定した。

勿論、私もヴォーパルラビットもその程度の楔はすぐに破壊できる程度の膂力は持ち合わせている。

だが、一瞬でも逃げれない状況が作れたというのがこの場では重要だった。


「君さぁ、吊るし切りって知ってるかい?」


言うが早いか、行動するのが早いか。

私の手に持った骨断包丁は、逃げようとするヴォーパルラビットの首へと命中する。

ざっくりと肉を断ち、硬い骨へと刃が到達し鈍い衝撃が腕へと走る。

本来の吊るし切りとは順序は違うものの、元はアンコウを捌く時に使われる方法であり……通常兎に使われるようなものではない。その辺りはフィーリングで良いのだ。


びくん、と身体を震わせ。

その赤い瞳が私の首筋を捉えた瞬間、【危機察知】が首筋に集中し、


「おっと」


ぶしゅっ、という軽い音と共に私の首から夥しい量の血が噴き出し始める。

それと共にヴォーパルラビットの目からは生気が消え、何かしらのスキルを獲得したログが流れたものの……予想外の置き土産によって、私のHPバーは中々に速い速度で減っていくのが見えている。

どうやっても助からない速度。

徐々に傾いていく視界の隅に、慌てた顔でこちらへと近づいてくるクリスの姿が映り……私は微笑んだ。


「先に帰って待ってるよ」


何とか言葉を絞り出した後、私の視界は黒く染まり。

このゲーム初の死亡を私は味わう事になったのだった。


【死亡しました】

【一定時間ステータス制限が掛かります】

【一定時間食事効果が減少します】

【現在レベルに対応する経験値が減少しました】

【インベントリ内のアイテムを一定数、死亡場所に落としてしまいました】


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?