結論から言えば、森から無事に出る事が出来た。
それはそうだろう、ほぼほぼ森の入り口で戦っていたのだ。
大型犬ほどの大きさの狼を引きずっているとは言え、すぐに草原へと出る事くらいは出来る。
それに加え、何故かHPがほぼ無い状態の私の
あまつさえ街へと向かって走り出す、という行為も可能にした。
「嬢ちゃん、血抜きやらはこっちでやっとくから先に神殿に行って治療してこい。見てる方が痛くなってくるぞその怪我」
「あは、じゃあお願いするよ」
「おう、しっかり治療してもらってこい」
街の前まで辿り着いた私はその場に居た門番に保護、最低限の治療を受けた後、そのまま冒険者ギルドへと案内された。
聞けば、冒険者などが狩ってきた食用可能とされている獲物を代理で解体してくれる施設が併設されているらしく。
そして私のように大怪我を負った上で帰還する者も少なくはない為に、門番の仕事の一部としてそういう者らの保護、案内があるのだと言う。
そんな仕事を作ってくれた冒険者の先輩達に敬意を払いつつ、私はこのゲームに降り立った時に居た神殿へと再度訪れた。
治療されたとはいえ、私の姿は悲惨なものだ。
自身と狼の血、土などで服は汚れ、それでいて門番の治療……アルコールによる消毒と傷口を止血する意味で左腕をきつく包帯でぐるぐる巻きにされている状態。
ここが戦場であれば似たような姿の人も居たのだろうが、平和な街の中では異様だった。
しかしながら私が何かを言う前に、姿を見たNPCの神官の1人が「あぁいつもの事か」といった風な表情を浮かべながら、こちらへと駆け寄ってくる。
「その傷は?」
「ちょっと外で狩りをしたらやってしまってね。ここに行けば良いって門番さんに言われたんだけど大丈夫かな?」
「分かりました。ではこちらへ。治療を行います」
スムーズに進む会話に少しだけ苦笑しつつも、私は言われた通りに神官に着いていく。
通されたのは神殿の奥、神官達の事務スペースとなっているのであろう小部屋だ。
見れば私以外にもプレイヤーらしき女の子の姿や、ベテランらしき風貌のNPCの冒険者が治療を受けていた。
「では、そこに」
木の椅子に座らされた後、神官によって包帯が解かれていく。
それと共に血が溢れ、HPの減少が始まるものの。
神官の手が緑色に光ると共に血が止まり、HPの減少も緩やかに……次第に増加していった。
恐らく、これが神秘ツリーに存在するスキルによる治療なのだろう。自身の傷口を見てみれば、まるで逆再生するかのように傷口が塞がっていっているのが分かった。
そしてそれを続けること数十秒。
私の左腕はフォレストウルフに噛みつかれる前と全く同じ状態にまで回復していた。
「いやぁ、凄いね」
「これも神の御加護です。胴体の傷は腕と同時進行で治療したので、これで終了となります」
「ありがとう。お布施とかした方が良いかい?」
「いえ、ギルドの方から必要な分は頂いているので。それと治療したと言っても、中の血自体は増えているわけではないのでお気をつけて」
「あは、善処するよ」
左腕を軽く振ってみても違和感はない。
だが完全に元通りとは行かないようで。神官の言う通り、少しだけ頭が揺れるような、眩暈に近い感覚を覚えた。血が足りていない。
見ればHPのバーは半分程度まで回復しているものの、それ以上が回復する様子がない。
これ以上回復するならばきちんと休む必要があるとかそういう事だろう。
食事関係に重きを置いていると思われるこのゲームならば、もしかしたら造血に関係する食材などを食べると尚良いのかもしれないが。
そんな事を考えながら、神殿から出ようとすると。
「あ、あのっ!」
「ん?」
背後から声をかけられる。
振り返ってみれば、1人のプレイヤー……先程私と同じ部屋で違う神官から治療を受けていた女の子がこちらへと駆け寄ってきていた。
金髪のツインテールを揺らしつつ、その背に大きな弓を背負った彼女は、足を止めた私の前へと立つと、
「もし良かったら、一緒に狩りをしませんか?」
「一緒に?……あぁ、パーティ組もうって話かい?」
「そういう事です!」
その背に見える得物からして、彼女は十中八九後衛なのだろう。
当然、純前衛のような戦い方をする私とは戦闘スタイルは合うはずだ。
「一応聞くけど君一人かい?」
「そうです!……その、あんまり弓自体が人気ないみたいで……」
「あー……ちなみに私はこのゲームのベータテストとかはやってないんだけど、その時の弓の評価って?」
「『現実で弓道とかをやっててもまともに当たらない』ですね」
「成程ねぇ……」
そこまで聞いて、彼女が私に声を掛けてきた理由を察してしまう。
サービス開始直後という状況は、良くも悪くも前評判というか。
ベータテスト時の評価そのままにプレイヤーは取捨選択してしまう。
当然、悪い評価だったものは選ばれにくいし、良い評価だったものは多くの人が狙っていくだろう。
だからこそ、彼女は余ってしまった。
そして先ほど治療を受けていたという事は、恐らくソロで何とかプレイをしようとして失敗したのだ。
何とか死なずに帰ってきた所に、同じように怪我をして治療を受けにきたのが私。
「ちなみに弓から武器を変えるつもりは?」
「……これが、好きなんです」
「ふむ。良いよ一緒に組んでみようか」
「えっ?良いんですか?!」
「うん、良いよ良いよ。君の名前は?」
正直な話をすれば、不遇な武器を使っている程度で断る材料には成り得ない。
それこそ調理器具である包丁を武器として使っている私の方が煙たがられるべきだろう。
「私はクリスです。一応『大食家』です」
「私はマイヴェス。『悪食家』だよ。これからよろしく」
私が手を差し出しながら微笑むと、クリスはおずおずとその手を握り返してくれた。
それと共に、私はシステムウィンドウを操作しクリスに対してフレンド申請、パーティの勧誘を行う。
少しばかり特殊な出会い方にはなったが、私のこのゲームにおける初めての友人が1人今生まれたのだった。
「おう、解体出来てるぞ。持ってけ」
「ありがとう。代金は?」
「解体して出た素材を幾つか代金代わりに貰ってら。心配しなくて良い」
「助かるよ」
その後、フォレストウルフの死体を預けていた解体所へと寄り肉や骨、毛皮といった素材群を受け取った後、私はクリスを連れて街へと再び繰り出した。
といっても目的無く歩いているわけではない。
「こっちです」
解体所の外で待っていたクリスに案内される事数分。
街の中心地から少しだけ離れた位置にある店を私達は訪れていた。
そこは、
「いらっしゃい。武器屋ラッカーズへようこそ」
「素材を持ち寄れば武器を作ってくれると聞いたのだけど」
「えぇ、伺いましょう」
武器屋ラッカーズ。
NPCが店主を務める、素材から武器を作ってくれる店だ。
当然、武器を買うだけならば私が包丁を買った金物屋や、冒険者ギルドの近くにあるという普通の武器屋で事足りる。
だが、性能の良し悪しを言うのであれば敵性モブの素材を加工した武器の方が販売品よりも数段ほど上……らしい。
ベータテスターでもあるクリスが言うのだからある程度間違いではないはずだ。
「一応今ある素材はこんな感じなんだけど」
「ふむ……これはフォレストウルフの骨や毛皮だね。骨を主体にすれば1つは作れると思うが何を作る?」
「じゃあ包丁かフォーク類を作ってもらっても良いかな?」
私の言い分に店主は明らかに眉を顰めながらも言葉を返してくる。
「……金物屋ではないんだが?」
「あは、知ってるさ。だから武器として使える物を発注したいんだ」
何も、店主を困らせたくてこんな依頼をしようとしているわけではない。
そもそもとして、私が今所有しているスキルが問題なのだ。
【危機察知】、【背水の陣】、そして……【包丁使い】。
クリスによれば、前2つのスキルは前衛ならば持っていてもおかしくはない普通のスキルらしい。
それぞれ『敵性モブの気配を察知』したり、『HPが減れば減るだけステータスにバフが掛かる』という優れもの達だ。
しかしながら残った1つである【包丁使い】は少しだけ……そう、私からすれば少しだけ問題のあるスキルだった。
その効果は――『包丁を使った行動にボーナス』という、分かりにくいもの。
だが他にも類似のスキルとして『弓使い』や『短剣使い』などがある事から、恐らく戦闘中に包丁を使う事で真価を発揮するタイプのスキルだと私は判断したのだ。
だからこその、包丁。
「発現したスキルの関係上、包丁って形の方が都合がいいのさ」
「……ちなみに、フォーク類は?」
「そっちは私の趣味だね」
「成程、成程……だがそうだな、作っても良いが……この量の素材だとどちらかしか作れないがどうする?」
「包丁で」
「まいど。代金は……これなら余った素材で賄えるが?」
「それでお願いするよ、ありがとうね」
フォレストウルフの素材を全て渡し、包丁の種類を指定した後に私は店を出る。
外で待っていたクリスは話し声が聞こえていたのか、私の顔を見るなり苦笑を浮かべた。
「時間掛かるみたいだし、先に森に行こうか」
「少しくらいなら待てますよ?」
「いや、実際に君と合わせて戦ってみたいしね」
そう言いながら、私達は街の外へと歩き出す。
向かうは『ダーギリ森林』。名無しの草原は少し時間経った今でもプレイヤー達は多い。
それならば少しばかり弓は使いにくいだろうが森林の方が敵性モブと出会いやすいだろう。
即興で合わせる、というと不安要素が多い様に感じるものの。
実際、目で見て互いの実力が分かってなければ事前の作戦会議も出来ないために仕方ない。
「所で、クリスちゃんはどこで怪我したんだい?」
「私も森ですよ。流石に矢が変な方向に飛んで他のプレイヤーに当たったら問題なので」
「戦果は?」
「フォレストイーグル……空を飛んでた奴1羽ですね。その後に狼が来たので……」
草原から森林へと向かう途中に何となく聞いてみた所、予想以上の答えが返ってきた事に少しだけ驚いた。
彼女自身が『弓は経験者でも当たらない』と言ったのに……それを使い、止まっているものではなく飛んでいるフォレストイーグル……恐らくは鷹を撃ち落としたと言うのだから。
「弓は当たらないって話じゃ無かったかい?」
「あはは……私はちょっと、ベータテストの時から弓ばっかり触ってたので。コツを掴んだと言いますか……【弓使い】の影響がかなり大きいですけどね」
「成程成程」
やはり、スキルの影響は大きいらしい。
彼女の言葉の裏を返せば、コツを掴んだだけではまともには使えず、スキルが発現してやっと使い物になる、という事なのだから。
だが、その言葉である程度の不安要素は消えてくれた。
「よし、着いたね『ダーギリ森林』」
「目標、というより帰還目安はどれくらいでしょう?」
「うーん、とりあえず……」
私はインベントリ内から1本の出刃包丁を取り出し、近くの普通の木の樹皮を剥ぎながらクリスへと笑いかける。
「フォレストウルフ2体。これくらいが無難じゃないかな」
「2体ですか……マイヴェスさんの負担が大きそうですけど」
「あは、大丈夫。1回戦ったからある程度目は慣れたし、何なら今回はクリスちゃんも居るからね。私が1人で戦った時より……クリスちゃんが1人で遭った時よりも楽に戦えると思うぜ?」
事実、初めて戦った時より上手く動くことは出来るだろう。
前回はどんな行動をしてくるのかを知らなかった。
知っている事と知らない事はその間に絶対に超えられない壁がある。
まぁそこに関しては事前に下調べせずになんとなしで森に入った私が悪いのだが。
「そうだといいんですけど……」
「よし、じゃあ行ってみようか。試してみればわかる事もあるだろうしさ」
剥ぎ終わった樹皮を口に含みつつ。
私とクリスは目の前の森林へと再び足を踏み入れた。